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『緋色の傭兵団の物語』「西方動乱編」  作者: 嵗(sai)
第十八部:沈黙の山脈、開かれた災厄

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第11章:オルレアンの影

「「――フランク王国」」


二人の声が、完全に同時にテント内に響き渡った。


「……お前の根拠は何じゃ、シン?」


「あんたこそ、なぜフランク王国だと思ったんだ?」


シンとアルバ侯は、互いの戦術眼を試し合うように、鋭く睨み合った。


「儂の動機は極めて単純な地政学よ。フランク王国は、我がヒスパニアとピレル山脈を挟んで隣接する巨大国家。その国土は我が国より遥かに肥沃で豊かじゃ。だが、奴らが自国の経済と政治をさらに安定させる上で、ピレル以南の広大な土地と大内海から大西海へつながる港と利権を常に欲してきた歴史がある。フランク王国もまた、長年の内紛や東ロマヌス帝国との争いで激しく荒れておるからな。……我がヒスパニアの国内情勢を不安定にさせ、泥沼のレコンキスタを長引かせれば、奴らは背後を脅かされることなく自国の戦いに集中できる。そして、我が国が弱体化しきった時、ピレルを越えて一気になだれ込んでくる。儂はそう警戒しておる」


アルバ侯の分析は、一国の将帥として極めて真っ当であり、完璧な合格点だった。


だが、シンは首を横に振った。


「戦術的な視点としては同じだ。――だがな、アルバ侯。俺の視点は、『(どこ)』ではなく、もっと具体的な『個人(誰が)』に向いている」


「ほう?個人だと?」


「――オルレアン伯爵。あのフランク王国の合理の怪物が、十五年前に影でコルディア総督の元へ密使を送り、アギラドス家を襲撃するよう裏で唆した張本人だ。俺はそう確信している」


「……証拠はあるのか?」


「ねぇよ、そんなもん。奴が証拠を残すはずがない」


「証拠なしか」


「だが、符合があまりにも完璧すぎるんだよ。オルレアンは元々、フランク王国の東部を治める、数ある地方領主の一人に過ぎなかった。だがな、あいつが本格的に策動を始めた時期を逆算すると、ぴったり『十五年前』から始まるんだ。近隣の弱小領主を次々と巧みに取り込み、勢力を急拡大させ、一田舎領主からフランク東部最大の勢力へとのし上がった。そして、五年前の東ロマヌス帝国侵攻の際、奴は待ってましたとばかりに陣頭指揮を執り、一時劣勢になりながらもフランク中の軍を一つにまとめ上げ、帝国軍を完全撤退させた。その大功により、宮廷での絶対的な地位を不動のものにしたんだ」


シンの声が、熱を帯びて加速していく。


「フランク王国の王宮『天輝黄金宮』に巣食う連中は、全員がただの肥え太った豚だ。現国王ルイも政治には一切興味を示さず、宮廷の欲にまみれた貴族どもに囲まれて贅沢三昧、毎夜の宴会でバカ騒ぎを繰り返している。あの国を一言で言い表すなら『怠惰と腐敗』。それだけだ。そんな国に、東ロマヌス帝国の精鋭軍が侵攻してきた際、王宮の豚どもは恐怖で完全に硬直して動けなかった。地方貴族どももおののいて自領に引きこもった。……その最中、唯一、完璧な軍事行動を起こしたのがオルレアンだけだった。東ロマヌス帝国軍が、予測不能なルートであるアルバレス山脈を迂回してフランク南西部に突如出現した時、オルレアンはまるで『そこに敵が来ることが初めから分かっていたかのように』、完璧なタイミングで自軍を動かし、集めた傭兵どもを配置して敵を迎え撃ったんだ」


シンは地図の上を激しく指で叩いた。


「今になって、すべてのパズルの絵が繋がった。あの合理の怪物は、東ロマヌス帝国の侵攻を事前に『知っていた』んじゃない。……違う。東ロマヌス帝国が、あのタイミングでフランク王国に侵攻するよう、裏で情報と物流をコントロールして『誘導した』んだよ!」


アルバ侯の顔から、みるみるうちに血の気が引いていくのが分かった。


「当時の大陸情勢を完全に俯瞰してみろ。北方の大国ブリタニアは、北外海を挟んだ内紛(百年戦争)の傷痕で、大陸への直接介入に動く余力はなかった。オルレアンはさらにそこに介入し、ブリタニア内の四国間の反目を巧妙に助長させて、彼らの目を完全に国内へ縛り付けた。ゲルマニア公国は、当時『傭兵の国』と呼ばれていた通り、無数の勢力に分裂して泥沼の内戦を続けていた。その混乱をより深め、統一を長引かせるために、オルレアンは各地の有力傭兵団に巨額の資金援助を行って火に油を注ぎ続けた。――そして、ここヒスパニア王国だ」


シンの目が、狂気的なまでの鋭さを帯びる。


「十五年前、ヒスパニアはアギラドス家の活躍によって、全土奪還の一歩手前にあった。もし、レコンキスタが完全に完了し、強大な尚武の統一国家ヒスパニアが誕生してみろ。将来的にフランク王国で何かが起きた時、ヒスパニアの精鋭軍がピレル山脈を越えて、フランクの背後へなだれ込んでくる深刻な脅威になる。……だから、オルレアンは最も効果的で、最も費用対効果の高い最悪の策を弄した。コルディア総督の絶望を操り、ヒスパニアの軍事の象徴であったアギラドス家を根絶やしにしたんだ!結果、この国の国土回復運動は十五年遅れた。俺たちが介入しなければ、もっと時間がかかっただろうよ。おかげで国外に目を向ける余裕を完全に失った。オルレアンは、周辺諸国を完全に無力化するという完璧な土壌(更地)を十年の歳月をかけて創り上げ、満を持して五年前、フランク王国を我が手中に収めるために動いたんだよ」


テントの中に、シンの激しい呼吸の音だけが響く。


「この大陸の混乱の、すべての中心に、オルレアンがいる。あいつはフランク王国という巨大な怪物を操り、ゆくゆくはこの西方世界すべてを我が手中に収めようとしている。自身の権勢の拡大を、完璧な合理の計算式に基づいて着々と進めているんだ。……だが、クソッタレなことに、それを証明する物理的な『証拠』がどこにもねぇ!これじゃあ、ゲルマニアも、ブリタニアも、このヒスパニアも、奴の陰謀に対して何一つ公式に動くことができねぇんだよ!」


アルバ侯はしばらく呆然とシンを見つめていたが、やがて絞り出すように声を漏らした。


「……シン。それは……お前の、あまりにも飛躍しすぎた『妄想』ではないのか?」


「妄想!?はっ、そうかもしれねぇな!だがな、じいさん。俺には、奴の思考回路が、手に取るように完璧に『視える』んだよ!」


「何故じゃ!何故そこまで言い切れる!?」


「あいつと俺は、本質的な『思考の人種』が同じだからだ!」


シンは自身の胸を強く叩いた。


「オルレアンは、徹底的な『合理の数式』で物事を進めている。そして俺たち『緋色の傭兵団』もまた、戦場における純粋なことわりを見つけ出し、それを徹底的に実践することで、たった六人の使い捨ての弱小勢力から、今や二百六十人を超える規模にまでのし上がってきた!規模の大きさこそ違えど、戦場と政治という舞台の性質こそ違えど、――何もない底辺から這い上がってきた『合理のシステム』の本質が、オルレアンと俺とじゃ、気味が悪いほどにそっくりなんだよ!俺たちに、生き残るという明確な目的があったように、オルレアンにも、この大陸を創り変えるという明確な目的がある。奴と俺が同じ性質の人間だと仮定すれば、すべてのパズルのピースが完璧に符合するんだよ!」


シンのその言葉が放たれた瞬間、


「――シン君!!いい加減にしろ!!」


テントが震えるほどの、凄まじい怒号が響き渡った。


叫んだのは、いつも冷静沈着にシンの後ろを支えていた、あのオットーさんだった。オットーさんは顔を真っ赤にし、激しい怒りと悲しみが入り混じった目で、シンの胸ぐらを掴まんばかりに叫んだ。


「それは致命的に間違っている!考え違いだ、シン君!確かに、私たちはある共通の目的を持って、泥をすすりながらここまで命を繋いできた!だがな、――あのオルレアン伯爵という怪物と、私たちの最愛の副団長であるシン君との間には、決定的な、絶対に相容れない『天理の乖離』がある!!」


オットーさんは声を激しく震わせながら、シンの目を真っ向から射抜いた。


「オルレアン伯爵の本質は『破壊と創造』だ!だが、シン君、君の本質は『最適解と改善』だ!あの怪物は、自分の理想の世界を創るために、既存の歴史も、国家も、人間の命も、すべてを一度更地にして、均して、自分にとって都合の良い『オルレアン帝国』を創ろうとしている!だが、君は違うだろ!?

シン君は、今目の前で起きている悲惨な問題、苦しんでいる住民の現実を冷徹に分析し、その場で得られる一番最適な方法を用いて、世界を少しずつ『より良い場所』へ変えようと血を流してきたはずだ!」


オットーさんの叫びが、シンの魂の最深部を激しく揺さぶる。


「オルレアン伯爵は、己自身という醜悪なエゴを中心にしか考えていない!シン君は違う!いつだって仲間のため、志を同じくして付いてきてくれた団員のため、そして、誰もが見捨てた南方の貧しい住民のため、皆が少しでも人間らしく、より良い社会で生きられるようにするために、その明晰な頭脳を酷使してきたはずだ!!」


オットーさんは、一気に捲し立てたことで肩を激しく上下させ、やがて、絞り出すような優しい、しかし確固たるトーンで言葉を紡いだ。


「……だからこそ、団の全員が、あのガーブでさえも、君という『天秤』を信じて付いてきたんだ。だから……シン君。君はオルレアン伯爵とは、真逆の場所に立つ存在だよ。だからこそ、私たち『緋色の傭兵団』は、君の理に付き従って、あのオルレアン伯爵という世界を滅ぼす怪物を、絶対に止めなきゃいけないんだよ……!!」


オットーさんの魂の叫びが、テント内の張り詰めた空気を完全に融解させていく。


シンは、目を見開いたまま立ち尽くしていた。オットーの言葉の一言一言が、己の脳裏に巣食いかけていた「暗黒の合理」を綺麗に叩き落としていくのを感じていた。


「――あー。やべぇ。……余計なことまで、口を滑らせちまったな」


シンは前髪を乱暴にかき上げ、天を仰いだ。その顔には、先ほどまでの冷酷な戦術家の仮面はなく、いつもの、仲間たちに呆れ果てながらも全幅の信頼を寄せる、『緋色の傭兵団』副団長としての、苦笑交じりの生々しい人間の表情が戻っていた。



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