第5章:隠された血統、歪んだ王座の記憶
数日間の共同行軍を経て、俺たちはアギラドス騎士団の本拠、アルカサル・デ・ラ・ミラーダ砦へと到着した。
俺たちの正確な総員数を確認したディエゴ団長は、即座に早馬を走らせ、完璧な受け入れ態勢を整えていた。二六六名という大所帯に対し、三分の一を砦内部の豪奢な空き宿舎へ、三分の一を麓にあるヴィアナ・デル・アギラの街の一流の宿屋へ分宿させ、残りの三分の一には、砦内の広大な練兵場に最新の天幕を設営してくれた。
「全員を屋根のある部屋に泊めることができず、申し訳ない。だが、滞在費、食費、馬の飼料代に至るまで、すべての費用はアギラドス家が負担させてもらう」
至れり尽くせりの対応だった。だが、それが逆に俺の警戒心を最大限に跳ね上げさせていた。
俺たちは騎士団とは違う。所詮は金で動く傭兵であり、正規の貴族から見れば「馬の骨」だ。通常、どれほど歓迎されるにしても、前線での囮や殿として使い潰すための「肉壁」としての扱いが関の山のはず。これほどの破格の歓待は、商業的にも軍事的にも「裏」があるとしか思えなかった。
「シン君、どう思うかね。いくら何でも、対応の度が過ぎる」
オットーさんが、帳簿を抱えたまま足早に近づいてきた。その顔には、商売人特有の不信感が露わになっていた。
「分からんな……。だが、用意されたものは利用させてもらいましょう。表向きは感謝しつつ、ハンスには全員、武器を手放さず、警戒を怠るなと伝えておいてください」
「分かった。全分隊に、夜間の見張りを倍にするよう徹底させよう」
オットーさんと密談を交わしていると、宿舎の階段からディエゴ団長がこちらへ歩いてくるのが見えた。その表情は、どこか張り詰めている。
「シン殿。ガーブ団長、そしてオットー副団長。三人で、儂の執務室まで来ていただけないだろうか。今後の、我が領内における君たちの『役割』について、重大な話し合いをしたい」
ディエゴ団長はそう言うと、案内を促すように背を向けた。俺はオットーさんと視線を交わし、点検作業をしていたガーブの首根っこを掴んで、老騎士の後に続いた。
導かれたのは、砦の最上階にある重厚な執務室だった。
室内には高級なマホガニーの執務机、壁一面の書棚、そして中央には上質な革張りのソファが置かれていた。ディエゴ団長は自身の机には向かわず、ソファの対面に座り、「座ってくれ」と手で促した。彼の背後には、二人の精鋭騎士が直立不動で控えている。
やはり異様だ。傭兵が貴族の筆頭騎士と同席するなど、この世界の階級社会ではあり得ない。
「いや、俺たちは傭兵なんで立ったままで…」
「座っていただきたい。これは、儂個人の懇願だ」
ディエゴ団長が、椅子に深く腰掛けたまま、俺たちに向かって頭を下げた。
俺とオットーさんが顔を見合わせたその瞬間、ガーブが「あ、じゃあ俺は座るー。おお、この椅子フカフカで気持ちいいな!」と、さっさと一番良い席に深く腰掛けていた。本当に空気が読めない奴だ。
俺とオットーさんは同時にため息をつき、諦めて席に着いた。
従卒が静かに最高級の香茶を淹れ、部屋を退出する。扉が完全に閉まったのを確認すると、ディエゴ団長は重々しく口を開いた。
「貴殿らをここに招いたのは、今後のヒスパニア南部における、君たちの武力の『買い手』として、現在の我が主家の状況を正確に説明しておく必要があると考えたからだ」
ディエゴ団長が語った内容は、ヒスパニア王国の血と信仰の歴史、その暗部そのものだった。
―――今から約六百年前、黒鉄期1100年代。ヒスパニア王国は、大内海を越えて侵攻してきた異民族「コルディア首長国」の圧倒的な軍事力により、国土の七割を占領された。その長期にわたる支配の中で、多くの民が「聖流教」へと強制的に改宗させられ、過酷な境遇に落とされた。我らアギラドス家の祖先は、王家より『南部奪還』の命を受け、四百年にわたり国土回復運動を継続。現在では、最南端のマナ・ラルタル海峡沿いの港湾都市群を除き、ほぼ全ての国土を奪還するに至った。
「だが、奪還したのは『土地』だけであり、民の『心』ではないのだ」ディエゴ団長は苦渋に満ちた声を絞り出した。「何世代にもわたり聖流教の文化に馴染んだ民は、未だに十字教への帰依を拒んでいる。そこへ、未だ国内に潜伏するコルディア人の残党、武装過激派が夜陰に乗じて村々を襲撃し、王家に恭順した民を虐殺して回っている。我らアギラドス騎士団の主任務は、これら潜伏する武装勢力の掃討にある」
―――しかし、問題は戦場だけではなかった。アギラドス公爵家は、二百年前に当時の王弟マルコ・デル・アギラドス様が興された、国内最高の平定功臣たる名門だ。南部を奪還すればするほど、アギラドス家の国内における発言力と領地は肥大化していく。それを苦々しく思う王都の廷臣や他派閥の貴族どもが、十五年前、恐るべき陰謀を企てた。彼らは裏で聖流教徒の過激派を扇動し、アギラドス家の本邸を夜襲するという暴挙に出たのだ。
「夜襲による暴動自体は鎮圧した。だが……その混乱の中で、我が最愛の主君たる先代当主エミリオ様と奥方様は暗殺され、当時まだ幼少であった三人のお子様方は、混乱の中で行方不明となられたのだ。激怒された国王陛下により、裏で糸を引いていた貴族どもはことごとく処刑されたが、失われた血統は戻らない」
「その後、長男の公嗣様と長女様のご遺体は確認された。だが……当時わずか五歳であった次男、シンシオ様の行方だけは、十五年が経過した今もなお、生死を含めて一切が不明のままなのだ」
オットーさんが、茶杯を置きながら細い目を開いた。
「つまり……現在のアギラドス公爵家は、軍事力を維持しながらも、それを統べるべき『正統な血統(主君)』を欠いた、首無しの巨人という訳ですか」
「その通りだ、オットー殿。国王陛下は『シンシオ様の死亡の確証がない限り、アギラドス家の改易(取り潰し)はしない』と仰ってくださっているが、それも限界だ。直近の宮廷夜会では、南部の統治能力の低下を大義名分に、他派閥の貴族を新たな南部総督として送り込もうとする動きが活発化している。我々には時間がない。一刻も早くコルディア人の残党を平定し、同時に、シンシオ様を見つけ出さねば、アギラドス家は遠からず瓦解する」
俺は腕を組み、ディエゴ団長を真っ直ぐに見据えた。
「はっ!高貴な方々の政争の裏舞台か、事情はよく分かった。だが、それが俺たち『緋色の傭兵団』とどう関係するんだ? はっきりと言ってくれ」
ディエゴ団長は、身を乗り出すようにして、俺の目をじっと見つめた。その眼差しには、執念にも似た光が宿っていた。
「貴殿らには……我ら騎士団の手が回らぬ、領域内の村々の『防衛指導』と、潜伏するコルディア人武装集団の『排除』を委託したい」
(なるほどな……)俺は脳内で、ヒスパニア南部の地政学的リスクを瞬時に再構築した。
四百年の支配から解放されたものの、未だに宗教対立の火種が燻る泥沼の戦域。統治者たるアギラドス家は首無しで、正規軍(騎士団)は政治的理由から大っぴらに動けない。他派族の介入を防ぐためには、早急な治安回復が必要だが、正規兵の数は絶対的に不足している。
問題の本質は二つ。
一、領地内でテロを繰り返すコルディア人残党。
二、アギラドス家の正統な後継者不在による、統治の正当性の揺らぎ。
解決方法は、コルディア人残党の物理的な排除(治安の回復)とシンシオ殿を見つけ正統後継者として公認を得ること。
「つまり、俺たち傭兵を『鞭』として使い、正規軍では手の出せない汚いゲリラ戦や略奪者の掃討を肩代わりさせたい、ということか?」俺は冷酷な笑みをディエゴ団長に向けた。「俺たちが泥を被って南部を綺麗にした後、用済みとなった野良犬を、騎士道精神の名のもとに追放する算段じゃねぇだろうな?」
ディエゴ団長は、俺の冷徹な指摘に一瞬だけ怯むような表情を見せたが、すぐに必死な面持ちで首を振った。
「誤解しないでほしい、シン殿! 君たちを悪役に仕立てて使い捨てるつもりなど毛頭ない。儂が求めているのは、君たちがバハ・ジャヌーラで成し遂げた『システム』そのものなのだ」
「システム?」
「そうだ。君たちはただ盗賊を殺したのではない。都市の防衛体制の欠陥を指摘し、商隊の通商路を安全管理し、現地の衛士を再教育して自立させた。我ら騎士団は『敵を滅ぼす武技』は持っているが、民を教え、地域全体の防犯体制を構築する『知恵』を持たない。君たちの持つその特異な組織運用能力と戦術的知恵を、南部の疲弊した村々に植え付けてほしいのだ。もちろん、敵の襲撃があれば、その圧倒的な武力で粉砕してもらいたい」
オットーさんが顎に手を当て、算盤の音を頭の中で響かせながら、俺を見て微かに頷いた。
「シン君、ビジネスとしては最上級の案件だ。単なる肉壁ではなく、軍事コンサルタントとしての雇用だ。団員たちの高い実務能力をフル活用できる。……ディエゴ団長、報酬の桁については、相応の期待をしてよろしいのですな?」
「ああ。公爵家の全財産を賭けてでも、君たちの要求する額を支払おう」
「分かった」と俺は席から立ち上がろうとした。「その条件であれば、我が傭兵団の利と理に叶う。依頼を受ける。オットーさん、詳細な契約書の作成を。俺は一度戻って、団員たちに――」
「待ってくれ、シン殿。話はまだ終わっていない」
立ち上がった俺たちにディエゴ団長が声をかけた。
その声はこれまでとは明らかに違う、震えるような、そして至高の畏敬を孕んだ響きに変わった。
老騎士の目が、俺のポケットへと注がれる。
「シン殿……君が先ほど、首から切り飛ばされた、あの『コイン』。もう一度、儂に見せてはいただけないだろうか」




