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『緋色の傭兵団の物語』「西方動乱編」  作者: 嵗(sai)
第十九部:亡国の英雄と鉄の牙

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第4章:盤上の支配者、怨念の譜面

時は遡る。黒鉄期1720年、フランク王国。


この年、ロアン家当主アンリ・ド・ロアン子爵が身罷った。齢52、壮年と言える年齢での死であった。


死を強要されたのだ、と息子のアルマンは骨の髄まで理解していた。ロアン家が領主を務めるフランク王国東部、アルバレス山脈の麓に広がる領地は、特筆すべき産業もなく、領民たちはただ実直に麦を作り、領主を支えていた。だが、天は無情にも3年続いた冷害をこの地に叩きつけた。小麦の出来高は壊滅し、王室へ納めるべき割り当ての税すら払うことができなかった。


王都から派遣された徴税官は、飢えに苦しむ領民の疲弊した顔を見ようともせず、横柄かつ高圧的な態度で当主アンリを執拗に詰った。その徴税官は王都へ帰着後、ロアン家の租税未納、さらには「領主たる資格に乏しい」と悪意ある報告を行い、当主アンリに自死を強要させた。追い詰められた末、ロアン家は男爵位への降爵という屈辱的な処分を受け、さらに領地の三分の二を没収されたのである。


アンリは王都へ上り、降爵と領地没収の撤回を必死に求めたが、権力の座にいる者たちにとって、一地方貴族の困窮など取るに足らない瑣末事に過ぎなかった。なぜこうも理不尽に追い詰められたのか。アンリが息子アルマンに語った最期の言葉を、アルマンは今も耳の奥で反芻している。


「徴税官は儂に饗宴と、莫大な賄賂を求めたのだ。郷の一家四人が二年は食いつなげるほどの額をな。儂は断った。あ奴は『この田舎者め。王室に関わる者をもてなすことすらできぬ者は、この王国に不要だ』と捨て台詞を吐いて帰った。……これが、現在の王国の正体というわけよ」


アンリは静かに短剣を手にした。


「覚えておけ、アルマン。この世の中で一番強い者は『仕組み』を造るものだ。仕組みがあれば、出来上がれば、それがそのまま世の『常』となる。その『常』に従うか、抗うか。従うなら徹底的にへりくだり、相手を満足させろ。だが、抗うと決めたなら戦え。戦える力を蓄えろ。そして相手を圧倒的な力で均してしまえ。そうして、自らが支配者のための『仕組み』をつくれ」


アンリは迷いなく首に短剣を突き立てた。頸動脈から熱く噴出する血を全身に浴びながら、アルマンは父が完全に息を引き取るまで、一滴の涙も流さずに、ただ黙って見つめていた。


アルマンは知っていた。王都に巣くう貴族たちの、目が眩むほどの狂態を。


王国中から血のように絞り取った租税を、夜ごとの宴や悪趣味な浪費に湯水のように消す様を。身分を盾に弱き庶民を蹂躙する様を。汚職、収賄、横領――そんなものが当たり前に横行する腐敗の構図を。


フランク王国を牛耳る「天輝黄金宮」に寄生する王侯貴族の醜悪な腐敗を、アルマンは乏しい家計から捻出してもらった学費で通った3年間の貴族学院生活で、吐き気がするほど嫌というほど見聞きしていた。


アルマンは心の中で誓った。ならば、俺がこの国の“仕組み”を作り変えてやる、と。


アルマンの剣技は、平凡という言葉すらもったいないほどであった。武芸で身を立てる道は即座に排除した。ならば、学院で身につけた知識でのし上がると決めた。政治学、経営学。これらを冷徹なまでに駆使し、成り上がる道を探求する。


政治の核心は「人と金」にある。公正を装う判断力と、それを支える悪辣なまでの人心掌握術。彼が父から引き継いだ家臣はわずか12名。彼はそれを最大限に活用した。2名に武芸を極めさせ、4名に政治と経営を学ばせ、残り6名には裏の技を徹底的に仕込んだ。


対人交渉、表の正論による懐柔と裏での狡猾な駆け引き、罠にはめる術。正規の方法ではなく、相手の弱みを握り、それを礎にして支配する。武力で来る者には、武力以上の陰謀で対抗する。


わずか2年ほどで彼は近隣の最有力者、大領主オルレアン伯爵家を籠絡し、オルレアン家長女と結婚して婿入りを果たした。


アルマン・ド・オルレアン。彼は晴れて伯爵位を継承した。


アルマンは焦らなかった。オルレアン伯爵と言えど、天輝黄金宮から見れば単なる田舎貴族に過ぎない。対抗するだけの力はまだない。彼は元の家臣12名を核にし、意のままになる配下を増やし、近隣領主を取り込み、オルレアン家の実力を静かに、着実に高めていった。


同時に、彼は思案した。どうすればフランク王国の国家としての力を弱められるか。最も簡単な方法は何か。それは「外圧」である。外から王国を攻めさせ、国のためではなく、自身の醜い生活と特権を守るためだけに奮闘させ、今の狂態に加えて国費をさらに浪費させてやろうと考えた。


フランク王国周辺の勢力図に頭を傾ける。ゲルマニア?傭兵が跋扈するゲルマニアは国ですらない。傭兵ども。あの、金に卑しい輩ども。金のためなら何でもする盗賊まがいの連中。ゲルマニアは武力を傭兵に頼ったせいでずたずたに切り崩されてしまった。フランク王国にもそのような傭兵がいる。100年戦争が終結したのは最後の10年に投入した傭兵によって戦場が混乱したためとも言われている。


あ奴らは秩序を乱す、混乱の元凶の元であり、私の造る“仕組み”には不要な存在だ。さてゲルマニアだが、いずれ国に近いものが出来るだろうが、それは今ではない。だが、傭兵を増長させよう。さらにゲルマニアを混乱させよう。そうすればその反動も大きく、国としてまとまるのが早まるだろう。まず一手。


ブリタニア。先の100年戦争はフランク王国の勝利で終わったと言うが実際は戦い疲れて戦費が枯渇してうやむやに収束したに過ぎない。だが今のブリタニアは力を弱めている。中の4国の関係は悪化している。エンガード、ガレシア、ウルステア、スカイウェール。


100年戦争を主導したエンガードに言われ手出した兵力、兵糧、戦費。どれも回収できずに終わっている。その上エンガードが政治的、経済的優位性、権益を独占している。他3国の不満が近く爆発するだろう。その爆発を回避するためにフランク王国に矛先を向けるか?


いや、無理だろう。この国の今の王、イライザという小娘にそのような的確な判断はできない。ならば、官僚を焚きつけて仕向けるか?やってみる価値はあるか。出来なくともブリタニアの国力を弱めることはできるだろう。その時はフランク王室にブリタニア侵攻を進言すればいいだろう。ここに一手。


ヒスパニア。コルディア首長国に国土の5分の4まで占領された国。国土回復運動でほぼ奪還を果しかけている。ヒスパニアの武力は旺盛だ。西方諸国一の強さを誇ると思われる。ここを焚きつけるか?


いや、やめておこう。こちらに飛び火しかねない。彼らは強い、強すぎる。勢いあまってフランク王国を併呑しかねない。だが弱点もある。王侯貴族、領主間の関係は決して良くない。『切り取り次第』という制度。いい案だったがその結果、領地の格差が著しく不平等になった。王室直轄領より地方貴族の領地が大きいなど。王家は焦っているだろう。特に南方地域。一貴族が手にするにはあまりにも大きい。『切り取り次第』という言葉が、皮肉にも王室にとっての仇になっている。


ならば国土回復運動が頓挫するような事態になればどうなるか?


ふふ、面白そうだ。南方地域、コルディア人征伐の要、アギラドス家と言ったか、彼らが舞台から消えたらどうなるか。ふふふふ。最初の一手。ここから始めよう。


北、東、西。フランクを取り巻く三方の情勢と指し手は決まったが、チェックするに足りる一手が足りない。どこも決め手に欠ける。私の存命中に事が起こる明確な兆しはないだろう。ならば。


南に目を向ける。東ロマヌス帝国。かつて神聖ロマヌス帝国と分離する前の、古代ロマヌス帝国の残党ども。未だに過去の栄光にすがり、西方の占有を夢見る愚か者たち。コルディア首長国のヒスパニア領有を横目で見て、次は己らと、未だに過去に未練を持つ者どもの国。大内海に突出した気候穏やかで、大内海沿岸とも交易で豊かな国であることに飽き足りない、飽くなき欲望を抱える輩どもの国。


ふむ。ここだ。ここを焚きつけよう。夢よもう一度。時間はたっぷりある。


まずはヒスパニアのコルディア人排斥を停滞させたところに、彼らや大内海他国にコルディア首長国を攻めさせるよう、手を回そう。ヒスパニアの運動が停滞して、コルディアがヒスパニア領有の巻き返しを図っている。コルディアにだけいい眼を見させていいのか?うむ、これで行こう。


東ロマヌス帝国にもコルディアを攻めさせようか。いや経済的圧力でよいか。そして煽ろう。コルディアに先を越されるぞ?と。経済的に圧力をかけさせ、自軍は派遣せず、数年間力を貯めさせる。そして機を見て一気呵成に北進することを。


東ロマヌス帝国の北進、アルバレス山脈を迂回してフランク王国南西部から侵攻。この地の領主たちでは太刀打ちできまい。王家は右往左往するだけで軍を派遣する判断は出さないだろう。むしろ自分たちだけを守るため王都を固めるだろう。まずこれで人心が離れる。


南西部の領主たちは王都だけでなく各地に救援を依頼する。そこで私が名乗り出る。各地に散らばる傭兵を集めて当たらせよう。金などいくらでもくれてやる。そして傭兵と東ロマヌス帝国軍が疲弊しきったころ、国中から集めた正規軍で殲滅してみせよう。ふふ。これでチェック。


その後は、ゆるゆるとフランク王家を料理しようか。東ロマヌス帝国への勝利は、王室にとって私を無視できない存在へと高めてくれるだろう。その頃には南西部はじめ王都以外の領主たちの王室への不満は爆発寸前にまで高まっているはずだ。


王室は自身だけが助からんと軍を派遣せず、王都を守らせただけだった。領地は見捨てられたのだ。傲慢な高音で南西部の領主どもは囀るだろう。“次はお前たちだ”と、そう言わしめさせよう。これでチェックメイト。私がフランク王に成り代わる最善手、その完璧な道筋が完成する。


さあ。始めよう。



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