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『緋色の傭兵団の物語』「西方動乱編」  作者: 嵗(sai)
第二十部:緋色の咆哮、西の大陸を焦がす

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第9章:崩壊の序曲、そして清算の刻

希望の光である南部移住の話が領内にまで伝わってくる。領民たちは、もはやロドリゴ・デ・サントスという領主に見切りをつけ始めたのだ。ロドリゴは自領から移民が出ることを嫌い、レオン家からの通達を強引に握りつぶした。

だが、人の噂というものはどんな権力をもっても決して止められるものではない。南部移住の話は口コミとなってサントス領の隅々まで急速に広がってゆく。近隣の農家とのわずかな物々交換の場で、あるいは西から来た行商人の口から、さらには通りすがりの旅人の断片的な噂話として、領民たちの耳に届いていった。


そして、領民の2割が夜陰に乗じて消えた。徴税官からその衝撃的な報告を聞いたロドリゴは、怒りで顔を真っ白に染め上げた。「ならば税を倍に上げよ!集落単位で互いを見張り、疑わしき者がいれば即座に報告させろ。逃げ出す者は見つけ次第処刑する。密告した者は褒賞として、その者の税を1割下げると公示せよ!」


その冷酷な宣告は領内に響き渡ったが、悲しいかな、逃散する者は一向に減らない。それどころか、一家だけでなく、集落ごと一斉に姿を消す者たちさえ出始めた。


ロドリゴはついに激高した。「逃げた農民を捕らえよ。厳罰に処せ。見せしめとして、広場で公開処刑にしてやる!」


運悪く捕まった家族は、ロドリゴの屋敷の門前で貼り付けにされた。泣き叫ぶ夫婦の眼前で、ロドリゴは躊躇なく幼い子供を串刺しにするという蛮行に及んだ。


「逃げる者、我が意に背く者はすべてこの通りにする!」


血に染まった光景を見せつけた後、彼は残った村長たちに冷酷に告げる。「喜べ。これからは耕作地を増やす。皆、精励せよ」


村長の一人がおずおずと口を開く。「ご領主様、これ以上は無理でございます。……人手が足りませぬ」


ロドリゴは鼻で笑い、冷たく言い放つ。「おるではないか。今までは男だけで耕していたのだろう?女子供も駆り出せ。ほれ、労働力はこれで倍になった」


「そんな……無体な……」


「税は今まで通り出せ。良いな。二度と逃げようなどと思うな」ロドリゴは背後に控える騎士たちに冷たく告げた。領民たちに聞こえるように、「兵を村々に、街道に張り付かせよ。逃げようとする者があれば、警告なしでその場で切り捨ててよい」ロドリゴはそう言い捨てて、背を向けた。


村長が絶望の淵から訴える。「なぜ、なぜでございますか、領主様!以前はかような非道なことはなされなかったではございませんか!」


ロドリゴは振り返り、虚ろな瞳で吐き捨てる。「何故だと?私が私であらねばならないからだ」ロドリゴは足早に屋敷へと消えた。


屋敷前に集められた領民たちは、深い絶望に沈んだ。「長、どうする」「従うしかなかろう……」「王都に訴えよう」「待ちなさい。監視されている。無謀な賭けは全員を破滅させる」「しかし……!」「……いずれ、運の変わり目が訪れる。それまで、耐えるのじゃ」


領民たちは力なくうなだれ、重い足取りで家路へとついた。


一方ロドリゴは、客間に座る男たちを前に、脂汗を流しながら対峙していた。


商人は開口一番、「そろそろ決裁していただけませんと」と言って、高額な請求書と借用書の束をロドリゴの鼻先に突きつけた。ロドリゴの生活が豪奢なものになるにつれ、商人からの贅沢品購入はエスカレートし、金額は雪だるま式に膨れ上がっていった。支払いに支障が出始め、商人に借金をするようになったのが運の尽きだった。


「いつでもよろしいです。借財を抱えるのも貴族様であればこそ。貴族としての信用がなければ借入れなどできませんからな」そう言って何年も経つ。


そして現在、その借入れはサントス家の総資産をすべて投げ売っても到底返済できない膨大な金額になっていた。


「……無理だ。払えん」


商人は冷ややかに告げる。「困りましたね、ロドリゴ様。これはあくまで商取引でございますよ?払えない、という一言で片づけられるものではありません。あなたの貴族としての信用はガタ落ちし、フランク王国の貴族様方からも嘲笑されることになりますぞ」


ロドリゴは口をパクパクと動かすが、言葉が出てこない。


「あなた様がお支払いできないのであれば、お国に、ヒスパニア王家に話を持ってゆくしかありませんな」


それを聞いたロドリゴは、青ざめていた顔をさらに青くした。


「待て!待ってくれ!そんなことをすれば私は……破滅だ……」


「では、お支払いいただけるのですね?」


「……」ロドリゴは押し黙る。


「うーん、困りましたねー。どうしましょうか、大司教様?」


ロドリゴはそこで初めて、同席していた男に視線を向けた。


「ああ、ご紹介が遅れました。こちら、十字教の大司教様です。あなたの借財を、あなたに代わって肩代わりされている方のお一人ですよ」


大司教は尊大に椅子に座り、ロドリゴを値踏みするように見る。「……少し、待ってもらえないだろうか」と、ロドリゴは大司教にすがるように話す。


「それは困る。こちらは本来、布教活動のための金をあなたの借財に充てているのだ。これでは教会の活動に大きな支障が出る。今すぐに支払っていただきたい」


ロドリゴの目は恐怖に泳ぐ。「しかし……私には……そんな金は……」


「ふむ。だが我が教会も無情ではありません。何とかお互いに穏便に済ませる方法を考えましょうか」


「是非に!お願いいたします!」


「そうですな……拙僧も広く十字教を広める宣教活動をしておりますでな。どうであろう、ロドリゴ殿の領地で拙僧の布教を優先的に後押ししてくださらんか」


「それは……教会を優遇しろということか?」


「そうしていただければ、拙僧が肩代わりした分――」借財の束の3分の2以上を持ち上げ、「これ位はお受けしようぞ。如何かな?」


冷や汗を流し続けるロドリゴは、一も二もなく同意し深々と頭を下げた。「よ、よろしくお願い申す……」


その頭部を見下ろしながら、商人と大司教はにやりと醜悪にほくそ笑んでいた。


ほどなくして、領都の外れにある廃教会に、大司教と黒服の一行が腰を落ち着けた。



そして、“あの日”を迎える。


教会に大勢の人間が集まっていたとロドリゴが知らせを受けたのは翌日のことだ。異変を感じてロドリゴは教会に出向いたが、あの大司教とやらも、その他の男たちも誰も残っていなかった。ロドリゴはそこで何が起きたか考えることを放棄し、その場を逃げるように去った。


その日以降、大司教は戻って来ず、商人も訪れなくなった。ロドリゴは生活の質を落とせざるを得なくなった。それは彼にとって耐えがたい不満だったが、いつ借金取りが首を取りに来るかと気が気ではなかった。


だがロドリゴは、全てを以前の通りの生活に戻しはしなかった。さらに税を上げた。領民から厳しく搾り取り、領地の維持に執着した。


領民の逃散を防ぐため、さらなる監視を強化した。


村や集落からの移動を厳しく制限し、相互監視を徹底させた。5日に一度開催していた市場を閉鎖した。開始からしばらくは効果が出た。


領民が集まる祭りや行事も全て禁止した。その代わり、領主屋敷前での催しだけは許可した。領民を慰撫するためとして、王都から補助を受けて実施したこの催しは、領民を強制的に参加させるものだった。


領民にとってその催しは歓迎すべきものではなく、忙しい農作業の合間に無理やり集められて行われる苦役でしかなかった。


ある時、他領から行商という者がやって来た。「領内の流通が滞っていると聞きまして」と語るその商人は「集落や村同士の物のやり取りを、代わりに代行させてくだせぇ」と言って金貨の入った袋をテーブルに置いた。ロドリゴは「当面は監視付きで許す。余計なことをすれば獄に繋げる」と念押しして許可した。「ありがとうございます」と頭を下げるその行商人は、どこかオットーによく似ていた。


その行商人は驚くほどやり手だった。閉鎖されて機能しなくなった市場の代わりを、その行商人が見事に果たした。


荷馬車数台と部下たちは精力的に動き、必要とするものを集め、必要とする集落に運んでいった。この行為は領民の生活を支えると同時に、情報交換の伝手つてとしても機能した。


ロドリゴは、その存在が領民の生活を安定させているという報告を聞き、監視を解いてしまった。


そして黒鉄期1739年。領民の半分が領地から霧散した。


「どういうことだ!何が起きた!」


「はい……昨晩の内に領都の3分の1、製造者、販売者のほとんど、さらに領都近郊の6集落で全住民が姿を消しました」


「消えた、だと?どこへ向かった!」


「南に向かっています……」


「南に……待て、向かっているだと?今もか!」


「はい……」


「何故止めない!なぜ捕らえぬ!」


「それが……できません……」


「なぜ出来ぬ!」


「その者たちは武装しています。いえ、小集団が彼らを守っています」


「武装集団だと?どこのだ!」


「……傭兵、と思われます。」


「傭兵、だ、と?奴らのどこに傭兵を雇う金があると言うのだ!」


「それは分かりません……、それと……」


「なんだ、言え!」


「逃散する領民が続々と増えています。このままではほとんどの領民が流出します……」


「なん、だ、と……」


「この城内からも離れる者がおります」


「……」


「そして私も、お暇させていただきたく。これにて失礼させていただきます」


「な!なんだと!」


家令は一礼もせず、そのまま部屋を出て行った。


呆然と立ち尽くすロドリゴ。


「何が……何が起きたんだ!」


その叫びに応える者は誰一人としていない。気づくと、広大な屋敷の中に人の気配は消え失せていた。


ロドリゴ・デ・サントスは絶望の淵で叫ぶ。「だれか!だれかおらぬか!」


だが、その声に応える者はいなかった。ロドリゴは力なく足から崩れ落ちた。


(どこで間違ったんだ……)


(いつだ?大司教に借入れを肩代わりしてもらった時か?)


(いつだ?あの商人にそそのかされた時か?)


その時、静寂を裂くように、重々しい足音が響く。


「だいぶ参っているようだな、ロドリゴ子爵」


ロドリゴの執務室の暗闇から現れたのは、冷徹な瞳をしたシンだった。


「清算の時間だ、ロドリゴ・デ・サントス」



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