第5章:初めての敗北、そして芽生える絆
その日、初めての戦場に立つ緊張感で肌が粟立つ俺たちに、バルロ団長は冷徹に言い放った。
「ガーブ、シン、ハンス、ヤミル、クリス。お前たち五人で一部隊を編成する。後方支援はオットーが務める」
俺たちはあまりの唐突さに、ただ絶句するしかなかった。
「どう戦うか、どう生き残るか。お前たち自身で考え、動け。以上だ」
そう言い捨てて団長は立ち去る。オットーさんはその様子を、どこか楽しそうに、そして慈しむような眼差しで見守っていた。
俺たちは顔を見合わせた。
「どう、するの?」クリスが不安げに声を上げる。
「僕たちだけで戦えなんて、そんなの無理だよ!」
「大丈夫、大丈夫!」ガーブがニカッと力強く笑う。
「でも、でもさ。具体的にどうやって戦うの?」
「黙れよクリス。ぱーっと突撃して、ササッと帰ってくればいいんだよ」ヤミルが軽薄に言い放つ。何も考えていない証拠だ。
「クリス、大丈夫。俺が守る」ガーブが自信満々に胸を叩く。
それでもクリスの不安は拭えない。ハンスは……黙して何も語らない。
「とりあえず、戦場へ行こう。戦場を見て、そこでどうするか考えよう」と俺は言った。ガーブは無言で戦場へと足を向け、他の者たちもそれに続くしかなかった。
俺は歩きながら思考をフル回転させる。百人単位の戦場で、俺たち五人に何ができる?我々の役割とは?考えるんだ。あまり時間はない。
(素早く判断しろ。もし間違えたと分かったら、即座に次の策を練り直せ)
戦場を見渡す。敵の本陣はあそこか。陣の配置、敵の狙いは……。
「あ、始まる!」クリスが叫ぶ。戦闘開始だ。では、俺たちはどう動く?
「じゃ、行くよ?」
えっ?ガーブは俺の制止も聞かず、大刀を手に疾走を始めた。
「ちょっ、ちょっと待って、待ってぇええ!」
俺の叫びを無視して突っ走るガーブ。「じゃあ俺も行くか」ヤミルがそれに続く。
俺は唖然として叫んだ。「バカ野郎!!」
横でハンスが静かに「どうする?」と問う。クリスは首を横に振るばかりだ。
「……とりあえず、追いかけよう」
初めての戦場は、苦い敗北の記憶として刻まれることになった。
戦いはガーブの無謀な突出により、敵味方入り乱れる大混乱へ。無理やり突き進んだガーブを他隊がフォローし、ヤミルは戦場のど真ん中でグレイヴを振り回す。殺到する敵を、よく言えば引きつけて隙を作ったのだが、俺はハンスと共にガーブへ接近しようとして他隊の団員に「邪魔だ!失せろ!」と突き飛ばされ、何もできずに終わった。俺の後ろにいたハンスは、周囲を警戒しながら「……もう終わりそうだな」とぽつりと呟いた。
戦闘終了後、野営地に帰還した俺たち五人はバルロ団長の前に引きずり出された。顔面に容赦のない拳が叩き込まれる。「立て!」と命じられ、立ったらまた殴られる。
「お前らのせいで団員八人が負傷した!ガーブ!お前の掩護に向かった者たちだ!一人は重傷を負ったんだぞ!」
団長は顔の腫れたガーブの顔に、さらに自身の顔を近づけた。「お前、何を考えて突出した?」
「首狩り!」
「なに?」
「敵の首を、狩りに行きました!」
また団長の拳がガーブに落ちる。鳩尾に。ガーブは顔を歪め、体をくの字に折り曲げて蹲る。
「……今度やったら、その得物を取り上げる」
団長は俺たち全員を見回し、言い捨てた。「俺は部隊として行動しろと言ったはずだ。バラバラに動きやがって。とんだ疫病神だお前らは!」
団長は背を向けて最後に告げた。「一晩そのまま立っていろ。飯は抜きだ」立ち去る背中。他の団員たちも、舌打ちや唾を吐き捨てながら、それぞれのテントへ消えていった。
夜更け。静まり返った野営地の真ん中で、俺たちは立ち尽くしていた。
「おなかすいたぁ……」ガーブが情けない声を上げる。
俺は一人、どうすればよかったのかと思考を巡らせていた。いつもの習慣だ。そして俺は声をかける。
「なあ」
誰も反応しない。
「なあ、ガーブ」
「んん~?」
「何で首狩りなんかしたんだ?」
「んー。首を落とせば戦い終わるから?」
それはそうだが。「それだけか?」
「早く終わればいいじゃん。そうだろう?」
「その通りかもしれないけど、相手だって分かっている。相当きつかったはずだぞ」
「んー、そうだったかな?」
「他隊の支援がなかったら危なかったんだぞ?」
「んー。そうかも?」
「ヤミルはさあ、何であそこに行ったの?」
「……あそこが一番、敵の層が厚いと思ったからだ」
「防ぎきれると思った?」
「当然だろ!」
「でも……最後は危なかったな。最初は一対一だったのが、最後は四、五人に囲まれて」
「うるせぇ。蹴散らせてた!」
「でも、後ろから仲間が来てホッとしてたじゃないか」「なんで知ってるんだ!」
「ハンス、ハンスは周囲をずっと見ていた」
「……斥候になれと言われたから」
「で見つけた敵のことを、誰かに話したか?」
「……」ハンスは黙り込む。
「クリスは、時々矢を射っていたな」
「うん。危なそうだなぁと思ったところへ」
「俺たちに近づいてくる敵兵に対しても」「うん」
みんなそれぞれ考えて動いていた。ただ、それはあくまで「個人」としてだ。集団戦闘とは言わない。しかし、一人ひとりの力は突出している。みんなの特技、個性を上手く活かせば……。
「なあ、今日の戦闘だけど」
俺は足で地面に今日の戦場の地形を描き始める。
「俺たちの陣容はこう、そして敵方はこう……」
ハンスが告げる。「そこ、敵が潜んでいた。およそ二十」
「えっ、あの短い時間でよく見えたな!」そこに敵の布陣を描き込む。
「両軍はこう動き、戦端が開かれた」みんなが頷く。
「で、この時ガーブが走り出した。こうだ」
「うえ、あぶねぇ奴だな」「お前だろうが!」
ぷはっ、と笑いが込み上げる。
「危なかった。団長の判断や支援がなかったら……こうなっていたはずだ」
「……」ガーブは沈黙する。
「ヤミル。お前はここに飛び出した。確かに一番層が厚い。止めなければならない。でもこの後ろに、これだけの敵がいたんだ」
「……これは無理だ」
「そう。難しい。あと少しで包囲されて滅多切りだった」
俺は足で描いた戦術図から目を上げる。
「なあ、ガーブは首狩りをやりたいんだろ?」
「お、おう」横を向きながらガーブが同意を示す。
ヤミルを見る。「ヤミルは一番の活躍で目立ちたいんだろ?」
「……否定しねぇ」
「ハンスは見えるけど、どうすればいいか迷っている」
「クリスはできるだけ安全なところにいたい」
「……そう、だけど」
「じゃあさ、もし、こう動いていたら……」
俺の行動案を見つめるみんなの視線。
「五人で動けばこうなると思う。どう思う?」
「おまえ……あの短い時間でこれだけ考えついたのか?」ヤミルが俺を凝視する。
「うん、少し遅かったけど」
「うん、いいと思う」ガーブがニカッと笑う。
「ハンスは?クリスは?」
ハンスは黙って首を縦に振る。クリスも「いい……のかな?」と言った。
「じゃあ次は、もう少しだけ俺の提案を待ってくれるかな?」
「分かった」「いいぜ」「……」「うん」
「でもさ、成功するのか?もしお前の判断が間違っていたら?」
「んー。完璧とは言わないし、間違えるかもしれないけれど」
「おい!」
「その時はその時だ。すぐに次の策を出す」俺は断言する。
「だからハンス、斥候を頼む。クリス、接近する敵をその矢で防いでくれ」
「次は間違えないで、やろう」
「「「「応!!」」」」
次の戦場は二十日後に起きた。あの日から俺たちは、どうやれば適切に動けるか、訓練をやり続けた。お互いのやり取り、長所を伸ばす方法、短所を補う方法。ひとりでは無理なことも、五人揃えば何とかなった。
何回か他の部隊と模擬戦をさせてもらった。最初の回はぼろ負け。「まだまだだな~ひよっこども~」という言葉が突き刺さる。その夜、俺たちは反省会を開き、徹底的に話し合った。
三日後の再戦。「お、お?」相手を驚かせることができた。連携が深まり、惨敗から惜敗へと変わっていく。
そして、いよいよ出撃という日の午後。
団長に呼ばれ、突撃隊と模擬戦を命じられた。相手は総勢四十名。戦場では上手くやれたと思えたが、突撃隊長が突然向きを変えてガーブをいなし、俺を討ちにきた。
「はっはー!まだまだひよっこに勝たせる訳にいかねぇ!」
突撃隊長は笑ったが、真顔になって俺に言う。「なぜ負けたか分かるか?毎回、俺はお前たちの癖を《《見ていた》》からだ。次は他隊との連携、ちゃんとやってくれや」
そこに団長が歩いてくる。
「俺はお前たち五人で一つの部隊にした。だが戦場で戦っているのはお前の部隊たちじゃない。周りをよく見ろ。仲間と、友軍と連携しろ。シンお前はもっと戦場を大局で視ろ」
「だがいいだろう。次の戦いでは俺の側に居ろ。出撃の合図は俺が判断する。何をするかは俺が指示する。だが、どうやるかはお前らで決めろ。いいな」
「「「「「はい!!」」」」」
そして翌日の戦場。俺たちは団長の指示に従い、完璧な連携で動いた。
「よくやった」
団長はそれだけ言った。
けれど、俺たち五人には、その短い言葉だけで十分だった。




