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『緋色の傭兵団の物語』「西方動乱編」  作者: 嵗(sai)
第十七部:ヒスパニアの落日と影の序曲

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第4章:平原の対峙、騎士道と刃の論理

「全体、行軍速度を落とせ! 荷馬車を守るように歩兵第一、第二分隊で円陣を組め。クリシュ・アランは前衛に展開。弓隊は微高地を確保、いつでも射掛けられるよう番えろ」


俺の迅速な指示のもと、緋色の傭兵団は瞬時に「移動する要塞」へとその姿を変えた。ただの烏合の衆ではない。半年の訓練とこれまでの実戦経験が、彼らの身体に軍隊としての動きを染み込ませていた。


やがて、平原の地平線から砂塵を巻き上げ、件の騎兵集団が姿を現した。


街道を美しい四列縦隊で規律正しく進んでくる。その先頭には、見るからに威厳を放つ壮年の騎士。その後ろには、二本の軍旗が風に翻っていた。一つは、赤地に二頭の金獅子を染め抜いたヒスパニア王国旗。そしてもう一つは、赤地に黒の双頭の鷲を象った、一国に比肩する力を持つ有力貴族の紋章旗。


俺たちの前方、正確に二十歩の距離で、先頭の老騎士が右手を鋭く挙げた。蹄の音がピタリと止まる。


こちらも歩みを止めた。俺、ガーブ、オットーさんの三人が隊列の前に出る。


向こうの騎兵陣からも、先頭の老騎士が悠然と一騎、馬を進めてきた。その鎧には数々の実戦の傷跡が刻まれており、放つ威圧感はこれまでの農民兵とは次元が違っていた。


「……我らは、ヒスパニア南部領域の軍事統括を任ぜられた、アギラドス公爵家直属の騎士団である。前方の武装集団、主らが近頃噂に聞く傭兵組織、『緋色の傭兵団』と目される者たちで相違ないか?」


俺は隣のオットーさんと視線を交わした。


オットーの事前の調査が脳裏をよぎる。アギラドス家。かつて国土回復運動において、聖流教徒の軍勢からヒスパニア南部を奪還した筆頭武門。二百年前に王弟によって興された最高位の貴族だが、十五年前の惨劇以来、現在は「当主不在」のまま、筆頭騎士たちが領域を実効支配しているという。


オットーさんは無言で首を縦に振った。(シンの交渉術に任せる)という合図だ。俺は一歩前に踏み出した。


「その通りだ。俺たちが『緋色の傭兵団』だ」


「ぬ? 貴様が団長か?」


「いや、俺の名はシン。この団の副団長(作戦参謀)だ。こちらの細目が同じく副団長のオットー。そして――」俺は隣の少女を指差した。「彼女が、俺たちの団長ガーブだ」


ガーブは退屈そうに軽く右手を挙げ、「どーもー」と緊張感の欠片もない声を放った。背後の騎士たちから、無礼を咎めるような不快なざわめきが起こるが、老騎士はそれを左手一つで制した。


「若いな……」


老騎士の厳格な表情が、一瞬だけ和らいだように見えた。だが、すぐにその双眸に鋭い光が戻る。


「貴殿らがこの地で何を求めるか。その身に纏う『緋色』は、すべてを焼き尽くす略奪の炎か。それとも、この暗雲たる南部に夜明けをもたらす、黎明の赤か」


いかにも貴族らしい、大仰で詩的な表現だった。俺たちの出方次第で、ここで殲滅するか、あるいは利用するかを見極めようとしている。背後の騎士たちが、あからさまに長剣の柄に手を添えているのが見えた。


俺は両手を軽く広げ、肩の力を抜いて答えた。


「どちらでもねぇ。あるいは、その両方、と言うべきか。俺たちは傭兵だ。突き詰めれば、ただの『刃』に過ぎねぇ。俺たちを買い、俺たちを振るう者次第で、黎明の光にもなれば、すべてを焼く業火にもなる。あんたら騎士サマは、俺たちに何を望むんだ?」


老騎士は目を細め、俺の品定めを続ける。


「ほう……言うではないか。つまり、金次第でいかなる汚れ仕事もこなす、ただの野良犬だと?」


「言葉が過ぎるな。俺たちには厳格な規律がある。利己的な盗み、理不尽な殺戮、略奪の類は一切働かねぇ。そんな真似をするのは野盗か山賊だ。あんな三流のゴミ屑どもと、プロの傭兵を一緒にしないでほしいね」


「ならば、依頼者が『盗め、殺せ』と命じたならばどうする? それでも規律を語るか?」


「それも断る。俺たちには独自の『ことわり』がある。やりたくない仕事は、どれほどの黄金を積まれても首を縦には振らねぇ」


「面白い。貴殿らの言う『理』とは、一体何を指す?」


俺は一瞬だけ考え、隣の二人を見遣ってから答えた。


「我が団長ガーブの、強さを求める『悧』。オットーさんの、組織を維持する『利』。そして――俺が追求する、戦場における戦略の『理』。この三つが噛み合った時だけ、俺たちの刃は動く」


俺の言葉が終わるか終わらないかのうちに、老騎士の背後に控えていた若手の騎士が、激昂して馬を一歩進めた。


「不遜な小僧め! 畏れ多くもアギラドス家筆頭騎士に対し、何たる物言いか! 弁えよ!」


長剣を抜こうとする若い騎士を、老騎士は振り返ることなく一喝した。


「退け、ロドリーゴ」


「しかし、団長! この野良犬どもは――」


「退けと言っている。儂の言葉が聞こえんのか」


若い騎士は悔しげに歯噛みしながら、馬を後退させた。


老騎士は再び俺に向き直ると、ふっと息を吐いた。


「すまぬな。このところ南部での聖流教徒との小競り合いが続いており、皆、気が立っておるのだ」


「別にいいけどさー。おじさん、名乗りもしないの?」


ガーブの突飛な発言に、老騎士は一瞬呆気に取られたような顔をしたが、次いで豪快に笑い声を上げた。


「はっはっはっ! これは一本取られたな。失礼した、ガーブ団長。儂はヒスパニア南部領域の軍事を預かるアギラドス家筆頭騎士、並びに騎士団長を務める、ディエゴ・デ・ヴィアナと申す。以後、見知り置きを」


ディエゴ団長はそう言うと、自ら馬を降り、俺たちの前に立った。


「アギラドス家は、レオン王家よりこの南部平原の守護を託されている。近頃、バハ・ジャヌーラ地方の治安が劇的に改善したという報告が我が元に届いてな。何でも、打ち捨てられたアタラヤ砦に陣取った奇妙な武装集団が、山賊どもを瞬く間に駆逐したと。様子を見に来てみれば、まさかこれほどの大部隊とはな。お主らだな?」


「そうだ」と俺は短く答えた。


「それは傭兵としての正式な任務であったのか? バハ・ジャヌーラのあのケチな領主が、自腹を切って君たちを雇うとは思えんが?」


「あの領主はな、ディエゴ団長。自分の街の壁の中だけ守って、壁の外の街道や村を完全に放置してやがった。

そんなことを続けれりゃあ、遠からず商人たちはこの地を見捨て、街は干からびるってのが分かっちゃいねぇ。領主が破滅するのは自業自得だが、そこに住む住人や行商人にとっては、ただの地獄だ。だから俺たちは、商人たちと直接『商売』を始めた。武力の売買、つまり傭兵稼業さ」


ディエゴ団長は、わずかに眉をひそめた。


「傭兵稼業を、商売と呼ぶか。力ある者が、力なき弱者を守るのは、騎士としての義務であり倫理ではないのかね?」


その言葉を聞いた瞬間、俺の胸の奥から、冷酷で乾いた感情がせり上がってきた。


「は? 何を寝ぼけたことを言っているんだ? 騎士道精神ってやつか? あんた方貴族は、そうやって自分たちを美しい言葉で飾り立てて悦に入っているのか。お前たちだって、民から血のような『対価』を受け取っているだろうが」


「何だと?」


「税金だよ。民から莫大な金を巻き上げておきながら、壁の外の略奪を見過ごしているあんた方の方が、よっぽど不義理で、契約違反の悪党じゃねぇか。バハ・ジャヌーラの領主もそうだ。税を取り立てるだけ取り立てて、義務を果たさねぇ。それが騎士道精神か? 笑わせるんじゃねぇ」


「おい、シン君……言葉が過ぎる、止めなさい」オットーさんが慌てて俺の衣服を引っ張るが、俺はそれを無視した。この国の歪んだ構造に、一言だけ突きつけてやる必要があった。


「地代、賦役、人頭税、結婚税、出産税……一体どれだけの理由をでっち上げて、民の懐から金をかすめ取れば気が済むんだ? それで築いた高い防壁は、民のためか? 違う、自分たちの地位と命を守るためだろうが!」


「貴様ぁぁぁ! これ以上の我が主家への愚弄は、万死に値する!」


先ほどの若い騎士ロドリーゴが、ついに怒りを爆発させて馬上から跳躍した。手にした長剣が、右上段から俺の首筋をめがけて一閃される。本気の殺意だった。


背後で傭兵たちの武器が鳴る音が聞こえたが、俺は手でそれを制した。この程度の直線的な一撃、中央アゼリアの鬼族の剛剣に比べれば止まって見える。


避けるのは容易だ。だが、俺はあえて半歩だけ下がった。間合いの極限。


剣先が、俺の胸元をかすめる。


ざり、と小気味良い音がして、俺のシャツの合わせ目が切り裂かれ、その下の皮膚に一本の赤い線が走った。同時に、幼い頃から俺の首に巻き付いていた、古い黒革の紐が音を立てて切れた。


(あ、しまっ――)


「ぐはっ!?」


次の瞬間、俺を切りつけたはずのロドリーゴが、凄まじい衝撃音と共に横から吹き飛んだ。彼を容赦なく殴り飛ばしたのは、他でもないディエゴ団長だった。


鉄拳を喰らい、地面を転がった若い騎士が、鼻血を流しながら愕然として見上げる。「だ、団長……何故ですか!?」


ディエゴ団長は、凍りつくような低い声で言い放った。


「ロドリーゴ……無抵抗の、しかも武器も抜かぬ相手に対し、感情に任せて不意打ちを食らわせるのが、お前の学ぶ騎士道か。アギラドス家の名を汚すな」


「し、しかし! コイツは我々を、アギラドス家を野良犬と!」


「黙れ!」


団長の一喝が平原に響き渡る。ロドリーゴは悔しげに俯き、押し黙った。


そこへ、極めて静かな、だが周囲の空気を一瞬で真空に変えるような足音が近づいてきた。ガーブだった。彼女は地面に倒れているロドリーゴの前に立つと、冷たい目で彼を見下ろした。


「野良犬……? ねえ、その野良犬にもね、一つだけ絶対に譲れない規律があるんだよ」


ガーブの顔に、底の知れない、無邪気で残酷な笑みが浮かぶ。


(まずい、ガーブが本気でキレた――)


「な、何だ……!?」ロドリーゴが恐怖に顔を歪める。


「躾の悪ーいガキには、そのクソ生意気な骨を叩き折ってやるっていう規律さ!」


ごっ!!!


凄まじい鈍音が響いた。ガーブは腕を大振りに振り回すと、ロドリーゴの頭部を、鉄兜の上から素手で殴りつけた。兜が歪み、ロドリーゴの身体が地面にめり込む。ガーブは容赦なく、彼の右手を踏みつけた。


バキバキと、容赦なく指の骨が砕ける音が平原に響き渡る。


「ぎゃああああああああっ!?」


「ガーブ! そこまでだ、止めろ!」


俺は慌てて割り込み、ガーブの細い、だが鋼鉄のような手首を掴んで引き剥がした。


「えー? 何だよシン、これくらい大したことないじゃん。フランクの戦場じゃ、これの百倍は派手にやってたよ?」


「ここはフランクじゃねぇ。俺たちの新しい『市場』だ。それ以上の余計な破壊は損失になる。下がれ」


ガーブは不満そうに頬を膨らませたが、「ちぇ、分かったよ」と呟き、足元に落ちていた、革紐の切れた「コイン」を拾い上げると、俺に向かって放り投げた。


俺はそれを右手で受け止め、ポケットへと滑り込ませた。


「ディエゴ団長、我が団長が手荒な真似を。非礼をお詫びする」


俺は、右手を押さえて悶絶しているロドリーゴを完全に無視し、ディエゴ団長に向き直った。だが、ディエゴ団長の視線は、俺の顔ではなく、俺が今ポケットに仕舞った「それ」に完全に釘付けになっていた。その目は驚愕に見開かれ、呼吸すら忘れているようだった。


「……ディエゴ団長?」


俺の声に、老騎士はハッと我に返ったように激しく肩を揺らした。


「あ……いや、すまない。こちらこそ、我が団員の不調法、深くお詫び申し上げる。この者には、砦に戻り次第、厳格な処罰を下す」


ディエゴ団長が、傭兵である俺たちに向かって深く頭を下げた。背後の騎士たちが、信じられないものを見る目で驚愕している。


頭を上げたディエゴ団長は、その目を奇妙に潤わせながら、だが確かな熱を帯びた声で続けた。


「君たちの団の『性格』、そしてその卓越した練度の一端、しかと見せていただいた。行軍の足を止めさせてしまい申し訳ない。……時に、シン殿。君たちはこれから、どこへ向かう予定なのだ? 具体的な当てはあるのか?」


「バハ・ジャヌーラでの市場が冷え込んだのでな。さらに南へ向かい、需要のある戦場を探すつもりだったが、まだ明確な雇用主は決まっていない」


その言葉を聞いた瞬間、ディエゴ団長の顔に、劇的なまでの歓喜の表情が浮かんだ。


「ならば――我らと共に来ないか。この先にある、我らの本拠『アルカサル・デ・ラ・ミラーダ』へ。儂が王家より賜った領地、ヴィアナ・デル・アギラの街を守る中枢だ。君たちを、最高の礼をもって歓待しよう」


俺は、オットーさんに視線を送った。オットーさんは細い目をさらに細め、静かに頷いていた。(ヒスパニアの最高権力の一角に食い込む、これ以上ない商機だ)と、その目が語っていた。


「……了解した。お言葉に甘えて、同行させてもらおう」


こうして、俺たちは求めていた「ヒスパニア王国の有力な伝手」を、予想もしない形で手に入れることとなった。



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