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『緋色の傭兵団の物語』「西方動乱編」  作者: 嵗(sai)
第二十部:緋色の咆哮、西の大陸を焦がす

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第3章:紅き旋風との邂逅、そして導き

そこは、村としての機能をとうに失った死の領域だった。かつての営みを物語る住居の残骸は無惨に破壊され、焼かれ、廃墟という名の墓標が立ち並んでいる。成れの果てとなったその廃村の瓦礫の中、一人の少女がいた。その髪は、戦場の夕闇にあっても鮮烈に焼き付く紅。彼女は廃墟と化した小屋の跡をあちらこちらと行き来し、瓦礫の山から何かを探し求めていた。


その背後に、獲物を狙う二人の男が近づく。


「へっへっ。お嬢ちゃん、こんなところで何してんのお~?寂しいところだねぇ」


「危ないよ。お兄さんたちと一緒に、安全なところへ行こうか。ね?」


甘ったるい声で手を差し伸べる男たちを、少女は冷徹な紅い瞳で射抜いた。


「ほっとけ。俺は忙しい」


彼女は一蹴し、再び瓦礫の中へと視線を落とす。


「おいおい、なんだこのガキ、可愛げのねぇ」


「いいから黙ってこっちへ来い!」


パンッ!


強引に腕を掴もうとする男の手を、少女は鋭く跳ね飛ばした。

「邪魔すんな、と言った」


彼女は傍らに置いていた剣を掴み取った。少女が持つにはあまりに長大で重量感のある剣。彼女はその柄を片手で握り、地面にだらりと下げて男たちを正面から見据える。


「なんだぁ?いっちょ前にやるつもりか?」


「少々おいたが過ぎるな。お仕置きが必要か?」


二人は抜剣し、あざ笑いながら間合いを詰める。


「ほれ、どうしたぁ?その剣、お前ごときが振り回せるのかぁ?」


男が少女の腹に強烈な蹴りを見舞う。少女は背後の壁まで激しく吹き飛ばされたが、それでも剣から手を離すことはなかった。


その様子を物陰から見ていたのが、シンとヤミルだった。ヤミルは瞬時に状況を察し、「やべぇ!すぐ団長らを呼んでくる!」と叫んで駆け出していった。シンは恐怖と動揺で体が硬直し、その場から動けずにただ三人を見つめるしかなかった。


少女は、剣を杖代わりにして不敵に立ち上がる。


「どうしたどうした。どうせ振れねぇもんを持って、どうする気だ?」


一人が剣を振り上げて襲いかかる。「そら、そら、そらぁ!」


(あぶない……!)


シンは叫ぼうとしたが、喉が引き攣り、足が震えて動けない。ただ、その光景を焼き付けることしかできなかった。


少女は一瞬だけ前のめりになり、大剣を下から上へと一気に振り上げた。


ぶんっ、と空気が鳴る。


「へ?」


がらん、という硬質な音が響く。男の剣が瓦礫の上に落ちた。その切断面には、男の右手首が鮮やかに転がっている。


「へあぁあああ!!」


噴き出る鮮血を左手で押さえる男を横目に、少女は弾丸のように飛び出した。


どしゅっ!


「があっ……」


剣先が男の喉を正確に貫く。男は眼球を反転させ、白目を剥いて言葉にならない絶叫を上げると、膝から崩れ落ちた。


呆然としていたもう一人の男は、我に返って絶叫しながら剣を振り上げる。


「こ、このガキがぁ!」


「ふんっ!なぜ当たらねぇ!」


男が怒りに任せて剣を振り回すが、少女は紙一重でそれらすべてを回避していく。


のけぞり、右へ左へと滑るように飛び退き、時には地面を転がる。戦場で見せたバルロの洗練された動きとは真逆の、無様にも見える回避術。しかしシンには、それが信じられないほど鮮烈に映った。夕闇に溶けゆく廃墟の中で、紅い髪と紅い瞳だけが、まるで炎のように踊っている。


(バルロとは違う……。でも、こっちの方がもっときれいだ)


シンは、その圧倒的な色彩の躍動に見惚れていた。


「はぁ、はぁ……こんちくしょう!」


男が渾身の力で剣を振り下ろす。少女は落ちてくる剣の軌道を見切り、男の懐へと潜り込む。剣先が男の脇をすり抜け、その腹を切り裂いた。


「ごぼっ!」


男が苦悩し、崩れ落ちる。それを冷たく見下ろした少女は、くるりと背を向けてまた瓦礫のそばへしゃがみ込んだ。


(すごい……きれいだ)


シンは息を呑んでただ見ていた。だが、男はまだ生きていた。むくりと立ち上がり、油断した少女へ背後から忍び寄る。


「死ね!」


剣が振り下ろされる直前。


どん!


鈍い音が響き渡り、男の頭部に鋭利な刀が深々と突き刺さった。男は虚ろな瞳で崩れ落ち、二度と動くことはなかった。


「ガーベラ!バカ野郎!」


駆けつけたバルロが少女に詰め寄り、その頬を強く張り倒す。少女は衝撃で吹き飛ばされた。


「ひとりで出歩くなと、いつも言っているだろうが!」


転がったガーベラと呼ばれる少女は、頬を抑えながら立ち上がり、バルロを真っ直ぐに射抜く。


「俺はガーブだ。もう戦える」


「口答えするな!今お前は死にかけたんだぞ!我々戦場では、最低でも2人以上で行動している。一人で動くのがどれほど危険か、分かっているはずだ!」


少女はぷいと横を向く。「俺は……大丈夫だ」


「大丈夫じゃないから死にかけたんだろうが!」


「……次は、油断しない」


そう言い捨てて野営地へと歩き出す。バルロは天を仰ぎ、両手を広げて呆れ果てた。


その子が、シンの横を通り過ぎる。紅い瞳と視線がぶつかる。そこには意志の強さ、境遇への怒り、そして燃え上がるような炎が宿っていた。


少女はシンの横で立ち止まり、彼を上から下へと値踏みするように眺めた。


「新入り?」


「え?うん、シン……です」


「シンか。そう。俺はガーブだ」


それだけ言い残し、彼女は去っていった。


俺は、バルロ団長に肩を叩かれるまで、ずっとその背中を見つめていた。これが、ガーブとの出会いだった。


それから俺はバルロ団長たちの下で、他の子供たちと一緒に生活することになった。


オットーさんは、団の資金繰りから商人たちとの武器・食料の調達交渉、依頼主との交渉まで、全てを担いながら俺たちの父親代わりとして面倒を見てくれた。


「さあ走るんです!走りなさい!戦場で足を止めたら死にます!走って、走って、走り抜けて生き延びるんです!」


オットーさんの叱咤に応え、俺たちは走った。ガーブは鼻歌交じりで余裕を見せ、ヤミルとハンスはガーブに追いつこうと必死になり、クリスは息も絶え絶えだった。俺はいつも早々に倒れ込んでいた。


「シン君はまだ体力が足りないね。だが、これから頑張ろう」


慰めてくれるオットーさんの横で、ヤミルは「ふんっ」と鼻を鳴らした。「シン、弱っちい。もっと走れ」ガーブが冷たく言い放ち、走り去る。ガーブはあの日以来、団長に剣を取り上げられていた。


ガーブがなぜ「ガーブ」と名乗るのか。オットーさんが理由を語ってくれたことがある。


クリス、ハンス、そしてガーブ。彼らは戦場や焼き討ちされた村で生き残り、捨てられていたところをバルロに拾われた。ガーブ、本名ガーベラは、人さらいに連行される途中、暴れているところをバルロが見咎めて引き取ったのだという。


名前を尋ねても「知らない」と言い張る彼女に、バルロは「じゃあガーベラだ。その紅い髪と瞳は、紅いガーベラにそっくりだ。今日からお前はガーベラだ」と言った。


それを聞いた彼女は猛然と反発した。「ガーベラなんて嫌だ。女の名前だ。俺は……ガーブ!そう、ガーブだ!」と。それ以来、団の皆は彼女をガーブと呼ぶが、バルロ団長だけは教育の一環として、それとも嫌味だったのか? あえて“ガーベラ”と呼んでいた。


団に入った頃の俺たちは、まだ4、5歳の幼子だった。使い走り、食事の後片付け、洗濯などが日課で、日中は走り込みに明け暮れた。


傭兵の仕事がない時期には木剣を持たされ、団員から剣の基礎を叩き込まれた。ガーブとヤミルは大人顔負けの打ち合いを見せ、ハンスは徹底して避ける術を学び、クリスは剣の才能のなさに悩んでいた。そして俺は、常に打ち負かされていた。


3年ほどそんな日々が続き、バルロ団長が唐突に言った。


「そろそろ、自分に合った得物を選ぶか」


ガーブは迷わず「大刀が欲しい」と望み、ヤミルは「長物がいい。突いても切れるものがいい」と言った。ハンスは「短剣がいい。身軽さを犠牲にしたくない」と答え、クリスは自信なげに「打ち合いは苦手です」と呟いた。そして俺は、ただ首を振るしかなかった。


バルロ団長は頭をかきながらオットーさんに助けを求める。


「そうですね……」オットーさんは深く考え込む。


「ガーブさんは力が強い。普通の剣では軽すぎるのでしょう。多少重い得物の方が、突進力も活きるはずです」


「ヤミルさんは長物……、う~ん、突きだけの槍だと切れずヤミルさんの長所が活かせませんね…。ならハルバートかグレイヴでしょう」


「ハンスさんは斥候に向いています。団長、彼をその方向で鍛えませんか?」


「クリスさんは……5人の中で一番目がいい。弓矢はどうですか?」


そして最後に俺の番だ。


「シン君は……うーん、どうしたものでしょう。まずは片手剣で様子を見ましょうか」


そう言われた。それぞれに見合った武器を見繕ってもらった中で、俺だけが何もしっくりこなかった。


「シン君、しょげないでください。君たちはまだまだ幼い。戦場に出るまでまだ時間はあります。それまでに得意なものが見つかるでしょう。その時に手にすればいいでしょう」


オットーさんは励ましてくれたが、ヤミルの侮蔑的な視線が突き刺さる。しかし、ガーブだけは俺を見て、静かに言った。


「大丈夫。シンには、シンしかできないことがある」


それから各自に得物が渡され、それを身体の一部にするための訓練が始まった。


そして3年後。俺たちの身体は戦う準備を整えつつあった。走り込みも苦にせず走り抜き、得物を使いこなすことができるようになり始めていた。


バルロ団長が、重々しく口を開く。


「そろそろ戦場を経験させるか」



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