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学園で殺されたら、俺の死体隠しデスゲームが始まった件  作者: 座間あぜん


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第18話 先生がたには内緒ですよ

図書室に入ってきたのは、ラウンジスペースで獅堂に声をかけてきた60代のベテラン刑事だった。太った体格で腹が大きく前へ出ている。いかにも長年刑事をやってきた人間という雰囲気があり、歩き方にも落ち着きがある。刑事は室内を見回し、パソコンの前に平然と座っている獅堂に気づいた。


「おや、先客がありましたか」


獅堂が立ち上がり、さも新人刑事のようなかしこまった態度で喋り出す。


「体調が悪くなったので、少しこちらで涼んでいました」

「獅堂さん、お昼に会ったばかりじゃないですか。コスプレって言うんでしたっけ。様になってますよ」


そう返して刑事は笑い出した。数時間前に見た顔なのだから当然といえば当然だ。だが獅堂は刑事に名前を教えていない。刑事が自ら先生に聞いたのだろう。


「刑事ってかっこいいじゃないすか。憧れてて」


獅堂は思ってもいないことを口にした。


「そう言ってもらえると嬉しいですなぁ」


刑事は穏やかな声で言った。どこでその制服を手に入れたのかと怒る様子はない。


「家に帰られた後こちらへ?」

「忘れ物をとりに来たあと体調悪くなったんで」

「そうですか、そうですか。いや、いいんですよ。怒っているわけじゃありません。ここだけの話、私もサボろうと思ってここに来たんです」


刑事は大きな声で笑った。そして名刺を差し出した。


「名乗るのが遅れてすみません。鶴田といいます」


獅堂が名刺を受け取る。捜査一課係長という言葉と、鶴田和彦という名前が書かれていた。鶴田さんは獅堂の正面にある椅子へ腰を下ろした。椅子が体重を受けて軋む。苦いタバコの匂いが漂ってきた。



「捜査は順調っすか?」

「まぁ、順調といえば順調ですかな」

「将来のためにきいておきたいんすけど、刑事ってどうやって犯人を探すんすか」

「ほぉ、勉強熱心なことで。まずは現場の保存ですね。立ち入りを制限して、指紋や足跡、髪の毛などの証拠を採取します。それから現場の状況を撮影したり、目撃者を探したり、近所へ聞き込みをしたり、防犯カメラを確認したり。そんなところでしょうか」


鶴田は丁寧に答えた。獅堂は「ガチっすね」と軽く返す。失礼な奴だ。鶴田は当然だとばかりに笑う。その笑顔の裏で、どれだけ獅堂を疑っているのかは分からない。でも何かが動き出そうとしている。俺はそう感じていた。


「今回は3人も殺されてますから。いや、4人かもしれません」

「それは、灰守もってことっすか?」

「察しがいいですね、その通りです。行方不明になってるあなたのクラスメイト、灰守灯路くんです。私は1課なんで殺人事件の担当ですが、同一犯の犯行じゃないかって気がしてましてね」

「刑事の勘ってやつだ」

「はい。これでも結構当たるんです」


鶴田は白髪交じりの頭を揺らしてニマニマと笑った。目尻のしわが深く刻まれている。しかし瞳の奥には、野獣を追い詰める猟師のようないやらしい光が宿っている気がした。


鶴田がしわだらけの手でポケットを探り、少し曲がったタバコを取り出す。口にくわえて、使い捨ての100円ライターを使おうとする。しかしライターの火がつかない。カチッ、カチッと安っぽい音が鳴るだけだった。


それを見て、獅堂がズボンから自分のライターを取り出す。シュボッという音とともに、オレンジ色の小さな炎が出た。獅堂は腕を伸ばして刑事のくわえるタバコの元へ火を差し出した。


「こりゃどうも。先生には内緒でお願いします」

「分かってるっすよ」

「獅堂さんもよければ吸ってください。もちろん、先生には言いませんから。私の世代だと、学生も当たり前のように吸ってたもんです」


刑事はタバコの煙を深く吸い込み、ゆっくりと吐いた。白く濁った煙がエアコンの風に乗って流れていく。


獅堂もタバコを吸い始めた。余裕を見せつけるように鼻から太い煙を吹き出した。



「鶴田さん、ズバリ犯人は?」

「んふふふふふふ。踏み込みますなぁ」

「だって、気になるでしょ」


獅堂はふてぶてしい態度で言った。自分が全てを支配しているという歪んだ優越感がそうさせるのか。それとも逆に、余裕のなさからくる心理が働いているのか。


「事件のあと、犯人が現場に戻る確率は高いと言われています。現場に残した凶器や私物の回収、指紋や血痕の隠滅、野次馬根性、執着、罪悪感、動揺……。色々ありますが、今回の犯人はむしろ捕まってもかまわないと思ってるふしがあります」


鶴田は太い指でタバコをはさみ、自前の金属製携帯灰皿に灰を落とした。


「と言うと?」


獅堂は椅子の背もたれに体重をあずけた。余裕を装っているが、心臓は嫌な音を立てている。


「亡くなったメンテナンス業者の方の財布に、犯人のものかもしれない指紋がついていました。同じ指紋が倉庫にもべったり。血痕も残したまま。脇が甘すぎると思いませんか?」


獅堂は何も言わない。いや、言えなかった。額に冷たい汗がにじんでいる。


「それだけじゃないです。実は、朝一番に学園へ来られた先生によりますと、1階の窓ガラスが割られていたようです。その割れた窓の近くには、手の平にのるサイズの石も落ちていたそうで……。もちろん放課後の時点では、その窓ガラスは割れていなかったとのことでした。つまり、学園から人がいなくなったあと、夜から早朝にかけて割られたわけです」


獅堂が小さく息を吸いこみつばを飲んだ。


「しかも廊下には2歩分だけ足跡が残っていました。犯人は足跡をたどられるとまずいと思って靴を脱いだんでしょう。でも不思議です。なぜ夜の校舎に忍び込んだんでしょう。獅堂さん、どう思われます?」

「さぁ、警察の捜査を混乱させるためとか」


獅堂は無意識のうちに、テーブルの下で拳を強く握りしめていた。


「なるほど。まっ、その足跡も鑑識に回してるので、混乱させるどころか証拠をプレゼントされてる気分なんですが」


そう言って鶴田はタバコの煙を吐いた。吐き出された白い煙が、2人の間をゆっくり漂いながら消えていく。その煙の向こう側で、経験豊富な刑事は笑みを浮かべていた。獅堂の背中に汗が流れた。



「分からないことはまだあります。犯人かもしれないその人物は、第2倉庫の寝袋を使用してるようなんですよ」


獅堂は鼻で笑いながら「そいつが使った保証はないでしょ」と短く言い放つ。頑張って余裕を装っていた。


「いいえ。財布、窓枠にあった指紋と同じ指紋が検出されましたから。ちなみにですね、用務員さんにきいたところ、寝袋は昨日までに1度も使用されていないそうです」


刑事の声はどこまでも平坦で落ち着いている。ただ事実を淡々と話しているだけなのに、獅堂の顔から血の気が引いていくのが分かった。


「それと、その寝袋から毛根が見つかりました。誰の毛根でしょうねぇ。鑑識で調べてもらっているので、数日後には分かります」

「犯人が仮眠でもとったんじゃないすか。それ以外にないと思うんすけど」


鶴田さんは低い声で笑った。


「獅堂さん、犯人の気持ちになって考えてください。警備員2人を殺したあと、あるいは殺す前、わざわざ第2倉庫に行って寝袋で寝ますかね。私は灰守さんを寝袋に入れたんじゃないかと考えています。あっ、刑事の勘ですよ。んふふふふふふっ……」


この刑事はすごい、俺は素直にそう思った。獅堂の指先が、ほんのわずかに震えている。


「そうそう、これも用務員さんから聞いたんですが、昨日、第2倉庫のシャッターの鍵を閉めたのは獅堂さんだそうですね。ちゃんと閉められました?」


刑事の質問は鋭い刃物のように、獅堂の喉元へ突きつけられる。


「閉めたっすよ。用務員さんも見てましたし」

「そうですか。今朝は開いていたようですがね。まっ、そういうこともありますわな」


そう言って鶴田さんは笑う。笑いながら自前の携帯灰皿を獅堂に差し出し、灰を落とすよう促す。俺は確信した。この鶴田という刑事は、獅堂が犯人だと思っている。



「それにしても、犯人の行動原理が分かりません。40年以上刑事をやってきましたが、初めてですよ」

「ベテラン刑事でも予測できないってことっすか?」

「犯人は必ずミスして現場に証拠を残します。ですが非合理的な犯人は1人もいません。1人も、です。だから寝袋を使ったのも、夜に校舎の中を歩いたのも、必ず意味があります」


鶴田さんは真上に煙を吐いた。獅堂は息をするのも忘れその煙を見つめていた。数秒の沈黙が流れる。異様な空気に堪えられなくなったのか、獅堂は唐突に喋り出す。


「ぶっちゃけ俺は、灰守が犯人だと思ってんすよ。だからこの学園から逃げて、姿をくらましたんじゃねえかなって」


よくもまあ、そんなことを平然と言えるものだ。俺を殺した張本人が俺を犯人扱いしている。警察官の目の前で堂々と嘘をつく姿を見ていると、腹の底から怒りが込み上げてくる。倫理観の欠片すら持ち合わせていない。


「灰守さんのことは先生に伺いましたが、真面目な普通の生徒だったようです。人を殺せるタイプではないでしょう」

「意外とそういうやつほど、平気で人を殺したりするんすよ」

「これは私の推測ですが、今回の事件の犯人は承認欲求が強いと思うんです。注目を浴びたい、認められたい、自分は特別な人間だと思いたい。その一方で計画性はなく、警察に対しては挑発的です。そういった精神の幼さを考えると確かに子供の犯行でしょうが、灰守さんには当てはまりません」


「へぇ」と言いながら、獅堂の口角が引きつったように上がる。強がるための笑みは、もはや焦りを隠しきれていなかった。


「ここに来てる警察官全員が思ってますよ。今回のヤマの犯人は、まれにみるバカだって」


鶴田さんは獅堂を見てニコッと笑った。その笑顔は、獅堂がどんな反応をするのか試しているようでもあった。獅堂は爪が皮膚へ食い込むほど強く拳を作っていた。



「そろそろ仕事に戻りますかな」


鶴田さんは吸っていたタバコを携帯灰皿へ押し当てる。赤い火種がジュッと音を立てて消えた。鶴田はその銀色の携帯灰皿を獅堂の前へ差し出した。獅堂もそこへタバコを押し込んだ。


「これから何するんすか?」

「屋上に行きます」


獅堂の体に緊張感が走った。屋上に設置された高置水槽には俺の死体が沈んでいる。


「俺もついて行っていいっすか?」

「ほぉ、ご一緒にですか……」

「鶴田さんの仕事を見て勉強したいんすよ」


鶴田さんは笑った。


「分かりました。刑事の格好もしてくださってますし。一緒に実況見分しましょう。でも、先生がたには内緒ですよ」

「うぃっす」


いよいよだ。鋭い観察眼を持つ刑事、鶴田さんが屋上へやって来る。鶴田さんは獅堂を疑っている、というか犯人として目星をつけている。しかも獅堂が夜の学園に忍びこみ、校舎の中を移動したことまで分かっている。


あとは俺が屋上に運ばれた可能性に気づいてくれれば、高置水槽の中も調べてくれるだろう。いや、もしかしたらその可能性も視野に入れているかもしれない。勝てるという期待が冷え切った俺の全身を熱く駆け巡った。

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