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学園で殺されたら、俺の死体隠しデスゲームが始まった件  作者: 座間あぜん


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第23話 幸せになってくれ

「泉羽、ライターを拾って俺の顔を見ろ! それと、お前のことが好きだ!」


救済システム3つ目。「1秒間、喋りかけられる」を使って俺は泉羽に声を届けた。言いたいことは山ほどあった。来てくれてありがとうの思いも、守れなくてごめんという気持ちも伝えたかった。それでも全部を捨てて、一番伝えるべき言葉を選んだ。


声は一瞬で闇に溶け、すぐに静寂が戻ってくる。その1秒が俺の人生最後の声だった。


「灰守、1秒に収まってないよ。ちょうど『好きだ』の部分が届いてない」

「うるさい、黙ってろ!」


神の溜息が聞こえた。


「トージ……?」


泉羽が不思議そうにつぶやく。暗闇の中で目を丸くして俺を見ているのが気配で分かった。そりゃそうだ、意味が分からないだろう。獅堂はひとりでに後ろの壁まで吹き飛ぶし、俺は机に突っ伏したまま動かないのに、声が聞こえたのだから。


それでも泉羽は恐怖より先に俺の名前を呼んでくれた。そのかすれた声が俺の胸をぎゅっと締め付ける。ちゃんと聞こえた。たったそれだけのことが死んだ俺には嬉しかった。


泉羽に必要なことは伝えた。後半の告白が聞こえなかったのは悔しいが、それは二の次だった。このデスゲームに勝つことが最優先。あとは泉羽に実行してもらうだけだ。頼んだぞ、泉羽。


泉羽は俺の指示通りにライターを探しだす。四つん這いになって床を手探りしている衣擦れの音が聞こえてくる。教室は暗くて探しづらい。しかし獅堂が先ほどまで持っていたライターがこのあたりの床に落ちているはずだ。


冷たい床をはう泉羽の指先は震えているだろうか。こんな状況に巻きこんでしまって申し訳ないと思った。本当なら今頃ベッドでくつろぎ、のんびり眠りについていたはずなのに。全部俺のせいだ。本当に悪いと思っている。それでも俺が頼れるのは泉羽しかいない。


ライターの火で明かりを灯し、その光で俺の顔を見てくれればデスゲームに勝利できる。



そのとき、後方の壁際で巨体がうごめく気配を感じた。静かな教室の中で壁に背中をこすりつける不穏な音が聞こえた。獅堂はゆっくりと体を起こし始めていた。その気配だけで絶望が押し寄せてくる。


「他人に殴られたのは初めてだ。クソが……。鼻まで折りやがってよ。ただじゃ済まさねぇぞ!」


その声には怒りと殺意が混じっていた。獅堂から放たれるどす黒い殺気が肌を刺すようだった。死体の俺ですらそう感じるのだ。泉羽はさらに敏感に感じ取っているはずだ。俺は泉羽に向かって「急げ!」と何度も叫ぶ。しかしもう俺の声は届かない。どれだけ大声を張り上げても、言葉は虚無へ吸い込まれる。


「あった……!」


泉羽はライターを見つけた。よし、これで光が作れる。俺の顔を照らせる。胸の奥で消えかけていた希望が一気によみがえった。


泉羽はすぐに火をつけようとする。親指で金属のローラーを必死に回した。シュッ、シュッ……。しかしライターの火はつかない。何度繰り返しても炎は現れず、小さな火花が虚しく散るだけだった。


暗闇は何事もなかったかのように教室を覆い続けている。


バカか、俺は……。獅堂は豪雨の中を逃げ回っていたのだから、ライターがしけるのも当然だった。そんな当たり前のことすら頭から抜け落ちていた。あまりにも浅はか。俺の計算ミスが致命的な状況を引き寄せていた。


俺はメッセージを間違えた。泉羽に伝えるべきは「俺のことはいいから、迷わず逃げろ」というその一言だった。ごめん、泉羽。俺のせいだ。悔しさでいくら歯を食いしばっても、もう時間は戻らない。


「お願い! ついてよ!」


泉羽は焦っている。指先が震えてローラーを滑る。息が荒くなり、パニック状態であることが分かった。そもそも泉羽はライターを使うこと自体が初めてかもしれない。焦れば焦るほど力の入れ方は乱れ、火花だけが空しく散っていく。


校舎内は停電でどこにも明かりはない。懐中電灯は獅堂によって破壊された。窓の外は分厚い雨雲に覆われ、月明かりすら届かない。


……詰み。そんな言葉が脳裏をよぎる。だがすぐに首を振って打ち消す。まだ終わっていない。終わりだと決めるのは最後の最後でいい。考えろ、考えろ。何かあるはずだ。絶対に、まだ見落としている道があるはずだ。



獅堂が近づいてくる。水を含んだ重い足音が1歩ずつ床をきしませて距離を詰めてくる。その音はゆっくりなのに、異様な威圧感があった。急ぐ必要などない。獲物はもう逃げられない。そう確信している捕食者の歩き方だ。死を宣告する絶望的な足音が、教室の静寂を踏み潰しながら迫ってくる。


暴力的な腕が伸び、泉羽を突き飛ばした。泉羽の小さな体が宙を舞い、机や椅子に激突する痛々しい音が響く。その音を聞いた瞬間、心臓が握り潰されるような感覚に襲われた。それ以上、泉羽に触れるな。そう願っても現実は何一つ変わらない。


獅堂は机に突っ伏した俺の髪をわしづかみにした。そのまま乱暴に持ち上げ、俺の顔に唾を吐く。そして襟首を持ち、窓に向かって俺の後頭部を叩きつけた。ドンッ、ドンッ、と鈍い衝撃音が鳴る。脳髄が揺さぶられる錯覚に襲われた。獅堂は何度も叩きつける。


「やめぇぇえええっ!!」


泉羽が俺を見上げて叫んだ。その声は悲痛に歪み、涙で顔はぐしゃぐしゃになっていることだろう。泉羽は床をはって俺に近づき、獅堂の足首を掴む。


バカ、俺のことはいいから逃げろ。


案の定、獅堂は泉羽を容赦なく蹴り飛ばした。鈍い音とともに泉羽の体が転がる。もうやめてくれ。どうせ俺はもう死んでいる。だから泉羽、もういいんだ。俺のことはいいから逃げろ。そんな言葉を虚しく胸の中で繰り返す。



ついに窓ガラスが割れた。無数のガラス片が弾け飛ぶ。割れた窓ガラスは教室内と窓の外へ降り注ぐ。ぽっかりと空いた穴から雨が吹き込んでくる。湿った強風がカーテンを激しくはためかせ、教室中の書類を巻き上げる。俺の後頭部から冷たい血がドクドクと流れ、雨水と混じって制服を赤黒く染めていた。


獅堂は俺の襟首を持ったまま上半身を窓の外へ突き出す。宙にぶら下がる両腕が力なく揺れる。獅堂が手を放せば、俺はそのまま地面へ真っ逆さまだ。


「もっぺん死ねや、灰守」


この1年A組の教室は4階だ。落ちれば全身骨折は免れないだろう。もちろん既に死んでいるため痛みはない。でも自分の肉体がゴミのように投げ捨てられ、完全に破壊される光景を想像すると吐き気にも似た嫌悪感が込み上げる。


「いやぁぁぁあああああっ!!!」


泉羽が床に横たわったまま叫ぶ。喉が焼けるほどの悲鳴が、豪雨と吹き荒れる風の音を切り裂いた。その叫びには、恐怖も絶望も悲しみも全部詰まっていた。


ありがとう、泉羽。俺のために傷だらけで頑張ってくれて。俺のために泣いてくれて。もう十分救われた。だからもう俺に構わなくていい。この場所から逃げてくれ。



現在時刻は23時57分45秒。残り時間は『〇〇時間02分15秒』を示していた。俺がこの世界から完全に消滅するまであとわずか。時計の針は止まってくれない。


35時間という時間は、短いようで長く、長いようで短かった。結局、誰にも顔を見られることはなかった。そして最後は4階から突き落とされるらしい。まぁ、それはしょうがない。俺自身の結末に後悔はない。


問題は泉羽だ。泉羽のことが心配でたまらない。俺がいなくなったあと、この教室に取り残された泉羽のことを思うと気が気でない。きっと獅堂から酷い目に遭う。理性の壊れた獣が、このまま大人しく引き下がるはずはない。一番大切な泉羽を守れない無力な自分が心底情けなかった。


泉羽は俺の姿を見て、ただ泣き叫んでいる。こんなにも取り乱し、こんなにもボロボロになって泣く泉羽は初めて見た。


「ごめんな、泉羽」


俺がデスゲームに参加したせいで、泉羽にこんな苦しい思いをさせている。こんなことになるなら、神の誘いを断るべきだった。誰にも迷惑をかけず、校舎裏の茂みで天国へ行く選択をするべきだった。


「神、俺の魂はお前の好きにしていい。地獄でもどこでも連れて行け。だから頼む、泉羽を助けてやってくれないか」

「どんなにお願いされたところで」

「どうか、どうか、お願いします……!」

「もちろん答えはノーさ。そうだろ、灰守」


神が残酷な返答をすることは分かっていた。それでも神にすがる以外、何も思いつかなかった。



「ごめん、泉羽。守れなくてごめん」


最後に見るのが、泉羽の泣き顔だなんて。俺は本当に最低だ。こんな顔をさせたかったわけじゃない。笑わせてやりたかった。安心させてやりたかった。心が痛む。


そのとき、死んでいるはずの俺の目から涙がこぼれ落ちた。雨がたまたま目に入っただけかもしれない。そんなことはどうでもいい。


泉羽とのささいな思い出が、次々と頭の中を駆け巡っていく。忘れていた記憶が一気に流れ込んでくるようだった。幼稚園の頃から今まで、俺たちはずっと一緒だった。


幼い頃は、公園で泥だらけになって遊んだ。夕方になっても帰ろうとせず、鬼ごっこやかくれんぼを何度も繰り返した。転んで膝をすりむいたこともあった。


小学生になって、くだらないことでケンカをしたこともあった。それでも次の日には、何事もなかったように楽しく話していた。


中学、高校と進んでも、朝は大抵同じ時間に家を出て一緒に登校した。眠そうな顔で歩きながら、最近ハマっている漫画やアニメの話をしたり、先生の愚痴を言ったり、テスト前にはお互いの家で勉強会もした。学校からの帰り道でコンビニへよってお菓子を買い、カラオケやゲームセンターに寄り道したこともあった。


俺が忘れ物をすれば、呆れた顔をしながら何でも貸してくれた。俺の体調が悪ければ、すぐに気づいてくれた。正直、何かと俺に世話を焼いてくるのが少しうっとうしいと思ったこともある。でも嫌じゃなかった。むしろ、そんな泉羽の優しさに何度も助けられてきた。


どれも特別な出来事じゃない。だからこそ今になって1つ1つが胸に刺さった。あのときの俺は何が幸福なのか、何も分かっていなかった。どうせ明日も明後日も、同じような日々が来ると思っていたからだ。


泉羽が隣にいるのは当たり前で、それがずっと続いていくものだと思っていた。でも、そんな当たり前に思えた日常は、約束されていなかった。今日が無事に終わることも、明日また会えることも、本当は当たり前なんかじゃない。いくつもの偶然と幸運が重なって、奇跡的に続いていたものだった。


「愛してる。幸せになってくれ、泉羽」



俺の視界に獅堂が割り込んだ。


「地獄に落ちろ、灰守」


数秒後、獅堂は俺から手を放す。支えを失った俺の体は落下する。地面に転がって間もなく、時刻は24時となりデスゲームが終了する。俺の人生も、泉羽との思い出も、すべて消えてなくなる。俺は存在ごと、生まれてきた事実すら消滅する。


ゆっくりと心の目をつむった。俺は、迫り来る終わりを静かに受け入れた。


そのときだった……!

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