第七話 狼たちの集結
第七話 狼たちの集結
天正十年、冬。
丹波の山あいに築かれた柘植朔太郎の砦屋敷には、冷たい山風とともに、異様な気配を持った男たちが次々と姿を現すようになっていた。
一 闇からの訪れ
天正伊賀の乱で郷を焼かれた伊賀者たちのすべてが、服部半蔵を頼って徳川に仕えたわけではない。
主と故郷を失い、復讐の念と飢えを抱えたまま、各地の裏社会や山中に潜んでいた残党は数多く存在していた。
「……伊賀の乱で五百を率い、最後まで足軽を見捨てなかった柘植朔太郎様が、丹波に砦を築き、生きる糧を与えている」
かつての伊賀惣国の絆と、京や近江の交易で名を馳せた朔太郎の噂は、忍びたちの独自の深い情報網を瞬く間に駆け巡ったのだ。
ある夜、屋敷の囲炉裏端に、ボロボロの鎖帷子をまとった男たちが十数人、ひざまずいていた。かつて伊賀で朔太郎の指揮下にいた者や、噂を聞きつけて落ち延びてきた手練れたちである。
「朔太郎様……俺たちを雇ってくだされ。織田や豊臣の奴らに一矢報いたい!」
二 冷徹なる誓約
熱に浮かされる男たちを前に、朔太郎は冷ややかな眼光を向けたまま、静かに杯の酒をあおった。
「勘違いするな。俺は復讐劇ごっこをするつもりはない」
朔太郎の声には、情や甘えなど微塵もなかった。
「伊賀の復興だの、亡霊のような理想を抱いて死にたいなら他へ行け。俺が求めるのは、俺の指示通りに動き、泥をすすってでも生き残る兵だけだ」
冷酷な突っぱね方に、男たちが息を飲んだ。だが、朔太郎は言葉を続けた。
「だが――俺の指揮に従うかぎり、飢えさせはせん。一人も無駄死にはさせん。術の使えぬ俺には真似できぬ『影の仕事』を、お前たちから買いたい。……俺の兵になるか?」
情ではなく、圧倒的な「理」と「実利」。
かつて伊賀の惨劇の中で、最後まで自分たちを死なせまいと冷酷なまでに正しい指揮を執り続けた男の言葉に、残党たちは深く頭を垂れた。
「……御意。この命、朔太郎様に預けます」
三 独立軍団の編成
それからの数ヶ月で、丹波の砦には百を超える旧・伊賀の残党と、食い詰めた腕利きの浪人たちが集結した。
朔太郎の頭脳がフル回転する。
交易で蓄えた潤沢な資金を投入し、京や堺の闇商人から高値で質の良い長槍、当世具足、そして鉄砲と煙薬を買い揃えさせた。
「術に秀でた者は情報収集と敵陣への撹乱。白兵に長けた者は長槍の陣形を組め」
忍術は使えずとも、人を適材適所に配置して動かす圧倒的な差配の威力が遺憾なく発揮される。
単なる暗殺者や乱破の集まりでしかなかった残党たちが、朔太郎の手によって、整然とした『戦う特殊軍団』へと変貌を遂げていった。
四 挙兵前夜
天正十一年、春。
世は羽柴秀吉と、織田家の筆頭家老・柴田勝家による天下の覇権をかけた激突――『賤ヶ岳の戦い』に向けて、急激に緊張を高めていた。
砦の見張り櫓に立ち、朔太郎は眼下に広がる丹波の山並みを見下ろしていた。
庭では、整然と揃えられた長槍を掲げ、百を超える精鋭の兵たちが朔太郎の指図を待っている。
かつて懐にあったのは、たった五百文の銭と一本の槍の穂先。
そこから泥をすすり、槍を振り、銭を回して辿り着いた、己だけの軍勢。
「……秀吉も勝家も、勝手に天下を争うがいい」
朔太郎は背の長槍を引き抜き、静かに鞘を払った。
「だが、この丹波の地を冒す者があれば、天下人であろうと叩き潰す。……挙兵の準備を整えよ」
「「「おーっ!!」」」
地響きのような叫びが、丹波の山々にこだました。
無所属の落ちこぼれ忍び・柘植朔太郎。
ついに一国を脅かす独立勢力として、乱世の表舞台へと名乗りを上げる刻が来たのだ。




