第10章:清算の刻、そして宣戦の狼煙
こつ、こつ、こつ。俺はあえて足音を大きく、重苦しく響かせながら、ロドリゴ・デ・サントスの前へと歩み寄った。そばにあった椅子を乱暴に反対向きにし、そこにどっかと腰を下ろす。背もたれに両腕を預け、冷めた視線をその愚かな領主へと投げかけた。
「さあ清算の時間だ、ロドリゴ・デ・サントス。言い訳は聞きたくない。洗いざらい全てを吐いてもらおうか」
俺の後から特務隊の精鋭10名が、静かに、しかし威圧的に部屋へなだれ込んでくる。彼らは皆、無言で俺の背後に立ち、その場を完全に支配した。
「清算だと……?一体どういう意味だ……?その黒い瞳、その漆黒の髪……お前、まさかシンシオ・デ・アギラドスか!」
「……その忌まわしい名は過去に捨てた。俺はシン。緋色の傭兵団のシンだ」
「シン?緋色の傭兵団だと?」ロドリゴは震える声で、訝しげに俺を見下ろす。
「俺のことはどうでもいい。それよりも問題なのは、お前の無様な末路だ、ロドリゴ・デ・サントス」
「お前は政務を誤り、結果としてその広大な領地と、生きていくための領民をすべて失った」
「まだだ……まだ失ってはいない!私にはこの城がある!」
「そうか?現実を見ろ。既に領民のほとんどは絶望の果てに逃散し、南方地域へと移住していったぞ?」
「……捕まえて連れ戻す!兵を出す!」
「誰がやるんだ?」
「わ、私に仕える領軍が、今まさに動いているはずだ!」
「いねぇよ。お前に仕える領軍など、もうどこにも存在しねぇって言ったんだ。兵どころか、この屋敷の中にすら一人として残っちゃいない」
「皆お前を見限ったんだ。お前の非道に愛想を尽かし、お前を捨てて逃げたのさ」
「そんな……はずが……」
「お前はフランク王国から来たという商人にそそのかされ、自ら身を持ち崩したんだ。贅沢品の購入、そのための借財、返済のために領民へ課した重税。払えぬ者に身売りさせ、強制労働させ、密告を奨励し、逃げる者を処刑した。お前、貴族の義務ってやつが分かっているのか?」
「義務だと?知っている!当たり前だろう!」
「なら言ってみろ」
「与えられた領地を、法の下に支配することだ!」
「……あきれたな。やっぱり何も分かっちゃいねぇ。貴族の義務ってのはな、支配することじゃねぇ。特権に驕ることでもねぇ。領民の保護、国への軍役奉仕、公正な司法、生活の支援。それらを指して『ノブレッサ・オブリガ(貴族の義務)』と呼ぶんだ。てめえ、そのうち一つでも胸を張ってやったと言えるのか?」
俺は立ち上がり、ロドリゴの側へ寄って顔を近づける。
「てめえがやったことは、領民の生活を破滅させ、土地から追い出したことだけだ。国土回復運動でお前は何をした?兵を率いるどころか、一兵も派遣してねぇ。それどころか、あろうことか解放された南部地域の支配権を寄越せと王家に願い出たそうだな?」
「……」ロドリゴは言葉を失い、黙りこくる。
「まあいい。俺がここに来たのは、そんなことをお前に説教するためじゃねぇ」
俺はロドリゴの胸ぐらを掴み、強引に立ち上がらせる。「お前、よくも俺の大事な仲間を殺してくれたな」
「ぐっ……なん、のことだ!」
「とぼけるのか?ああ、聞き方が悪かったな。てめぇ、人智十字教の大司教という名の豚野郎をこの地に引き入れただろう?そいつがな、俺の仲間を毒殺しやがった。俺のダチを、生きたまま焼き殺しやがったんだ」
「ま、待て!確かに大司教の赴任は許可したが、彼が裏で何をしていたかまでは知らん!そこまでの責任はないはずだ!」
「ほう?では、どうしててめえは、ヒスパニアで禁教となっている“人智十字教会”の豚野郎に布教許可を出した?」
「人智十字教会……?」
「なんだ、それすら知らなかったのか?つくづくてめぇは何も考えねぇ間抜けだな。てめぇはフランク王国のヒスパニア攻略の、単なる道具として使い捨てられたのさ」
「道具……だと?」
「今の状況を理解しているのか?サントス領はピレル山脈北部と北外海に挟まれた、ヒスパニアとフランクを結ぶ重要な回廊の一つを守る拠点だったはずだ。だが今や領民はおらず、兵もいねぇ。もし今フランク王国軍が攻めてきたら、はっ、切り取り放題じゃねぇか」
「あ……」
「あ、じゃねえだろが。本当に何も分かってねぇんだな」俺は手を離した。ロドリゴは糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
「てめぇは自分の私欲で自らを崩しただけじゃねぇ。このヒスパニアそのものを裏切った。売国奴だ」
「ダチを殺す手はずを整えたてめぇを、今ここで殺してやりてぇ。だが、我慢してやる。てめぇを殺す価値すらねぇからな。だがな、売国奴のてめぇを国家が許さねぇことは確かだ」
こつこつと、硬質な足音が響く。「そろそろ、その辺りでよろしいか」
「来たか」振り向くと、ヒスパニア正規軍の厳めしい軍服を纏った男が部屋に入ってきた。
俺はロドリゴに顔を向ける。「てめぇをヒスパニア軍に引き渡す。売国奴として処刑される運命だ。家族に累が及ばなかったことに感謝しやがれ」
2人の軍人がロドリゴの両腕を拘束する。「立て」
「待て、待ってくれ!私は騙されたんだ!利用されただけなんだ!」
「……ロドリゴ・デ・サントス“元”子爵。あなたの罪状は国家反逆罪。これより王都へ連行する。既に処刑は決定されている」
「違う!私は悪くない!」ロドリゴが喚きながら連れ去られる。
俺は憤りが収まらなかった。この手で殺してやりたいと思った。だが、アルフォンソ王とアルバ卿との約束だ。勘弁してやるさ。てめえの処刑を、フランク王国に対する宣戦布告の狼煙にしてやる。
俺は残ったヒスパニア陸軍大佐、エステバン・デ・サラマンカに呼びかける。「サラマンカ大佐。回廊は?」
「回廊は既に第3歩兵連隊3000が封鎖しています。通行する者の検問は極めて厳重です」
「そうか」
「第4、第5連隊も3日後に到着予定。後はアルフォンソ国王の宣戦布告を待つのみです」
「南の回廊は?」
「第2連隊とアルバ卿を中心とした貴族軍が向かっています。5日ほどで到着するでしょう」
「南、コルディアに対しては?」
「第1連隊3200がシウダ・デ・マナ・ラルタル方面に強固に展開しています」
「準備は整った、ということだな」
俺たちは屋敷を去る。
(いよいよだ。やっと、全てが始まる)
(ガーブ、待たせた。これから俺たちの本当の戦いを始める)
黒鉄期1741年3月。春の訪れとともに、ヒスパニア国王アルフォンソ・デ・レオンはフランク王国に対し、水面下で行われたサントス領工作への報復として、宣戦布告を行った。
同時にヒスパニア軍8000が南の回廊に布陣。さらに貴族軍6000がもう一つの要衝を固めた。
ヒスパニアの宣戦布告と時を合わせ、ゲルマニアのアレク大公もフランク王国へ宣戦。中央平原に12000の精鋭を展開させた。さらに北からは、交易関税問題を端緒にブリタニアが介入。かつて失った領地奪還を掲げ、6000の兵をドルベス海峡へ送った。
西、東。そして海を挟んだ北、三方から同時に宣戦布告を受けたフランク王国。この黒鉄期1741年は、まさに戦乱の最中にあった。
天輝黄金宮で我が世の春を謳歌する王侯貴族とは真逆に、庶民の不満は爆発寸前だった。きっかけは1740年晩秋、王都ルテティアの下町で起きた貴族子弟による少女殺害事件である。抗議した親が切り殺され、遺体が晒されたことで市民は激昂。貴族邸へ押し寄せた際、再び貴族側が矢を射かけ、市民が大量虐殺された。これが暴動へ発展。王国宰相は「身分卑しき賎民どもめ。高貴なる血を持つ貴族を襲うなど許されぬ。下町、貧民街はすべて焼き払え」と命じ、王室警備兵に市民殺害の許可を出した。
その夜から3日間、地獄が続いた。門を閉じられ逃げ場を失った市民に対し、大規模な虐殺と焼き討ちが行われた。7800人余りの市民が殺され、1400余りの家屋が灰と化した。かろうじて逃れたのは200人弱。
これが、後に『ルテティア大虐殺』と呼ばれる事件であり、フランク王国崩壊の決定的な序曲となった。




