第3章:空虚の轍、追撃の号令
ガーブらの後を追い、村へと走った特務隊の4名のうちの1人が、深夜の野営地へ死に体で戻ってきた。その男が震える唇で紡いだ報告を聞いた瞬間、ハンスと俺の中で何かが砕け散った。
「今すぐに出る!!遅い奴は置いてゆく、死ぬ気で追え!!!」
俺は怒号を上げ、愛馬の脇腹を蹴り上げて夜の闇へと飛び出した。
俺たちは全員で飛び出した。事態の深刻さは、言葉を交わすまでもなく全員の背中に重くのしかかっていた。
俺たちは夜通し、ただひたすらに馬を走らせた。心臓が張り裂けそうな焦燥と、最悪の予感を打ち消すための狂気じみた疾走。やがて東の空が白み始め、問題の村が灰色の霧の中に浮かび上がったとき、俺は馬から飛び降りる間も惜しんで、村の深部へと駆け込んだ。村の空き地で、憔悴しきった特務隊の2人が俺の姿を見つけて立ち尽くしている。俺は彼らの前で足を止め、殺気さえ滲む声で怒鳴った。
「報告しろ!!ガーブはどうした!!」
特務隊の男2人は顔を青ざめさせ、膝をついて頭を垂れた。
「は……!申し訳、ありません……!」
俺はその男の襟首を掴み上げ、壁に叩きつけるように詰め寄った。「報告しろと言ったんだ!さっさと話せ!!」
「は、はい!我ら特務の4名、今朝がたこの村に到着。この……」男は後ろの荒れ果てた屋敷をちらりと見る。「あの屋敷にガーブさん以下3名が入ったと聞き、中を改めたところ……」
「続けろ!」
「中を確認したところ、遊撃隊のアインツ殿、フィーア殿の死亡を確認!死因は毒殺です。状況から見て、提供された食事か飲み物に高濃度の毒が混入されていたと思われます!」
「……ガーブは」
俺の問いに、男は死にそうな顔で答える。
「ガーブさんは……所在不明。室内にガーブさんの大刀だけが放置されていました。吐瀉物や状況からして、ガーブさんも毒を盛られたのは間違いありませんが、即死は免れたようです。その後、襲撃者により……連れ去られたと!」
「それで」
「1名が痕跡をたどって追跡中です!私はここでアインツさんとフィーアさんの亡骸を守っておりました。後の2名は村人たちを拘束し、尋問を行っております!」
「それで……その尋問の結果は!」
報告する者の目が泳ぐ。「それが……」
「言え!!!」
尋問を終えた別の男たちが戻ってきた。その表情には、絶望的な徒労感が刻まれている。
「シンさん、村人たちは襲撃者の顔をほとんど見ていません。女どもが食事の用意を手伝わされたそうですが、身元については一切口を割らず……。襲撃者はすでに消えています」
「……追跡した奴からは、まだ連絡がない。足跡も、村の入り口で途絶えている」
「……それで!それで、ガーブは!!ガーブはどこにいるんだ!!!」
3人は戦慄し、俺を見上げた。「……わ、分かりません」
「ハンス!特務隊を総動員して周囲を塗り潰せ!ガーブを、あいつの行方を追え!!」
「了解した!」ハンスは俺の異様な気迫に押され、特務隊へ指示を飛ばしていく。
俺は……布にくるまれたアインツとフィーアの無言の亡骸を見つめた。(すまない、アインツ、フィーア。本当に、すまない……)
俺は二人の前に膝を突き、眼を閉じた。その時、俺に影が差した。見上げると、そこにはクリシュ・アランのコナル、フィニアン、コーマックの3人が立っていた。
「シン、お嬢を探しに行こう」コナルが静かに俺へ告げる。だが、俺の心は冷え切っていた。
「……どこへ連れ去られたのか分からねぇ。闇雲に動くのは得策じゃない。追跡している奴の帰りを待って……」
言いかけた俺の顔面に、コナルが渾身の拳を叩きつけた。俺の体は宙を舞い、地面に叩きつけられる。
「……目が覚めたか。お前は死者に魅入られている。死者を弔うのは大事だが、生きている者を救うのはもっと大事だと俺たちは教えられている。……お前はそう、思わないのか?」
俺は何をやっているんだ。死んだ二人を前に、立ち止まる理由を探していたのか。唯一の痕跡を追う者――彼が戻るまでやりようがないと、勝手に限界を決めていたのは俺自身だ。
「シン!痕跡を追う者が1人で十分だとでも思ったか!10人いれば10人で探す!20人なら20人で探すんだ! ここには70人以上の仲間がいる。全員で山を塗り潰せば、必ず手がかりは見つかる。何を黄昏ているんだ!動け!ガーブを取り戻せ!!!」
コナルの一喝が、俺の死にかけた心臓を叩き直した。
そうだ、いないなら探せばいい。俺は立ち上がり、全員に向けて声を張り上げた。
「全員、傾聴!3人一組で全方位に展開しろ!ガーブが連れ去られた痕跡を、砂粒一つ見逃さず見つけ出せ!」
「俺、オットーさん、ハンスが本部として指揮する。北に向かって移動を開始する!何か見つかればすぐに狼煙を上げろ!以上だ!!」
ザッ!という音と共に、クリシュ・アランと特務隊が嵐のように散らばった。俺はアインツとフィーアの亡骸を一瞥し、村人に金貨を握らせて弔いを頼む。
「行こう。……ガーブを取り返しに行く!」
俺たちは並足で北へ進み始めた。しかし、なかなか決定的な跡は見つからない。
「シン君。焦る気持ちは分かるが、落ち着こう。私もガーブの無事を心から願っている。……彼女のためにも、君のためにも」
オットーさんの言葉の意味を考える余裕すらないまま、時間だけが刻々と過ぎていく。
その頃、3人組の追跡チームが村から北東の林を進んでいた。
「どうだ、何かあるか?」
「いや……何もない。ここは山深すぎる」
「だが、ガーブさんが拉致られたのは事実だ。亡くなっていないなら、必ずどこかに痕跡があるはずだ」
特務隊の男は、沈黙を守り続けるクリシュ・アランの2人に声をかける。彼らは地面ではなく、絶えず木々の上を注視している。
その時、先頭を行く男が足を止めた。
トントン。
「なんだよ!」振り返ると、クリシュ・アランの男は右斜め上を指さしていた。そこは、木の枝が不自然に折れ曲がっている。
「これは……!!」男は即座に指笛を吹いた。ピー、ピピッ、ピー!
その音は俺たちの耳に届いた。すぐさま全速力でその場所へ急行する。
「シンさん!あれを……あそこです!」
俺も折れ曲がった枝を見上げる。横で同じように凝視していたハンスが唇を噛んだ。
「枝が折れているだけじゃない。……あそこに足跡がある!」
ハンスは現場にしゃがみ込み、土を慎重に調べる。
「……一人は一般人だ。歩き方でそれが分かる。ここでバランスを崩して強く踏み込んだ痕跡がある。そしてもう二つ。こちらの足跡は、相当な手練れのものだ。一見自然だが、体重の乗せ方が重い。……ガーブを担いでここを通ったのは間違いない!」
その先には、人ひとり通るのがやっとの細い獣道が、鬱蒼と続く森の奥へ伸びていた。
「見つけたぞ!全員、この獣道を中心に左右に展開して追え!!」
山を一つ越えたところで、痕跡は突然、ぷっつりと街道にぶつかって途絶えた。
「ここで……馬か馬車に乗り込んだようだ」ハンスが苦々しくつぶやく。「街道は轍や足跡が多すぎて、特定が不可能だ」
……ちきしょう!ここまでなのか?いや、まだだ!
「全員集合!ハンス、特務隊をこの街道の先に走らせろ!拉致犯には武術に疎い者が混じっている。商人か、貴族の従者か何かだ。どこかで必ず休息を取るはずだ。宿場町、酒場、街道沿いの村を徹底的に洗え!」
「分かった、行け!」
特務隊が左右に散らばる。俺は街道の東、目の前にそびえるピレル山脈を睨みつけた。
……まさか、この山の中に隠したのか?
オルレアン伯爵の影が脳裏をよぎる。この糸を引いているのは誰だ?山は何も答えず、ただ静寂を保っていた。俺たちの戦いは、ここからが本当の始まりだ。




