↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『緋色の傭兵団の物語』「西方動乱編」  作者: 嵗(sai)
第十九部:亡国の英雄と鉄の牙

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/57

第5章:盤上の支配者、怨念の譜面・其ノ二

黒鉄期1733年夏。


東ロマヌス帝国の北侵は、アルバレス山脈を迂回し、フランク王国南西部からさらに広がりを見せていた。頃合いか。アルマン・ド・オルレアン伯爵は、戦局がもっとも混迷を極めたこの機を逃さず、他領の軍を戦場へ呼び寄せることに決めた。


その間、各地で悲鳴のような劣勢が報告されるが、アルマンにはその先にある光景が見えていた。戦場にいる傭兵どもを潰すことになるが、所詮は金で雇われたならず者たち。むしろ、この戦火で消えてもらった方が好都合だ。いや、断固として消す必要がある。私の理想とする“仕組み”の構築において、組織に縛られない彼らは不純物であり、一切不要な存在であるのだから。


……さて、始めるか。


私は各地に散らばる傭兵団の首領どもを、戦火の最前線にある砦へ集めさせた。そして冷淡に告げた。「中央より正規軍を招集することに成功した。数日中には援軍が到着するだろう。それまで、死に物狂いで耐えてくれ」


どこかの団長が顔を歪め、「それは、正規軍が着く前に俺たちに全滅しろと言っているのか?」と問うてきた。良く分かっているではないか。だから私は微笑みを浮かべ、突き放した。


「……では、死ね」と。


その後、傭兵団は文字通り死に物狂いで戦い、そして死んでいった。私は砦の最上階から、眼下で彼らが絶望的に足掻き、肉塊となっていく様を観劇のように眺めていた。


さすがは精強と呼ばれる者たちだ。傭兵団は16倍もの圧倒的な敵軍の猛攻を拒み続けた。一人また一人と汚泥に飲まれ、死にゆく様は私の留飲を下げた。(貴様らは、私の創り上げる平和な“仕組み”には不要なのだ)その日、いくつかの傭兵団は完全に壊滅した。わずかな生存者が泥を啜る中、私は背後に整列させた正規軍を前進させた。疲弊しきった東ロマヌス軍に対して、いつでも止めを刺せるように。


そして、帝国軍司令官の陣へ使者を送った。「どうするかね?お疲れのようだが、ここで第二幕の幕を上げるかね?」


司令官は血走った目で戦場を一瞥し、沈黙の後、敗北を認めて帰っていった。東ロマヌス帝国軍は、傷ついたまま本国へと撤退を開始した。


敵が去った後の惨憺たる戦場。「掃除を始めろ」と私は命じた。私の直属である暗躍部隊。傭兵らには“ハイエナ”などと軽蔑を込めて呼ばれている彼らが、生き残った傭兵たちの喉元へ次々と刃を突き立ててゆく。


目障りなものが消えた。傭兵という生き物は、追い払ってもまたどこからか“腐臭”を嗅ぎつけて戻ってくる蠅のような存在だ。フランク王室の腐敗の匂いを嗅ぎつけてやってくるのだろう。この匂いは根源から断たねばならないが、今はその時ではない。まずは、うるさい蠅が二度とこの領土に寄らぬよう、徹底的に恐怖を刻み込む必要がある。


配下に命じた。ありとあらゆる流言を流せ。この戦場で傭兵たちがどんなに卑怯で、帝国軍を前にして逃げ惑ったかを。歌にせよ。吟遊詩人たちを雇い、王国の隅々までその恥辱を広めさせよ。フランク王国に傭兵などという卑しい存在を二度と立ち入らせぬよう、民に徹底して教育を施すのだ。


戦後処理が終わる頃には、“卑怯で金に汚く、信用できないハイエナ、傭兵”という烙印が巷で完全に流布していた。その結果、行き場を失った傭兵どもは、逃げるようにゲルマニアへと去っていった。掃除は完了だ。


私は地方貴族を引き連れ、王都へと向かった。私を“推す”地方貴族は多かったが、それらをやんわりと断り、王の謁見の間へと進む。ルイ・シャルル・ド・ヴァロア。汚濁に塗れたこの国を作り上げた元凶の末裔。政治にも経済にも目を向けず、毎夜酒宴を開き、女に溺れるだけの怠惰な豚。そしてこの豚を取り巻く、有象無象の豚の奴隷たち。


おくびにも出さず、私はヴァロア王の前に跪いた。何を望むか、と問われる。貴様の首だ――心でそう毒づいても、言葉には出さない。ここは面従腹背だ。「何も」「何も?」「国の安寧を守り、発展させるため、さらなる働きをさせていただきたく……、それ相応の地位を軍の中に」


「……では、栄誉最高司令官に任ぜよう」


実権など伴わない、名ばかりの地位。これでいい。いずれ実権など、力で奪えばいい。王都以外では、既に実権は私の掌中にある。「いつでも」――そう囁けば、多くの地方貴族が私の前に跪く。


用意は整いつつある。だが、まだ足りない。王都に巣くう豚どもの所業が、どれほどまでにこの国を腐らせているか、庶民に知らしめねばならない。王侯貴族は庶民を奴隷の如く扱う。身分というものが絶対的なものであり、自らはそれに守られていると信じ込んでいる愚か者たち。


いずれ思い知るだろう。身分などというものがどれほど脆く、無力なものであるか。剣を突きつけられたとき、その高貴な血がどれほど無意味に流れるかを。


私は国を簒奪するのではない。私は民から、あるいは貴族から「推戴」されるのだ。その時は、そう、遠くない。




黒鉄期1735年。


私の手元に“ゲルマニア統一”の一報が届く。アレクという若者が傭兵団らを駆逐し、公国を創立したと。


【ぎちり】。何かが軋む音が聞こえた。


ふむ。このアレクという男、なかなかに頭が切れるようだな。“静かなる盤上の支配者”と呼ばれている?笑止千万、失笑ものだ。単に運が良かっただけではないのか。だが、警戒は必要だ。暗躍部隊『蛇の眼』を使い、彼の行動を詳細に探らせる。やがて分厚い報告書が届く。内容に目を通し、私は眉を寄せた。


「この二面作戦、もう一方を実行したのは誰だ?」「不明です。記録はありません」


「……ゲルニーハーヘンで攻城兵器を使うことを発案したのは誰か?」「不明です。記録にありません」


「……役に立たん!」私はそう言い放ち、その報告者を更迭した。


この時、私は王城において、王侯貴族の行状を洗い、その罪を白日の下に晒すことに集中していた。ゲルマニアのことなど、統一の時期が多少早まったという認識程度で、頭の隅に追いやってしまったのだ。




黒鉄期1737年。


ブリタニア四国連合王権国の発足。


エンガードの女王イライザが発布した連合王権国宣言。なるほど、その手で行くか。私は、たかが小娘に何ができると侮っていたイライザの評価を即座に修正した。だが、早すぎる。意思統一まで十数年はかかると踏んでいた。


【ぎちり】。また軋み音が聞こえる。


何かがおかしい。これはエンガードが握っていた利権の半分近くを自ら手放すに等しい行為だ。小娘一人の力で成せることではない。『蛇の眼』をブリタニアに飛ばす。帰ってきた報告書には、ただ“不明点あり”とだけ記されていた。


何者かが、イライザ女王に助力している。「その何者かとは誰か?」「報告にある通り、不明です」


私はその報告者を処刑した。無能に居場所はない。改めて『蛇の眼』に厳命する。「この何者かを、何としてでも突き止めろ。ゲルマニアでアレクとともに戦った者、ブリタニアでイライザに助力した者。見つけるまで帰ってくるな」


そして私は知る。『緋色の傭兵団』という名の小集団のことを。


奴らのことを詳細に調べさせた。そして戦慄すべき事実を知る。奴らはあの東ロマヌス帝国との戦いで死んだはずの、あの生き残りたちだということを。


【ぎちり】。また聞こえた。


(……蠅がまだ残っているのか。これほどまでにうるさい小蠅どもとは。目障りだ)


黒鉄期1737年、ドルベス海峡に面したダンク港湾都市で、奴らを発見したという報告が上がった。


「すりつぶせ。西方方面軍と『蛇の眼』を同時に放て」


しかし、その結果は屈辱的なものだった。「……取り逃がしました」


「かの者たちはヒスパニア方面へ逃げのびました」


「……逃げられた、の間違いではないか?」


「はッ!いえ!その……!」報告に来た西方方面軍司令官は頭を地に擦り付けた。役に立たぬ。私は視線を奥へやる。『蛇の眼』実行部隊の隊長格が恐怖で震えているのが見える。愚か者め。


だが、この緋色の傭兵団がヒスパニアに入ったという情報は、初めて奴らが《行動に起こす前に》所在を特定できた貴重な機会でもある。ならば、これからいくらでも打つ手はある。


さて、どうしたものか……。ヒスパニア王家を煽り立てて奴らを根絶やしにさせるか?それとも……。


私はデスクに置かれた調書を読む。緋色の傭兵団の幹部らの名前と特徴が、丁寧に記述されている。


ふむ……やはり、搦め手から攻めるのが賢明か。


「……人智十字教の大司教とやらを呼べ」


人智十字教の大司教が執務室に入ってきた。十字教内で解釈の相違から対立し、分裂した神聖十字教と人智十字教。その片割れを名乗る者だ。宗主国を失い、今はフランク王国の一部の貴族にのみ名を知られ、細々と養われている身分。自らを偉大なる唯一正当な十字教組織の重鎮と勘違いしている男だ。実態は翼に塗れたただの寄生虫に過ぎない。私の徹底的な調べによって犯罪行為を暴かれ、罪を問う代わりとして今や私の走狗の一匹となっていた。


私は冷たく命じる。「ヒスパニアに赴き、この傭兵団の幹部を拉致してこい。なに、無理なら殺しても構わん」


この大司教は、調書をじっとまじまじと眺め、下卑た笑みを浮かべて私を見上げた。


「この……団長を名乗る女……これを手に入れてもよいか?」


大司教のその薄汚れた瞳は、欲望を隠そうともしていなかった。何事にも自分の低俗な欲望に忠実。天輝黄金宮に巣くう輩と同等だということだ。


「できるなら、好きにするがいい」


私はそう言って彼を下がらせた。大司教はげひげひと卑しい嗤い声を漏らしながら、部屋を出て行った。


『蛇の眼』の実働部隊指揮官、ベアトリス・ド・ラヴァルが、明白な嫌悪を隠そうともせずに私に進言する。


「あのような唾棄すべき者に、このような重要な作戦を委ねてよろしいのでしょうか」


私は彼女を見据えた。彼女は歴代『蛇の眼』指揮官の中でも最も優秀な者だ。作戦の主旨を誰よりも理解している。だが今回は、冷静な判断よりも嫌悪という感情が勝っていたらしい。この程度の感情の露呈ならば許容範囲だ。


「失敗してもかまわぬ。幹部の一人でも落とせれば儲けものだ。組織というものは、考える『頭』と動かす『手足』で成り立っている。この者たちの頭は、この女と小僧、そしてこの中年だ」


ラヴァルは大司教が汚い手油を残した調書を、ピンセットでつまむように持ち上げた。


「ガーブ、シン、オットー……」


「そうだ。その一人でも欠ければ、組織は瓦解する。私がいなくなれば、このオルレアン家が霧散するようにね」


「……そのようなこと、口にしないでください。オルレアン伯爵様は、私たちが全力でお守りします」


「それより大司教を見張れ。好きにやらせて構わん。手助けもしてやれ。だが、もしこちらの重要な情報を漏らすようなことがあれば……」


「……始末しろ、ということですね」


「その通りだ」


「はッ!」ラヴァルは鋭く敬礼し、執務室から姿を消した。


さて。


どのような結果がもたらされるか。そしてこのことが次にどういう行動へと繋がっていくか。静かに、盤面を観察しよう。


私はゆっくりと目を閉じ、思考の海へと潜った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。