第2章:喪失と記憶の底
シンが姿を消した。
その事実を知った団の幹部たちは、ヴィアナ・デル・アギラの拠点にて一堂に集まり、重苦しい沈黙の中で今後の対応を協議していた。
オットー、ヴィアナ、ハンス、ヤミル、クリス、イエーガー、エドワード、ゲルド、ノイン、コナル、フィニアン、コーマック、そしてマリナ。全員の表情には深い憂慮が刻まれている。
ヴィアナが張り詰めた空気を切り裂くように口火を切った。
「……シン様を、探しに行くべきではないでしょうか」
マリナがすかさず同調する。だが、オットーは静かに、しかし断固とした態度で首を横に振った。
「探しません」
「…、はい?」
「今、シン君を無理に連れ戻しても、何一つ解決にはなりません。これはシン君自身の問題であり、乗り越えるべき試練です。シン君が、自分自身の心の中で(ガーブの死という)残酷な現実と折り合いをつけ、自らの意思で戻ってくるのを待ちましょう」
「でも、それではあまりにも……!」
マリナが反論を試みるが、オットーの眼差しには揺るぎない覚悟があった。
「私たちも、それぞれに折り合いを付けました。それはあまりに無理やりで、吐き気がするほど辛い道のりでしたが……それでも私たちは前を向いた。シン君にも、きっとできるはずです」
静まり返るテント内。誰もがその言葉の重みに頷くしかなかった。
「シン君は必ず戻ってきます。その時に備えて、私たちは今できることを精一杯やりましょう。彼が戻ってきた時、彼が示そうとする新しい道筋に、私たちが胸を張って応えられるように」
オットーの穏やかでありながら力強い言葉に、幹部たちは静かに、深く頷いた。
オットーがぱん、と両手を打ち鳴らす。
「さあ、動きましょう!ここで立ち止まっていては、何も生まれません!前進あるのみ、前だけを向くのです!」
クリシュ・アランの3人がまず黙って立ち上がる。ヤミルが、クリスが、そして全員が続いた。
オットーは去りゆくハンスに声をかける。
「ハンス君。シン君の居場所は 知っているのでしょう。ですが、決して接触はしないでくださいね」
「……知っている」
ハンスは短く答え、闇の中へ消えていった。
「シン君。待っていますよ。みんなが、あなたを」
オットーは独りごち、空を見上げた。
シンは荒野をさ迷っていた。目的も、帰る場所も、何も持たず。ただ、ふらりと、あてどなく。
3日後、シンはある村の廃墟へと辿り着いた。全景が見渡せる小高い丘で腰を下ろし、崩れ落ちた家々の残骸を虚ろに眺めていた。
(……そういえば、あいつと出会ったのもこんな廃墟だったな。あいつはまだガキで、俺もガキだったが。すばしっこくて、それでも大人を相手に凄まじい力で刀を振り回していたっけ。最初はなんて生意気なガキだと思ったのに、実は女だと知った時はひどく驚いたのを覚えている……)
あれは14年前、黒鉄期1724年、フランク王国西部でのこと。
とある領地争いの戦場に、シンは迷い込んでいた。記憶は曖昧で、かつて彼を連れ回していた連れと死に別れ、食うものもなく放浪していた時の記憶だ。
遠くから聞こえる叫び声に、誰かいるのかと助けを求めて歩み寄った先は、人々が生活する場所ではなく、憎悪と殺意が渦巻く戦場だった。
シンは戦場の光景に戦慄し、茫然と立ち尽くした。剣が振るわれ、手や頭が空中に飛び散る。槍が腹を貫き、飛び出した臓物を必死に元に戻そうと足掻く兵士。足を切り落とされ、這いずりながら助けを求める者。馬に頭を踏み潰される者。目に矢が突き刺さり、もんどり打って倒れ伏す者。
その凄惨な光景にシンは耐えがたい吐き気を覚えた。何日も飢えていたため、吐くものすらなく、ただ体が震える。
(じごく?僕はもう、死んだのか?)
改めて戦場を見回す。のそりと立ち上がり、一歩、また一歩。喧騒の中へと踏み込む。
「……もう、どうでもいいや」
男たちが剣を振り回す真っ只中、シンは目を閉じ、ただその場に立ち尽くした。
「ガキが!なんでこんな場所にいる!」
腕を乱暴に掴まれ、地面を転がった。視界を回しながら顔を上げると、大柄な男が見下ろしていた。男の後ろから殺意を込めた剣が振り下ろされる。男は刀で受け流し、返す刀で相手の首を斬り飛ばした。飛び散った血の雫が、シンに降りかかる。
「あ……」
「そこに転がっていろ!」
そう言い捨てて男は戦いに戻る。シンはその背中を凝視した。
(きれいだ……)
戦い方、立ち居振る舞い。刃を交えることなく、まるで踊るようにして相手を斬る。誰も彼に剣をかすりもさせない。そんな姿に、シンは強く魅了されていた。
戦いが終息し、男は刀を納めてシンの元に戻ってくる。シンはただ、その瞳を男に向けていた。
男が腰を落とす。
「お前、どこから来た」
「……分からない」
「親はいるのか」
「分からない」
「ここまで、どうやって来た」
「……分からない」
男は頭をかいて、大きく溜め息をついた。
「……お前、名前は」
シンは小さく答えた。「シン……シオ?」
「……シンか。よし、シン。一緒に来い」
そう言って男は立ち上がった。シンも付いて行こうとしたが、足がふらつく。それを見た男は「しょうがねぇな」と、シンを軽々と肩に担ぎ上げた。
こうしてシンは、『憂国の傭兵団』のバルロ団長に拾われたのである。
シンは途中で気を失っていた。
バルロはそのままの状態でシンを担ぎ、野営地へ戻る。待ち構えていた団員たちが声をかけてきた。
「お頭ぁ~!勝ちやしたぜぇ!」
「おやっさん!とりあえず生き残りましたぜ。今夜はいわいましょうぜ!」
「お頭と呼ぶな、団長と呼べ!何度言えば分かる!」
「へい、すんません、お頭」
男、バルロはシンを焚き火の近くへ下ろした。
「お頭ぁ、そのガキ、なんです?」
「拾った」
「あー。またですかぁ?これで何人目ですか、拾ってくるの」
野次馬のように団員たちが集まってくる。下ろされたショックで目を覚ましたシンは、近寄ってくる大男たちに目を丸くした。
「ほぅ?なんかいい服着てんな」
「ああ?貴族のぼんぼんかぁ?」
「それにしては薄汚ねぇな、このガキ」
「まあ、どっかで潰れた田舎貴族だろうよ!」
「ぐはははは!違えねぇや!」
その男はシンの顔を覗き込み、ニタリと笑って言った。
「ようこそ戦場へ、地獄の一丁目へようこそ!」
「とにかく飯だ。おい、こいつ…、シンだったか。に、なんか食わしてやれ。スープでいい」
「へーい!」
先程の男が返事をし、鍋からスープをすくい、椀に入れてシンの前に置く。
「ほら、喰え」
シンは両手で椀を持つ。「……ありがと…、ございます」
「おおぉ、礼儀正しいねぇ。こいつはホントに貴族のガキかもしれんぞ、団長!」
シンは野菜くずが二欠片ほど浮いているスープを一口飲んだ。以前飲んでいたものより遥かに薄い味だが、空腹のシンにはそれが温かく感じられ、ゆっくりと飲み下した。
柄杓で水を飲んでいたバルロはシンの前に戻り、話し出す。
「喰いながら聞け。俺たちは傭兵だ。戦場を渡り歩いている。しばらくは俺たちと共にいろ。村で預かってくれる奴がいるか探してやる。だが……」
「?」
「お前が俺たちと一緒に居たいなら、このまま連れて行く。どうする?」
シンは考えた。僕はどうしたいんだろう?
「……あの かたな」
「うん?」
「あのかたなさばき。きれいだった……僕もできるかな……教えて……くれない?」
「……」
バルロはシンを見つめ、答えた。
「……あれをきれいだと言ってくれるか。あれを身に付けたいと?」
「うん。あ……はい」
「……いいだろう。しばらくここにいろ。おいヤミル!ハンス!クリス!」
バルロの呼びかけに、馬車の陰から3人の少年が飛び出してきた。
「新入りだ。シンという。面倒を見てやれ」
「「「はい!」」」
2人の少年がシンを見た。「俺はヤミル、よろしくな!」大柄な少年が手を上げる。
「……ハンスだ」
「僕はクリスだよ。これからよろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
シンが頭を下げると、ヤミルがニカっと笑った。
「おい、ところでガーブはどこだ?」
「はて、どこにいるのでしょうね。さっきまでうろちょろしていたのですが。君、シンというのかい?私はオットー、君たちの面倒をみている。これからよろしくね」
オットーはそう言って、シンの頭を優しく撫でた。
「ガーブ!どこだ!」
バルロの叫びにも、ガーブは見当たらない。男たちが顔を見合わせ、首を振る。
「またか!」
バルロは刀を持って立ち上がる。「探すぞ!あいつまた戦場漁りに行きやがった!」
「あぁ」「またかい」
男たちも皆、ため息混じりに立ち上がる。ヤミルもまた「俺たちも探しに行こう」と、シンの腕を引いて駆けていった。




