第十九話 黒鉄の投球
第十九話 黒鉄の投球
丹波の砦屋敷の一角にある工房。
そこでは、配下の旧・伊賀の忍びたちが、怪しげな黒い粉末を粘土の容器に詰め込む作業に没頭していた。
導火線を取り付けられた導火の玉――戦国時代の炸裂弾、『炮烙玉』である。
「朔太郎様、ご命じの品が完成いたしました」
忍びの頭領が差し出した黒い球体を見つめ、朔太郎は冷ややかな口元をわずかに緩めた。
「ご苦労。……これより、この兵器の『射手』を呼び出す」
一 白球の使い手たち
本丸の広場に呼び出されたのは、血まみれの激戦を生き抜いた野球部の生徒たちであった。
金属バットを手に抱えたバッター陣と、頑丈な肩を持つピッチャー陣、およそ三十名。
「殿様……俺たちに何か用ですか?」
キャプテンの男子生徒が尋ねる。
朔太郎は返事の代わりに、ズシリと重い木製の練習用ダミー球を、ピッチャーの生徒に向かってひょいと投げ渡した。
「っとと……!? なんですかこれ、重い……」
「お前たちは、その木の棒で球を打ち返し、あるいは球を遠くへ投げるのが得意らしいな」
朔太郎は長槍を地面に突き立て、一切の情を挟まぬ冷ややかな眼光で彼らを見据えた。
「ならばお前たちには、これが扱えよう。……それは『炮烙玉』だ。火を点けて投げれば、敵陣の中で炸裂し、鉄の破片と炎で十数の敵を吹き飛ばす」
二 射程の革命
「ええっ!? ば、爆弾ですか!?」
野球部員たちが一斉に青ざめる。
「怯むな」
朔太郎は淡々と、しかし圧倒的な筋道を叩きつけた。
「手榴弾(炮烙玉)の弱点は、手で投げるゆえに飛距離が出ぬことだ。だが……お前たちの投球と打撃ならばどうだ? 手で投げる倍以上の距離、敵の頭上へ正確にこれを送り込めるのではないか?」
ピッチャーとバッターたちが、ハッと息を飲んだ。
投手の遠投力、そしてトスされた玉を革巻きのバットでしならせて打ち飛ばす打撃力。
通常なら三十メートルが限界の炮烙玉を、五十メートル、いや八十メートル先の敵陣のど真ん中へ、ピンポイントで叩き込める――!
「扱い方の手ほどきは、配下の忍びから説明がある。火薬の調整、導火線の長さ、点火のタイミング……叩き込まれよ」
三 忍びと球児の特訓
それからの数日間、砦の裏山では異様な特訓が繰り返された。
「おい小僧! 導火線がここまで燃えたら投げろ! 一瞬でも遅れれば、お前の腕が吹き飛ぶぞ!」
忍びが厳しく指導する。
「大丈夫っス!t俺のコントロールなら、あそこの標的の枠内にドンピシャで投げ込めます!」
ピッチャーの生徒が、導火線に火が点いたダミー球を綺麗なフォームから投げ込む。
綺麗な放物線を描いた球は、八十メートル先の標的の真っ芯へと吸い込まれていった。
「……す、凄まじい投げ筋だ。投石器並みの精度と飛距離……!」
忍びたちが目を見張る。
さらにバッター陣は、衝撃を殺す特製の革巻きバットを使い、忍びがトスした球を鋭く叩き飛ばす練習を重ねた。
カキィィンッ! と快音を響かせ、遥か遠くの谷底へ球が飛んでいく。
「これ……本物の炮烙玉でやったら、敵の陣地を一瞬で壊滅させられますよ……!」
野球部員たちの顔に、かつての恐怖ではなく、頼もしい兵の顔が宿り始めていた。
四 投擲爆撃隊、誕生
特訓の成果を見届けた朔太郎は、満足げに頷いた。
「よし。お前たちを『丹波投擲爆撃隊』と命名する」
土木科が築く不落の要塞。
家庭科部と特進科が支える完璧な補給と衛生。
アーチェリー部と弓道部の長距離射撃。
馬術部の機動騎馬隊。
そして、野球部による遠距離爆破投擲――。
現代の専門知識とスポーツの身体能力が、忍びの闇の兵器と完全に融合した。
「秀吉……官兵衛……。次に来るときは、覚悟して来るがいい」
近江国境の逢坂山で敗れ、三百の血を流した落ちこぼれ指揮官・柘植朔太郎。
彼の率いる丹波軍は、天下の誰も見たことがない「異次元の破壊力を持った軍隊」へと進化を遂げたのである。




