第7章:緋色の誓い、復讐の布石
野営地中の人間が俺の帰還を知り、周りに人だかりができるほど集まってきて俺の無事を喜んでくれた。涙を流して肩を震わせる者、何度も俺の背中を叩いて無事を確かめる者。彼らの熱狂的な歓迎を前に、俺は囲まれた輪の中で黙々と食事を続けた。
最初は熱いスープを、次にパンをスープにたっぷり浸して。蒸した野菜、そして肉。
何がそんなに面白いのか、みんなは俺がひたすら無心に食べているところを囲んで楽しそうに見つめていた。給食隊のマリナさんは、とめどなく溢れる涙を拭いながら、何度も温かい給仕をしてくれた。
俺を囲んで、つられてみんなも宴のような食事を始める。酒を回し飲みする連中も現れた。「おい、規律は大丈夫なのか」とオットーさんに問うと、「今日だけ、今日だけです」と言いながら、オットーさん自身も杯を豪快に干していた。
一時間かけてゆっくりと飯を食い終えた俺は、ようやく心身を落ち着かせ、それから低い声で告げた。
「……幹部は集まってくれ」
テントの中に幹部たちが集まり、打ち合わせテーブルの周りに座る。副団長のオットーさん、特務隊のハンス、歩兵隊ヤミル、弓隊クリス、狩人隊のイエーガーさん、騎馬隊エドワード、参謀ノイン、工兵隊ゲルドさん、クリシュ・アランのコナル、フィニアン、コーマック、給食隊のマリナさん、そして見慣れぬ騎馬隊のヴィアナさん。
「ヴィアナさんは先日騎士団を退団し、合流されました。お仲間22人と一緒に、です」オットーさんが補足説明してくれた。
ヴィアナさんが立ち上がり、凛とした姿勢を見せる。「改めまして、ヴィアナです。私と仲間22名、緋色の傭兵団への加入を願い出て、オットー副団長に認めていただきました。さらに、騎馬隊隊長を拝命しております。粉骨砕身、薬務と隊の指揮を務めさせていただきます」
俺は彼を一瞥して、小さく呟いた。「……使い潰すかもしれねぇぞ?」
「……そうならないよう、死ぬ気で努力します」
「さて……」俺は立ち上がり、全員の顔を一人ずつ見回した。
「……みんなに迷惑をかけた。謝る。すまなかった」
俺は椅子を蹴って立ち上がり、皆に向かって深く頭を下げた。
「あー、早速だが、俺が不在、んん、不在だった時の状況を詳しく教えてくれないか?」
「それでは私から、団の収支報告をさせていただきます」
オットーさんは書類を繰りながら淡々と語り始める。「一か月前、団の金庫は完全に空でした。そこでヴィアナさんと私はヴィアナ・デル・アギラの街へ赴き、組合、主な商会、行商に声をかけて護衛依頼、害獣駆除、修繕などの地道な仕事を引き受けました。各隊――歩兵隊、クリシュ・アラン隊、狩人隊、弓隊、工兵隊で輪番制を組んで対応しました。1ヶ月経過後、現在の収支は良好です。50日程度、我々独自の活動を始められる程度の資金を確保する結果となっています」
「……足りない。1年は余裕を持って動けるよう、さらに資金調達しろ」
「シン君。ちょっとそれは……準備期間というものも必要でしょう」
「次の作戦は長期戦だ。1年、いやもっとかかるかもしれねぇ」
「……準備期間はあるのでしょう?」
「そうだな、2、3年はかけたいところだが……これも相手次第だ」俺のその答えに何かを察したのか、オットーさんは考え込み、やがて頷いた。
「分かりました。支援者を募ることも含め、再考しましょう」「それも一つの手だな」
俺は次にヤミルとクリスに視線を向けた。
「ヤミル、クリス。歩兵隊、弓隊はどうなっている」
ヤミルが口を開く。「あの日、俺たちは何もできなかった。状況すら知らされていなかったんだ。それが悔しくてならなかった」
「それについては謝罪する。だが、過ぎたことはいい。今と、これからのことを聞きたい」
ヤミルが頷く。「分かった。歩兵隊の足は遅い。あの日の反省だ。連絡を受けてもクリシュ・アランの後ろを付いて行くのが精一杯だった。遊撃隊が、ガーブが襲撃を受けた時に連絡を受けていたとしても、あの日までに合流できる可能性はなかった。その上、無理に合流したとしても、かえって足を引っ張っていただろう」
「だから現在、歩兵隊は徹底した武力強化に努めている」
「武力は基礎力の底上げと連携強化。歩兵隊の剣兵、槍兵、クリスの弓兵、イエーガーさんの狩人隊で前方短距離、後方遠距離の連携。シンが言っていた集団戦闘力だ。結果、現在はクリシュ・アラン隊、コナル隊となんとか互角に渡り合える位にはなった。最も、俺たち全員でコナル隊20名に対して5倍以上の人数でようやくやり合ってだがな。まだまだ力不足だ」
「ブリタニア新兵を加えてそこまで練度を上げたことは評価する。が、足りない。もっと練度を上げろ」
「?さらに、か?」
「せめてクリシュ・アラン全員と互角にやり合える程度までは。……ヤミル」
こつこつ、と俺はテーブルを指先で叩いた。「……死ぬぞ?次の作戦で。生き残るためだ。練度を上げろ。味方の足を引っ張るような兵士なら、俺にはいらねぇ」
「本気か?」俺の目を見つめるヤミルが問いかける。「本気なんだな?」
「本気だ。次の作戦は、オルレアンを叩きのめすこと。それには精強な部隊が不可欠だ。ヤミル、クリス。イエーガーさん、エドワード、ヴィアナさん。兵を鍛え上げろ。連携を高めろ。集団戦闘技能を高めるんだ。これから半年、部隊個々の力を限界まで高め、続く半年で集団戦闘訓練を課せ。脱落者が出ても構わない。それよりも精強な兵が欲しい。」
次にノインへ視線を向ける。
「ノイン、移動方法を考えろ。どうやれば歩兵の機動力を劇的に高めることができるか」
ノインが口を挟む。「…全員馬に乗れるようにする?」
「却下だ。全員に馬を与えても半数は乗りこなせない。連携が取れん。歩兵の機動性がなくなる。騎馬隊はイエーガーさんたちで十分だ」
ノインが困った顔をする。「結局、馬車以外の乗り物はないと思うけど?」
「ノイン、そこを考えろ。機動力が必要だ。移動だけでなく、戦場でも使えるものを」
「……それは」ノインは頭を抱える。
ゲルドさんが俺の言葉に反応した。
「なあ、シン。もしかして…古代ロマヌス帝国で使われたチャリオットのようなものを考えているのか?」
「チャリオット?」
「ああ。馬一頭か二頭で引っ張る、二輪の軽量馬車。輸送や兵士の送迎にも使われた」
「ああ。それが一番近いか…その大型版を考えろ。最低でも7、8人が乗れるもの、弓兵や槍兵がその上で戦えるもの、平時は兵や兵糧を輸送できる位のものをだ」
「大型の戦車……!」
「シンさん、それ、いいかも…バリスタを載せたら…」
「移動式バリスタ、いいぞ。何種類か考えろ。基本4頭立てか6頭立て。敵の矢や槍を防ぎ、戦場を縦横無尽に駆け抜け、移動しながら戦える…。ゲルドさん、ノインと一緒に造れ」
「分かりました。至急、設計図を起こしてみます」「おう、久しぶりに腕が鳴る」ゲルドさんも了承した。
「シン君、試作費、材料費、馬購入費と維持費……費用が掛かり過ぎます」とオットーさんが懸念する。
「そこは何とかしてくれ。金になる依頼を取って来てくれ。皆で稼ぐんだ」
そして俺はハンスに目をやる。「ハンス」「ああ」
「……どこまで調べた」
「……裏は取れた。黒服は『蛇の眼』」
「オルレアンの暗殺部隊か」
「そうだ。そしてオルレアンの手はヒスパニアにも伸びていた」
「サントス家と繋がっている。奴らがヒスパニア東部で暗闘できたのはそのせいだ」
「サントス家…、ロドリゴ・デ・サントス。最初の“対象”が決まったな」
「ちょっと待った、シン君。それは、ヒスパニア貴族に喧嘩を売るのかい?」オットーさんが俺の言葉に反応した。
「いいや、レオン家とは“なし”を付ける。サントスをヒスパニアの裏切り者として完全に切り離させる」
「……」
「よし、方針は決まったな?」俺は全員を見回す。
「部隊を強化する。戦車をつくり、戦術に慣れる。その活動資金を稼ぐ。レオン家、アルバ家と“なし”を付ける……。ヒスパニア、ブリタニア、ゲルマニアを動かす」
「そして3年以内に……オルレアンを潰す。この世から完全に消滅させる。」
「「「「……」」」」
「ガーブの弔いだ。行動、開始」
がたり。皆が立ち上がる。それぞれの持ち場に向かってゆく。
俺は去り際にハンスを呼び止めた。
「ハンス、『Z』に繋ぎをつけろ。彼女らを巻き込む」
「……分かった」返事をして出て行こうとするハンス。
俺は宙を見つめる。
「なぁ、ハンス。ガーベラの花言葉って知ってるか?」俺は上を向きながら話し出す。
「希望、常に前進、前向き、だそうだ。『限りなき挑戦』。いかにもガーブにぴったりの言葉だろう?バルロ団長は、いい名前をあいつに名付けた」
「……」
「……過去は今日で終わりにする。前を向こう。その前にオルレアンだけは、必ずすり潰す。」
ハンスは何か言いたそうだったが何も言わず出て行った。
俺は虚空を見続ける。ガーブのはにかんだ笑顔とあの紅い瞳、まだ顔も見たことがないオルレアンの影を求めて。




