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『緋色の傭兵団の物語』「西方動乱編」  作者: 嵗(sai)
第十六部:斜陽の王都とピレルの嵐

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第3章:冷徹なる軍議

三日後、オルレアン伯の一行は強行軍の果てに領都リュグドンへと滑り込んだ。


居城である「リュクデュナ・プレトリア城」の中庭で馬車を降りたオルレアン伯は、出迎えた執事長ベルナール・ジラルダンの挨拶を片手で制した。


「挨拶はいい。ただちに幹部五人と軍幹部を執務室に集めろ。一刻を争う」


「――はっ、ただちに」


数刻の後、執務室にはジラルダンが連れてきた七人の男女が揃っていた。文官二名、武官三名、軍人二名。我がオルレアン領の頭脳と刃のすべてが、そこにいた。


・計数官:ジュリアナ・ドラクロワ

・隠密文官:クロウド・ヴィヨン

・正規重装騎士団長:ガストン・ド・ボーモン

・伯爵近衛騎士:トリスタン・ド・ロシュフォール

・特務暗殺部隊「蛇の眼」実戦指揮官:ベアトリス・ド・ラヴァル

・南方方面軍指揮官(将軍):ジャン=バティスト・ド・ロシャンボー

・将軍補佐官:ピエール=シャルル・ド・ヴィルヌーヴ

そして、

・執事長ベルナール・ジラルダン。


オルレアン伯は揃った面々を鋭い一瞥で射すくめた。


まず口を開いたのは、巨漢のロシャンボー将軍だった。


「オルレアン侯、お戻りをお待ちしておりました。して、王都ルテティアの様子はいかがでしたか? 陛下は我らの忠義に何と?」


オルレアン伯は小さく鼻で笑った。


「将軍、陛下はお前たちにこれっぽっちの興味も抱いておられんよ。もともとそういう御方だ。東ロマヌスとの大戦があったことすら、あの頭からは消え失せている。ましてや、辺境の将兵の苦労などな」


ロシャンボーは途端に顔を不機嫌に歪めた。伯爵はその様子に苦笑し、すぐに表情を引き締める。


「ルテティアの家畜どものことはどうでもよい。私が不在の間の状況を報告せよ」


「はっ、では私から」隠密文官のクロウド・ヴィヨンが一歩前へ出た。


「軍事について。現在、フランク国軍の六割五分が実質的に我らの指揮下、影響下に入りました。残るは北東の海軍と、王都の近衛大隊のみ。陸軍の掌握はほぼ完了しております」


「政策面においては、王都のどの派閥からも完璧に距離を置き、完全なる独立を維持しています。また“南”の工作員からは追加の資金要請が届いておりますが、現在は保留としております」


「商業面、兵站の備蓄は概ね順調です。目標に対して九割三分を達成。穀物・物資の備蓄量は当初の目標を超えました。余剰分は計画通り西へ放出しています」


「ふむ……」オルレアン伯は顎に手を当て、思案げに目を細めた。


「兵站が目標に達したのは重畳。だが、まだ足りぬ。クロウド、領内だけを治めるなら現状で十分だが、これから我らが支配する地域は膨れ上がる。平民どもを絶対に飢えさせてはならん。彼らの不満の矛先を我が方ではなくルテティアに向けさせるには、まず『食わせる』ことだ」


「御意。東方からの穀物極秘買い入れをさらに加速させます」クロウドは深く一礼し、下がった。


続いて、重装騎士団長ガストンが重々しい足音で進み出る。


「我が領軍三千、および予備兵五百の訓練は完璧に仕上がっております。内訳は重騎兵二百、軽騎兵八百、槍兵一千、弓兵八百、工兵二百。全員が先の東ロマヌス戦を生き抜いた手練れであり、閣下への忠誠は盤石にございます。閣下が『死ね』と仰せられれば、いつでも笑顔で刃に飛び込む覚悟を持つ者たちばかりです」


「頼もしいな」


コホン、と不自然な咳払いが響いた。ロシャンボー将軍が発言の許可を求めて目を光らせている。


「将軍、話すがよい」


「では。我が南方方面軍について。騎兵八百、歩兵二千、いつでも動かせます。領軍との模擬戦でも互角以上の実力を発揮しており、戦力としては申し分ございません。……ただ、他の方面軍に関しては、いまだその練度に疑問符がつきます。特に東方方面軍は規律が著しく乱れている。一度、このリュグドンに全軍を集め、合同演習という名目で徹底的に叩き直すべきかと」


「そうか……。ところで、西、北、東の各方面軍の指揮官たちの様子はどうだ?」


ロシャンボーは顔をしかめた。


「あ奴らめ、こちらから兵站を融通してやっているというのに、いまだに不満を漏らしております。特に東方方面軍の指揮官は、こちらの指示に対して何かと言い訳を並べ、まともに動こうとしません。早急に首を挿げ替えるべきですな」


オルレアン伯の目が冷たく細められた。


「つまりロシャンボー将軍。お前は、他の指揮官たちに反感を持たれており、彼らを御しきれていない、と? そういうことか」


ロシャンボーの顔が瞬時に屈辱で赤く染まった。


「そ、そのようなことは申し上げておらん! だが、実戦においてあ奴らに足を引っ張られては、閣下の壮大なご計画に支障が出ると忠告しているのだ!」


「なるほど、お前の言い分も一理ある。確かに先の戦でも東方の出足は鈍かったな……。では、こうしよう。国軍四方面軍の『大配置換え』を行う」


「な、何と……?」


オルレアン伯は卓上の地図を指でなぞった。


「南、西、北、東の四軍を、三ヶ月ごとに右回りにローテーションさせるのだ。常に移動と警戒を競わせ、組織の淀みを無くす」


「な、何を馬鹿な……そのような混乱を招く移動など!」


「……南方方面軍の指揮は副官のヴィルヌーヴ殿に預け、ロシャンボー将軍、お前はこのリュグドンに残り、次々と回ってくる他方面軍の『監察官』として、その腐った幹部どもを徹底的に教育し直すがよい」


「な、何だと!?」ロシャンボーが声を裏返した。


「実力のない、私に従えぬ幹部は容赦なく更迭し、将軍の息のかかった優秀な若手を引き上げればよい。これでお前の不満も解消されるだろう?」


「そ、それは確かに合理的だが……しかし、軍の配置換えともなれば国王陛下の裁可が必要では?」


横から隠密文官のクロウドが冷徹に告げた。


「将軍、お忘れですか。現在、国軍の事実上の統帥権は、我がオルレアン伯の手中にあります」


オルレアン伯が冷たく微笑む。


「左様。すべては私の一存で決まる。私が『是』と言えばそれが法であり、『否』と言えばすべては拒絶される。私の命令に従えぬ指揮官など、我が軍には一人として不要だ」


ロシャンボーは圧倒的な威圧感に気圧され、額の汗を拭った。


「う、うむ……了解した。して、いつから始めるのだ?」


「早い方が良い。明日にでも指令書を発行する。各地への移動期限は十日。残り二ヶ月半をリュグドン近郊での地獄の訓練に費やしてもらう」


「移動に十日だと!? 兵站の移動が間に合わん!」


「それすら満足にできぬ指揮官などその場で更迭し、軍法会議にかけるだけの話だ」


横に控えていた副官のヴィルヌーヴが、引き締まった表情で敬礼した。


「――はっ! 南方方面軍、ただちに出撃体制を調えます!」


「うむ、ヴィルヌーヴ、任せたぞ……」ロシャンボーはがっくりと肩を落とし、副官と共に執務室を辞していった。


二人の足音が完全に消えたのを見計らい、オルレアン伯は本題を切り出した。


「さて……。クロウド、ベアトリス。例の者たちについて、詳細な報告を」


ベアトリスが進み出、一冊の黒い革ファイルを差し出した。


「承知いたしました。こちらが最新の報告書となります。……重ねてお詫びいたします。ブリタニアにおける我が方の情報網が脆弱であり、閣下をご満足させるレベルの詳細は掴めておりません」


「それはよい。現状の情報を元に、お前たちが出した『結論』を聞こう」


「はっ。例の者たち――『緋色の傭兵団』。その中核を成すのは、かつて東ロマヌス戦の後に我が方の策によって壊滅したはずの『憂国の傭兵団』、その若手団員五名と、中堅一名にございます」


オルレアン伯の目が細められる。


「あの戦の後、生き残った傭兵どもは吟遊詩人の流言や罠によって包囲し、国内で密かに処理したはずだが」


「はい。ですが、彼らは我々が張り巡らせた見えざる網にいち早く気づき、即座にゲルマニアへと逃れました。尋常ならざる危機管理能力と直感を持った指導者が存在します。そこから彼らは傭兵の国ゲルマニアで地盤を固め、急速に実力をつけました。大手の傭兵群団と互角に渡り合うほどに」


ガストンが鼻で笑う。「所詮は傭兵の小競り合い。児戯に等しい」


「通常であればそうです、ガストン殿。ですが、その児戯に目をつけた怪物がいました。アレク・フォン・ミューラー大公です」


ベアトリスの言葉に、室内の空気が張り詰めた。


「アレク大公は当時わずか十五歳。圧倒的な内政手腕で領国を富ませ、最強の『黒狼騎士団』を率いてガウス自治領の傭兵一万余をねじ伏せ、ゲルマニア統一を成し遂げました。統一後、大公は傭兵に対して苛烈な追放処分を課したため、我々は緋色の傭兵団が統一戦に関与したという噂を一笑に付していたのですが……事実は真逆でした。彼ら『緋色の傭兵団』がいたからこそ、あのアレク大公は勝利し、統一を成し遂げられたのです」


ガストンが驚愕に目を見張る。「待て! たかが百数十人の傭兵が、一国の統一を左右したというのか!?」


「事実です。彼らはただの有象無象ではない。冷徹な規律と、正規軍を遥かに凌駕する個の戦闘力を兼ね備えた特異な集団。……そして彼らは統一戦の後、海路でフランクへ向かう途中に消息を絶ちました」


「そこまでは私も把握している。海の藻屑になったとばかり思っていたがな」オルレアン伯が促す。


「彼らはブリタニアへ渡っていたのです。そして同時期、ブリタニアで起きた政変。イライザ女王による『四国連合王権国憲章』の発布。その引き金となったブリタニア北部の街『グラス・ガレス』での凄惨な戦闘――暴走した王室騎士団八百騎に対し、わずか三分の一以下の民兵が立ち向かい、これを完膚なきまでに叩き潰した事件。……御屋形様のご推察通り、このすべての裏に、彼ら『緋色の傭兵団』が関わっていました」


「間違い、ないのだな?」


「はい。現地に遺された戦闘痕跡、戦術の特徴からして間違いありません。彼らはブリタニアのパワーバランスを完全に書き換えた後、再び海峡を渡り、我がフランクのドルベス、そして港湾都市ダンクへと姿を現しました。現在の規模、二百六十名余り」


ガシャリ、とオルレアン伯の拳が机を叩いた。その顔には、剥き出しの不快感と怒りが宿っていた。


「許しがたい存在だな。傭兵の分際で国家の政治に首を突っ込み、あまつさえ三倍以上の正規騎士団を撃ち破るだと? ゲルマニア、ブリタニアを激変させた異物が、今度は我がフランクに舞い戻ってきたというわけか。……この地でも、我らの計画に泥を塗る動きを見せる可能性は極めて高い」


オルレアン伯は静かに目を閉じ、短い沈黙の後、冷徹な大逆の瞳を開いた。


「クロウド」


「はっ」


「奴らの動向、一挙手一投足に至るまで完全に調べ尽くせ」


「しかし閣下、高々三百に満たない根無し草。そこまで警戒を強める必要が?」ガストンが疑問を呈する。


オルレアン伯は、ガストンを凍りつくような視線で睨みつけた。


「私は常に『合理』で動く。我が大業に万が一のノイズを放つ者がいれば、それがどれほど小さかろうと、あらかじめ完璧にすり潰す。それだけのことだ。分かるな?」


「――っ、はっ! 失礼いたしました!」


「そして、ベアトリス」


「はっ」


「お前の『蛇の眼』をただちに投入しろ。機を見て、緋色の傭兵団を確実に、一人残らず抹殺せよ。必要であれば、潜伏地近隣のダンクの町、および西方方面軍二千をチェスの駒として使い潰して構わん。包囲し、圧殺しろ」


「御意のままに。ただちに牙を剥きます」


「以上だ。直ちに行動に移せ。下がれ」


幹部たちが一斉に一礼し、執務室を出ていく。


部屋に残されたのは、オルレアン伯と、執事長のジラルダンのみ。


ジラルダンが静かに、香気立つ温かい茶を主の前に差し出した。


「ジラルダン。場合によっては、お前の『古い力』も使ってもらうことになるかもしれん」


ジラルダンは微動だにせず、主の目をじっと見つめ返した。やがて、そっと手を胸に当て、深く頭を下げる。


「――すべては、オルレアンの御名のために。いつでもお命じください」


執務室の中には、紅茶の高貴な香りと、それを完全に塗り潰すほどの濃厚な殺意が満ち満ちていた。



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