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学園で殺されたら、俺の死体隠しデスゲームが始まった件  作者: 座間あぜん


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第7話 ごめんなさいね

「これは?」


佐藤先生の右手が台車の上の段ボールへと伸びた。その指先はまっすぐ獅堂のシャツへ向かっていく。俺は息をのんだ。段ボールの上へ無造作に置かれたシャツをどかしてくれさえすれば、俺の死体が見つかり獅堂は負ける。俺は心の中で「勝った……!」とつぶやく。ここまで何度も希望を裏切られてきた。それでも今度こそ終わる、そう思った。でもその願いは届かなかった。


獅堂の左手が佐藤先生の手首をつかんでいた。あまりにも素早い動きだった。佐藤先生は驚いたように獅堂の顔を見る。生徒が教師の手首をつかむなど普通ではあり得ない。しかも獅堂が握る力は決して弱くなかった。佐藤先生が思わず眉をひそめるほど強くつかんでいる。廊下の空気が一気に張り詰めた。誰も言葉を発しない。ほんの数秒の沈黙なのに、何分にも感じられるほど重苦しい空気だった。


佐藤先生が何かを言うより早く、用務員さんが穏やかな口調で説明を始めた。


「学園長室の古くなったデスクトップパソコンを入れるための段ボールです。彼が手伝ってくれてるんですよ」


佐藤先生は「……そうですか」と言って手を引いた。段ボールへ伸びていた右手がゆっくりと離れていく。獅堂もつかんでいた手を離す。あと数センチだった。たった数センチの距離が俺と勝利の間に立ちはだかった。その現実が悔しくてたまらない。


「獅堂、何度も言ってるが、このままだと出席日数足りないぞ。明日はちゃんと授業に出ろよ。それと髪の毛、アクセサリー、煙草……、退学になってないのは学園長のおかげだからな」


佐藤先生は教師として言うべきことを言った。その口調は厳しかったが、怒鳴るわけではない。獅堂は適当に返事をしながら聞き流していたが、佐藤先生はそのまま廊下を歩き始めた。……と思ったが、佐藤先生は数歩歩いたところで足を止めた。靴の音がぴたりと消えて振り返る。


「灰守のこと見てないよな」

「見てないっすけど……」


獅堂は一拍だけ間を置いて答える。声は落ち着いていた。しかし俺には、その一瞬の間がはっきり分かった。嘘をつくための無意識の間だった。佐藤先生は獅堂の表情を数秒見つめる。何か引っかかるものがあったのか、それとも単なる確認だったのか俺には分からない。やがて先生は小さくうなずいた。


「そうか、分かった」


と言い残し廊下の奥へ歩き去っていく。獅堂はその安堵を押し殺すように台車の持ち手を握り直す。俺の死体を載せた段ボールを押して、再び学園長室へ向かって歩き始めた。



用務員さんの視線が獅堂の左手へ向く。


「その左手の傷はどうしたんだい?」

「これっすか、壊れたスマホで切っちゃって」


その傷は事故ではない。桜の木の下で自分自身で付けた傷だ。学園長が茂みを乗り越え俺の死体を見つけてしまうと悟った獅堂は、とっさに壊れたスマホで自分の手の平を切り裂いた。それによって学園長の注意は血を流す獅堂へと向いた。そして山下先生を呼ぶため保健室へ向かう。そうやって稼いだ時間を利用して、獅堂は誰も使うはずがなかった古いトイレへ俺を運び込んだ。すべてはあの一瞬の機転から始まり、今こうして俺は段ボールの中で学園長室まで運ばれている。


「痛そうだね。ちなみに学園長は去年、左手首を骨折してたんだよ」

「何でなんすか?」

「学園長室でゴキブリが出て、驚いて転んだときに手の付き方が悪かったらしい」


どうでもいい世間話だった。しかし、その何気ない会話の間も台車は少しずつ学園長室へ近づいている。早く学園長室に着いてくれ。そして早く段ボールを開けてくれ。それですべてが終わる。俺を殺した獅堂は死ぬ。存在ごと消える。俺はその結末を何度も頭の中で思い描いた。学園長室まであと数メートル。


獅堂は辺りを見回しながらも逃げることはなかった。そのまま台車を押し続け学園長室の前で足を止める。少し意外だった。獅堂の性格なら途中で台車ごと奪って逃げるくらいの無茶はすると考えていたからだ。しかし、もうそんな選択肢すら残されていなかったのだろう。台車を奪って走り出せば騒ぎになり、やはり捕まることに変わりはない。


用務員さんが学園長室の前で立ち止まり、軽く扉をノックした。俺の鼓動はないはずなのに、胸の奥が激しく高鳴っているような錯覚を覚えた。いよいよ終わる。あと少しでこのデスゲームは決着する。


中から「どうぞ」という穏やかな声が返ってきた。



用務員さんが扉を開ける。獅堂は台車を押しながら「失礼しまーす」と気軽な声を出し学園長室へ足を踏み入れた。そのまま台車を壁際に移動させる。部屋の奥にいた学園長が少し驚いたように目を丸くした。


「あら……」

「彼には手伝ってもらってるんですよ」


用務員さんが笑顔で答えた。学園長はその説明を聞いて安心したように微笑む。獅堂も軽く頭を下げ「どうもっす」と愛想よく返事をした。数時間前にクラスメイトを殺した人間だと疑う者はいない。まさか台車に載った段ボールの中に1人の生徒の死体が押し込まれているとは思っていない。


「もう手は大丈夫なの? いなくなってたから、心配してたんだけど」

「タオル巻いたら血は止まったんで」

「そう。でも保健室に行きなさいね」


獅堂は素直に「はい」と返事をした。その態度だけ見れば模範的な生徒だった。学園長の前では乱暴な様子を一切隠して、不良の見た目をした従順な生徒を演じている。その切り替えのうまさが今こうやって普通に学生生活を送れている理由だ。


用務員さんは部屋の隅に置かれた古いデスクトップパソコンを指差し「それですね」と言った。学園長が「えぇ、そう」と返す。その言葉を聞いて、いよいよだと思った。


用務員さんは台車へ近づく。勝った。今度こそ俺は勝利を確信した。段ボールの上に掛けられた獅堂のシャツをどかせば終わる。そこから飛び出した俺の頭が見える。ようやくこの悪夢が終わるのだ。あと数秒。俺はその瞬間を待った。


獅堂もさすがに観念したのか、力なく天井を見上げた。それから両手の指の骨をポキッポキッと鳴らし始める。その乾いた音が静かな学園長室に響いた。そして用務員さんの後ろへと忍び寄っていく。


何をするつもりだ。まさか用務員さんを絞め殺す気なのか。一瞬そんな考えが頭をよぎる。俺の背筋に冷たいものが走った。いや、さすがにあり得ない。ここは学園長室だ。すぐ近くには学園長もいる。この状況で人を殺すなんてある種の自殺行為にも等しい。


だが獅堂は迷うことなく用務員さんの首へ後ろから腕を伸ばす。その動きにためらいはない。狙いを定めた獣が獲物へ飛びかかるようだった。俺の心臓が嫌な音を立てる。まさか、本当にやるつもりなのか。気づけば俺は「やめろ!」と叫んでいた。それでも獅堂の手は用務員さんの首元へ伸びていく。


そのときだった。


「作業の前にジュースでも飲んで」


学園長は柔らかな笑みを浮かべながらそう言って、冷蔵庫の方へ歩き出した。それを聞いた用務員さんは顔を上げ学園長の方を向いた。獅堂も伸ばしていた手を何事もなかったように引っ込める。もし学園長の声かけが少しでも遅ければ、獅堂の手は確実に用務員さんの首へ届いていた。


用務員さんは「ありがとうございます」と学園長に言って台車から離れる。その後ろ姿を見て、ひとまず殺されずに済んで良かったと安心した。しかし、その一方で俺の勝利はまたお預けとなったのも事実だった。



用務員さんは応接用のソファーへ腰掛け、獅堂にも隣へ座るよう促した。獅堂は言われた通り大人しくソファーに腰を下ろした。さっきまで指の骨を鳴らしていた手は、今度は膝の上で静かに組まれていた。表情も落ち着いている。しかし俺には分かる。その静けさは冷静さではない。頭の中では次の一手を猛烈な勢いで考えている。獲物を狙う肉食獣が身を低くして機会をうかがっているのと同じだった。


学園長室には冷蔵庫が2つ置かれていた。学園長は一回り大きな方の冷蔵庫の取っ手へ手を掛ける。そのとき用務員さんが獅堂の耳元へ少し顔を寄せ、小声で話しかける。


「小さいほうの冷蔵庫は明日業者に引き取ってもらうから、第二倉庫に運びたいんだ。だから君が手伝ってくれるのは助かるよ」


小さいほうと言っても、俺と同じくらいの高さはある。160センチほどの2ドア冷蔵庫だった。すでに電源は抜かれている。獅堂は何も言わず小さくうなずく。その目は小さいほうの冷蔵庫をじっと見つめていた。嫌な胸騒ぎがした。


「あら、ごめんなさい。もうジュース切らしちゃってるわ。申し訳ないけれど、お金を渡すから2人分買ってきてもらえるかしら?」

「じゃあ私が行きますよ。獅堂君は手を怪我してますから」


そう言って用務員さんは立ち上がった。学園長からありがたく千円札を受け取り、軽く頭を下げて部屋を出ていく。学園長室のドアが閉まる。



部屋の中には学園長と獅堂、そして段ボールの中に隠された俺がいる。この静けさのあとに何が起きるのか。そう考えただけで緊張感が増した。


「第二倉庫に運ぶのって、その小さいほうの冷蔵庫ですよね」

「そうよ。ごめんなさいね。手間をかけさせちゃって」

「いや、全然。近くで見ていいっすか?」

「どうぞ」


獅堂はゆっくり立ち上がり、小さいほうの冷蔵庫へ歩み寄る。その足取りに焦りは感じられない。扉へ手を掛け静かに開く。中は当然ながら空の状態だった。電源ケーブルは抜かれているため冷気もなく、白い庫内がぽっかりと口を開けている。


獅堂は学園長と適当な世間話を続けながら、頭の中で何かを計算しているようだった。庫内に取り付けられていた棚板を、1枚、また1枚と静かに外し始める。プラスチックが擦れる小さな音がしたが、学園長も特に気にする様子はない。


獅堂は外した棚板を冷凍室へまとめて押し込んだ。その様子を見て俺はこいつの狙いを確信した。段ボールの中にいる俺をこの冷蔵庫へ移すつもりだ。棚を外したことで、膝を折り曲げれば身長160センチの俺でもぎりぎり収まる空間ができている。


とはいえ同じ部屋には学園長がいる。確かにデスクの椅子へ腰掛けて書類に目を通しているが、距離はほんの数メートルしか離れていない。この状況で俺の死体を段ボールから冷蔵庫へ移すなんて無茶だ。どう考えても不可能である。ここまでどうにかこうにか切り抜けてきた獅堂でも、今回ばかりは打つ手がないはずだった。


静かな室内にはエアコンの低い駆動音と、学園長が書類をめくる小さな音が流れていた。俺は胸騒ぎを覚えながら獅堂の次の行動を見守る。といっても、獅堂にできることなど何もない。だから用務員さんがジュースを買って戻ってくるのを待っていればいい。


3人で一息つき、用務員さんがデスクトップパソコンを段ボールの中に入れようとする。そのとき段ボールの上におかれた獅堂のシャツがめくられ、俺の死体が見つかる。俺の頭にはそこまでの流れが浮かんでいた。ようやく終わる。俺はそう信じきっていた。


次の瞬間だった。獅堂は部屋中へ響き渡るほどの大きな声で叫んだ。


「ゴキブリ!」

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