↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
柘植朔太郎物語  作者: 水前寺鯉太郎
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/26

第十話 十倍の激浪

第十話 十倍の激浪

 天正十一年、夏。

 丹波・丹後の二ヶ国を電撃的に手中に収めた柘植朔太郎は、勢いそのままに京と近江を繋ぐ要衝・逢坂山(おうさかやま)の関所跡を電撃的に奪取し、陣を構えた。

 琵琶湖から京都へと通じる狭隘な山道。

 そこへ、天下人・豊臣秀吉が放った先鋒部隊が、地鳴りのような行軍音とともに押し寄せていた。

一 十倍の圧迫

 山肌を埋め尽くす水色と黄色の旗印。

 豊臣軍の総大将として前線に立ったのは、秀吉の知恵袋・黒田官兵衛。率いる兵力は、実に一万。

 対する朔太郎の丹波軍は、各地から駆けつけた旧・伊賀の残党と精鋭の足軽を合わせ、ちょうど「一千」。

 十倍という絶望的な兵力差であった。

「朔太郎様……! 敵は一万! このままでは押しつぶされます!」

 見張り櫓の上で、配下の忍びが息を呑みながら報告する。

 だが、長槍を握り締めた朔太郎の表情には、焦りも恐れも一切なかった。

「慌てるな」

 朔太郎の声は、氷のように冷たかった。

「一万と言えど、この狭い谷間に入れば、一度になだれ込めるのはせいぜい数百だ。敵の物量は関係ない。入ってきた奴らから順に仕留める」

二 官兵衛の策、朔太郎の理

 陣頭に立つ黒田官兵衛は、逢坂山の地形を冷ややかに見据えていた。

「なるほど、狭隘な地形を利用して我が軍の数を無効化する気か。……ならば山を制するまで」

 官兵衛は即座に命令を下した。正面からの牽制と見せかけ、左右の山林から迂回部隊を投入し、朔太郎の陣を包囲・分断しようと試みたのだ。

 しかし――。

「左の山腹に気配あり! 敵の迂回部隊です!」

「……知っている」

 朔太郎の配下である伊賀の忍びたちが、すでに山林の中に竹槍の罠と煙薬を仕掛け、密かに潜伏していた。

 山中へ足を踏み入れた豊臣の迂回部隊は、暗闇からの不意打ちと煙幕によって大混乱に陥り、身動きが取れなくなる。

「山での隠密戦で、伊賀者に勝てると思うな」

三 狭間の槍衾

「正面、来ますッ!」

 迂回策を阻まれた豊臣軍の先鋒が、痺れを切らして狭い谷間へとなだれ込んできた。

「押しつぶせーッ! たかが一千の落ち武者どもだッ!」

 押し寄せる黒鉄の波。

 だが、朔太郎は手振りの旗一つで、一千の足軽隊を寸分の狂いもなく操作した。

「一番隊、突け! 二番隊、控えよ! 横に広がるな、間合いを揃えろ!」

 ガァンッ! ガガァンッ!

 谷間に響き渡る凄まじい金属音。

 朔太郎自身も長槍を手に先頭に立ち、柳生で盗んだ『無刀の理』で敵の攻撃を最小限の動きでかわしながら、確実に向こうの喉元を突き穿っていく。

 狭い谷間という隘路(あいろ)において、朔太郎の一千は完璧な「鉄の防波堤」と化していた。

 豊臣軍は一万の物量を何一つ活かせず、先頭の兵たちが次々と血の海に倒れていく。

四 激突のゆくえ

「ぬう……! 一万の軍勢が、たった一千に押し止められているだと!?」

 本陣で報告を受けた黒田官兵衛の顔から、余裕の色が消えた。

「指揮が凄まじすぎる……。一切の無駄がなく、兵の動揺が皆無だ。あの男、将棋の盤面を詰めるように戦を計算しておる……!」

 陽が傾き始め、逢坂山の谷間は豊臣兵の死体と返り血で赤く染まっていた。

 一万の怒涛を前にしながら、朔太郎の一千の陣は、何一つ崩れていない。

 槍の柄に付いた返り血を拭いながら、朔太郎は冷ややかな眼光で豊臣の本陣を睨みつけた。

 懐の「たった五百文」から始まった男の生存劇。

 その槍と頭脳は、いまや天下人・豊臣秀吉の一万の大軍すらも、一歩も通さぬ絶対の壁となっていた。

「秀吉……これが俺の陣だ。突き破れるものなら、突いてみろ」

 近江国境の狭間で、一千対一万の歴史に残る死闘が、本格的に燃え上がろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。