第十三話 異界の鋼城
第十三話 異界の鋼城
逢坂山での死闘から数日。
三百の犠牲を払いながらも丹波の国境砦へと撤退を果たした柘植朔太郎は、領内の防備固めに追われていた。
黒田官兵衛率いる豊臣軍が、敗走する丹波軍を逃がすまいと、国境を越えて追撃の網を狭めてきているのだ。
「……来るか」
丹波の奥地、深い山々に囲まれた平坦な盆地を見下ろしながら、朔太郎は長槍の柄を握り締めた。
その時であった。
一 空が割れた日
突如、初夏の青空が音を立てて裂けた。
轟音。稲妻でも落雷でもない、世界を引き裂くような金属音とともに空の一部が黒く歪み、激しい光の奔流が盆地の中央へと叩きつけられた。
「なっ……!?」
砦の物見櫓から様子を見張っていた忍びたちが、驚愕のあまり腰を抜かした。
光が収まったあと、そこに出現したのは――この世のものとは思えない奇ッ怪な代物であった。
赤茶色の煉瓦と、見たこともない巨大なガラス窓が規則正しく並ぶ、コンクリート製の異様な四角い巨石建造物。
それは戦国の世には絶対に存在しない、現代の「高等学校」の校舎そのものであった。
「……なんだ、あれは。城か? 南蛮の寺院か?」
朔太郎は目を細め、脳裏の中でその構造と異質さを瞬時に分析した。
さらに、その奇妙な建物の周囲には、見たこともない奇抜な色彩の布を纏った若者たちが七百名ほど、そして大人たちが五十名ほど、呆然と立ち尽くしているのが見えた。
二 豊臣軍の誤認
その異変を、丹波軍よりも先に目撃した者たちがいた。
朔太郎を追撃していた豊臣軍の先鋒部隊二千である。
森の向こうに突如として現れた、白くそびえ立つ謎の巨石要塞。そして、その周りをうろつく奇妙な衣服を着た数百の人間たち。
「な、なんだあれは……!?」
豊臣方の武将が、青ざめた顔で馬上の上から叫んだ。
逢坂山で朔太郎の「怪物的な采配」を見せつけられていた豊臣軍の兵士たちの間には、すでに極度の恐怖と疑心暗鬼が渦巻いていたのだ。
「まさか、あの丹波の鬼・朔太郎が、南蛮の妖術を使って一瞬で城を建てたのではないか……!」
「ば、馬鹿な! あんな異形の城、見たことがないぞ!」
「くそっ、先手必勝だ! 奴らが妖術の準備を整える前に、焼き払え! 鉄砲隊、撃てぇッ!」
パニックに陥った豊臣軍は、校舎の周りで混乱している高校生たちを「朔太郎が呼び出した新種の兵器、あるいは妖術師の集団」と完全に勘違いし、恐怖から一斉に火蓋を切った。
パン、パパァンッ!
山あいに響き渡る、無数の鉄砲の銃声。
三 現代の悲鳴
「キャアアアアアッ!?」
「なんだこれ、ガチの銃声じゃねえか……っ!」
突然の銃撃と、校舎の壁を削り取る鉛の弾丸。
突如として戦国時代へ飛ばされた高校生たちと教師陣は、一瞬にして地獄の底へと突き落とされた。
「おい、生徒を伏せさせろ……っ! 外に出るな!」
引率の教師が血相を変えて叫ぶが、訓練されていない現代の若者たちは恐怖にパニックを起こし、校庭のあちこちで泣き叫び、逃げ惑うしかなかった。
物見櫓からその惨状を見下ろしていた朔太郎の眉間に、深いシワが寄った。
「……バカめ。あの奇妙な建物に立てこもればいいものを、外で烏合の衆のようにおたおたしやがって」
豊臣軍の過剰防衛による一方的な殺戮。
このままでは、あの天から降ってきた「謎の集団」は、ものの数分で豊臣軍に皆殺しにされてしまう。
四 冷徹な出陣
しかし、朔太郎の冷徹な頭脳は、この狂気的な状況すらも瞬時に自軍の「盤面」として換算していた。
「あの建物、そしてあの数の人間……。敵ではない。であれば、丹波の領内で勝手に殺戮をやられては困る」
朔太郎は背の長槍を引き抜き、物見櫓の欄干に手をかけた。
冷ややかな眼光が、混乱する盆地と、攻撃の手を緩めない豊臣軍の陣形を捉える。
「全軍に伝えろ。……我が領内で、勝手に暴れる輩は、豊臣だろうが何だろうが許容せん」
朔太郎は静かに、しかし軍全体に響き渡る低い声で命じた。
「足軽隊、出陣する。……あの『空から降ってきた城』の連中を回収しつつ、勘違いで調子に乗っている豊臣の愚かどもを、まとめて叩き潰すぞ!」




