第六話 丹波の城塞
第六話 丹波の城塞
山崎の戦いが終わり、羽柴秀吉が京の主として君臨し始めた天正十年、夏。
勝龍寺城の混戦を脱した柘植朔太郎は、再び京の都へと舞い戻っていた。
戦後の大混乱に揺れる京の町。宿に隠していた蓄えと山崎で稼いだ銭を合わせ、懐には一貫八百文。
一 茶葉の血路
合戦の打撃により、京と周辺国を結ぶ主要な街道は封鎖され、物資の流通は完全に途絶していた。
特に、宇治の名産である茶葉や薪炭は、都の公家や豪商たちが喉から手が出るほど買い求めているにもかかわらず、手に入らない状態が続いていたのだ。
朔太郎の眼光が冷たく光る。
「……誰も運べぬなら、俺が運ぶまでのこと」
朔太郎は手元の銭を叩いて、街道の封鎖で暴落していた宇治の茶農家から高級茶葉を買い占めた。数頭の馬を雇い入れると、羽柴方の見張りを避けて山城と京を繋ぐ道なき間道を突破し、都へ極秘裏に運び込んだのだ。
数倍の値を跳ね上げた茶葉は、豪商たちに飛ぶように売れた。
得た銭で今度は京の絹や塩を買い、物資の不足する近江や若狭の商人へ運ぶ。
帳簿の細部まで目を光らせる正確無比な勘定と利害計算。朔太郎の手の中で、わずか一貫八百文の路銀は、数十貫、数千貫という巨額の資金へと膨れ上がっていった。
二 空白の地・丹波
天正十年、秋。
まとまった財を手にした朔太郎が向かったのは、京の北西に位置する丹波国であった。
丹波は明智光秀の旧領であり、主要な城郭はすでに羽柴方の代官に押さえられつつあったが、奥丹波の深山幽谷には、いまだ公儀の目が届かぬ「権力の空白地帯」が点在していた。落人狩りや野盗が横行し、荒れ果てた山谷の土地は、破格の安値で放置されていたのだ。
「この地なら、誰の目にも触れずに拠点を築ける」
朔太郎は山あいの要衝である小さな村の土地を買い叩いた。
谷間に位置し、前線には山腹の狭隘な一本道。長槍を揃えた足軽を数人配するだけで、百の敵を食い止められる天然の要塞地形であった。
三 砦という名の屋敷
朔太郎は買い取った土地に、大きな屋敷の建設を始めた。
しかし、それは単なる贅沢な居宅ではない。
高い土塁と掘り抜き井戸を備え、兵糧庫と武具蔵を併設した、実質的な「私設の兵営砦」であった。
建築にあたり、朔太郎は山崎の戦増や京の街で食い詰めていた浪人や農民たちを大量に雇い入れた。
「飯と日銭は保証する。俺の言う通りに木を切り、土を盛れ」
緻密な差配と、元指揮官としての圧倒的な陣頭指揮。
不満を漏らす者は一人もおらず、突貫工事で頑強な屋敷が瞬く間に完成していった。雇われた者たちはそのまま朔太郎の私兵として屋敷の敷地に住み着き、彼を「頭領」と仰ぐようになった。




