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学園で殺されたら、俺の死体隠しデスゲームが始まった件  作者: 座間あぜん


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第8話 面白いよ

「ゴキブリ!」


獅堂の絶叫が学園長室に響き渡った。その一言は想像以上の威力を発揮した。学園長は「きゃぁっ!」と短い悲鳴をあげるや否や、反射的に頭を抱え込みデスクの下へ身を滑り込ませる。椅子を脇へ押しのけてその隙間へ小さく体を縮める姿は、地震の避難訓練みたいだった。肩は小刻みに震え、顔を上げることすらできない。


学園長にとってゴキブリはそれほど深刻なトラウマらしい。さっきまで落ち着いて仕事をしていた姿からは想像できないほど取り乱していた。獅堂はその様子を見て口元をゆるめた。狙いどおり、といった様子だ。その確信が獅堂に大胆な行動へ移る余裕を与えていた。


「俺がゴキブリ退治するんで、そのままで!」

「お、お願いっ!」


学園長の視界が完全に遮られていることを確認すると、獅堂は段ボールの元へ走った。目隠し代わりに掛けていたシャツを乱暴に放り投げ素早く段ボールの蓋を開く。俺の死体を両腕で抱え上げ、そのまま力任せに肩へ担ぎ上げた。時間との勝負だった。何かの拍子に学園長がデスクの下から顔を出すかもしれない。実際、震えた声が飛んでくる。


「獅堂君、退治できたかしら?」

「まだっす。めちゃくちゃデカくて素早いっす!」


その言葉で学園長は再び「ひぃっ」と短い悲鳴をあげた。その直後から学園長は何かをぶつぶつと唱え出す。両手を固く組み、神に祈っているのではないかと思えるほどだった。ゴキブリ1匹でここまで取り乱す人が俺の死体を見ればどうなるのだろうか。


「絶対まだ出てきちゃダメっすよ!」


獅堂は一直線に冷蔵庫へ向かった。そして勢いよく冷蔵庫の扉を開けると、俺の死体を力任せに押し込む。肩が内壁に引っ掛かれば無理やり向きを変え、足が収まらなければ膝を強引に折り曲げる。それでも収まりきらない。靴底で全身を押し込む。腕や脚が擦れる嫌な音が冷蔵庫の中から響いた。不自然なその物音は学園長にも届いているはず。しかし学園長は恐怖のあまり耳に入っていないらしい。



そう思った次の瞬間だった。キャスターが床を擦る音が聞こえた。学園長の椅子がゆっくりと動いている。意を決したように、学園長がデスクの下から出てこようとしていた。恐る恐る頭をのぞかせ、膝をついて身を乗り出している。もし顔を上げれば、冷蔵庫の中に入りきっていない俺の手が見える。


俺は学園長へ向かって叫んだ。


「学園長、冷蔵庫を見てください!」


しかしその声は届かない。死人である俺の声が生きている人間へ届くことはない。しかも俺と学園長の距離は一メートル以上離れている。救済システムの「1秒間、喋りかけられる」も使えない。獅堂は顔色を変えて叫ぶ。


「まだっす! まだそこにいてください!」

「やっぱり私だけ隠れてるのは、教師として良くないわ」


そう言いながら、学園長はデスクの下から出てきた。そして、ゆっくりとこちらへ顔を向ける。その顔にはまだゴキブリへの恐怖と警戒が残っていた。それとほぼ同時だった。獅堂は冷蔵庫から飛び出していた俺の手を庫内へ押し込み、勢いよく扉を閉めた。バスンという鈍い音が響き渡る。俺本体から見える景色が、一瞬で真っ暗になった。


「捕まえました!」


獅堂は本当にゴキブリを捕まえたかのように、右手をグーにして高く掲げた。焦りと興奮の混じった演技が逆にリアルだった。それから窓際へ駆け寄り勢いよく窓を開ける。外から夏の熱気と風が流れ込んできた。獅堂は右手を窓の外へ突き出し、まるでその中にいるゴキブリを放り投げるような仕草をする。学園長から見れば、本当にゴキブリを捕まえて外へ捨てたように見えただろう。


獅堂は窓を閉めると、学園長の方を向いて自然な笑顔を浮かべた。


「もう大丈夫っすよ」


その一言を聞いた途端、学園長の全身から緊張が抜けた。乱れた髪を手ぐしで整え、胸に手を当てながら何度も深呼吸を繰り返す。頬には安堵の色が浮かんでいた。さっきまでの怯え切っていた表情も柔らかさを取り戻したようだ。


「ありがとう、獅堂君。助かったわ」


獅堂はというと息こそ少し上がっていたものの、口元には余裕の笑みが浮かんでいる。ギリギリの綱渡りを成功させた興奮を胸の内へ押し込みながら、獅堂は平静を装っていた。



コンコンと軽くノックが鳴る。用務員さんが両手に缶ジュースを1本ずつ持って学園長室へ戻ってきた。ドアを開けると、部屋の空気がどこか慌ただしいことに気づいたらしい。開け放たれた窓、少し息の上がった獅堂、安堵した表情の学園長。その3つを順番に見比べながら不思議そうに首をかしげた。


「どうかしました?」


獅堂は「ゴキブリが出たんすよ」と苦笑いを浮かべる。さらに親指と人差し指を大きく広げ「こんくらいデカくて」と説明した。もちろん全部嘘だ。さっきまでこの部屋で慌ただしく動き回っていたのはゴキブリではなく獅堂本人だ。


獅堂は床に落ちていたシャツを拾い上げ、袖を通しながら次々とでまかせを吐いた。それを聞いている用務員さんは疑うどころか「大変だったね」と何度もうなずいている。


それから3人は応接用のソファーへ腰を下ろし缶ジュースを開けた。プシュッという炭酸の抜ける軽い音が静かな学園長室に響く。学園長は湯気の立つ紅茶を口に運び、落ち着きを取り戻した様子で微笑んでいた。


それから自然と話題は学園のことへ移る。学園長は窓の外へ目を向けながら、この学園は亡き父から受け継いだ何より大切な場所であり、今日まで懸命に運営してきたこと、そして幸いにもこれまで大きな問題らしい問題もなく学校を続けてこられたことが何よりの誇りなのだと穏やかに語った。その横顔にはこの学園に人生を捧げてきた本物の愛着と自負がにじんでいる。


そんな姿を見ながら俺は心の中で大きくため息をついた。残念ながらその「大きな問題」はもう起きてしまっている。それも校則違反や不祥事どころではない。殺人事件という最悪の形でだ。そしてその犯人は今まさに学園長の真正面でジュースを飲み、愛想よく相づちを打っている金髪の男、獅堂龍辰なのだ。さらに言えば学園長のすぐ後ろに置かれた冷蔵庫の中には、その被害者である俺の死体が押し込まれている。


その後も他愛もない世間話を3人でしばらく続けた。どれも取り立てて重要ではない話ばかりだったが、その何気ない時間が俺にはひどく腹立たしかった。学園長も用務員さんも、獅堂に対してすっかり好意的な印象を抱いている。それが本当にムカついた。獅堂は更生した不良でもなければ実は優しい少年でもない。ただ俺の死体を隠し切るために良い人間を演じているだけのサイコパスだ。その笑顔も受け答えも愛想の良さも、全部が計算された演技にすぎない。


やがて缶ジュースも空になり自然と話は途切れた。


「獅堂君、ゴキブリを追い払ってくれて本当にありがとう」


話の締めくくりに学園長は礼を言った。獅堂は少し照れくさそうに頭をかき「当然のことしただけっす」と気さくに笑ってみせる。その仕草が鼻についた。



獅堂と用務員さんは古いデスクトップパソコンを手際よく段ボールへ詰め始めた。ケーブルをまとめ、本体を緩衝材で包み、空いた隙間へ付属品を入れていく。少し前までその段ボールの中に入っていた俺は冷蔵庫の中で静かに眠っている。梱包が終わると学園長は「ここに置いたままでいいですよ」と指示した。


その後は冷蔵庫を運び出す準備が始まった。台車が通る導線を確保し、冷蔵庫の前につける。用務員さんと獅堂は互いに目配せすると「せーの」と声を合わせて冷蔵庫を持ち上げる。だがすぐ用務員さんの表情が曇った。それもそのはず。俺の体重55キロが余計に加わっている。持ち上げた瞬間から腕へずしりと負荷がのしかかったことだろう。


「結構重たいな」

「確信したけど空っすよ」


2人は慎重に冷蔵庫を台車へ載せる。獅堂が台車の取っ手を握り、用務員さんが横で冷蔵庫をおさえながら付き添う。その状態で台車はゆっくりと動き出す。2人は学園長室を後にした。



長い廊下を抜けると人気の少ない校舎裏へ出た。夏の生ぬるい風が肌をなで、強い日差しを浴びたアスファルトからむっとした熱気が立ち上っている。裏門近くに設置された第二倉庫までは100メートルもない。獅堂が押す台車はガラガラと音を響かせながらアスファルトの上を進んだ。その様子をどこからか眺めながら神は愉快そうに喋り出す。


「獅堂、なかなか上手く切り抜けるね。とてもいい勝負だ。面白い、面白いよ。そうだろ、灰守」


俺はないはずの唇を強く噛んだ。途中で何度勝利を確信しただろう。佐藤先生が段ボールへ手を伸ばし中身を確認しようとしたとき。用務員さんがパソコンを詰めるため段ボールを開けようとしたとき。学園長がゴキブリ退治に加勢するためデスクの下から出てきたとき。そのたびに獅堂は強運で、あるいは強引に危機を切り抜けた。


俺の勝ちは何度も目前まで迫りながら、そのたびに指の隙間から零れ落ちていった。奇跡のような偶然が何度も重なりデスゲームは続いている。そして気づけば追い詰められているのは俺の方だった。このまま第二倉庫へ運び込まれれば俺の勝つ確率は限りなくゼロに近づく。



台車は何事もなく第二倉庫へ到着した。2人は息を合わせながら慎重に冷蔵庫を台車から降ろす。用務員さんはポケットから鍵束を取り出し、慣れた手つきで第二倉庫のシャッターを解錠した。ガラガラという金属音を響かせながらシャッターを持ち上げると、中からひんやりとした空気と埃っぽい匂いが流れ出てくる。


続いて壁際のスイッチを押すと天井の蛍光灯が一瞬だけ明滅し、倉庫全体を白い光が照らした。中には古い机や椅子、工具、防災用品などが棚ごとに整理されて並んでいる。第二倉庫の中を見るのは俺も初めてだ。恐らく獅堂も初めてなのだろう。周囲をさりげなく見回しながら何かを考えているようだった。


2人で「せーの」と号令をかけながら冷蔵庫を持ち上げる。獅堂は大した苦労もなさそうに冷蔵庫を持っていた。一方、用務員さんの顔には明らかな苦しさが浮かんでいる。そのまま2人で冷蔵庫を支えながら倉庫の入口へ向かって慎重に進む。


あと数歩。第二倉庫の入口は目の前だった。このまま何事もなく運び込まれてしまえば、俺は窮地に追い込まれる。そう思ったときだった。


用務員さんの足が段差へ引っ掛かった。「あっ」という短い声が漏れた直後、その体が大きく傾く。支えていた冷蔵庫も一緒に傾いた。獅堂は突然の出来事に反応し、必死に持ち直そうとする。しかし獅堂といえど重力には逆らえない。体が引っ張られるようによろめいた。


次の瞬間、ドォンという鈍い衝撃音が鳴り響いた。冷蔵庫が横倒しになり、アスファルトへ激しく叩きつけられたのだ。衝撃に耐え切れなかった扉が勢いよく跳ね開いた。同時に、閉じ込められていた俺の体が庫内から投げ出された。肩から地面へ叩きつけられ勢いよく転がる。最後には人形のように手足を投げ出した状態で止まった。

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