第17話 次のデスゲームに生かさせてもらう
獅堂は警察官の制服姿で学園に現れた。悪目立ちする金髪はすっぽりと帽子の中へしまい込んでいる。デザインの作りこみといい生地の質感といい、その制服は本物のようだった。量販店で売られているものとは明らかに違う。警察官の家に忍び込んで盗み出したのだろうか。
それにしても、何のつもりでこんな格好をしているのか。決まっている、完全に悪ふざけだ。獅堂の腹の中では人をだますことへの興奮があるに違いなかった。
周囲の警察官たちも完全にだまされている。獅堂はすれ違う本物の警察官に対して軽く会釈をし、ときには敬礼まで交わしている。見ているこちらが腹立たしくなるほど堂に入っていた。誰も疑わないし止めようともしない。血の匂いが残る事件現場へ、この男は公然と戻ってきたのだ。
けたたましい声で蝉が鳴く中、校舎裏の桜の木が切り倒されていた。俺が殺されて、最初に隠された茂みのそばの桜だ。獅堂は作業中の造園業者に声をかけた。
「ご苦労様です」
相手を安心させるような穏やかな声の演技が鼻につく。
「どうも、刑事さん。あの……、殺人事件ってのは本当ですか?」
周囲を気にするように、造園業者の男は声をひそめて小声で尋ねてきた。男は獅堂のことを本物の警察官だと思い込んでいる。
「ええ、3人殺されました。ここだけの話、犯人はこの学園の生徒です」
獅堂は自らの罪を他人の出来事として語る。ふざけやがって、全部お前のやったことだろうが。そう叫びたい衝動が体の中を駆け回り、俺の神経をギリギリとひっかいた。
「えぇっ!? 嘘でしょ!?」
「本当です」
「うわー……、最近の若いもんは何を考えてんだか。早く事件解決してくださいよ」
男の言葉を聞いて、獅堂は興奮しているようだった。だまされていることに気づいていない大人の姿は、獅堂からするとひどく滑稽に映るのだろう。
「もちろんです。このことは、内密にお願いします」
表面上は真っ当な警察官を装って、獅堂はその場を立ち去った。大人をだました快感が、獅堂の背筋をゾクゾクと這い上がっているのだろう。全身の産毛が逆立っていた。少し離れた場所まで歩いたあと、獅堂は肩を震わせ声をおさえながら笑った。
「俺が犯人だっつうの。どいつもこいつも、バカばっかだなぁ」
夏の気怠い空気に浮かされたまま、獅堂は校内へ足を踏み入れた。校内にはまだ教師が残っている。すれ違う先生たちは、警察官の制服を着た獅堂に気づかない。軽く頭を下げて通り過ぎていく。獅堂の鼓動は激しく打ち鳴らされ、毛穴から快感が吹き出していた。なぜこんなことに興奮できるのか不思議だった。俺には共感できない。
獅堂はラウンジスペースで自販機のボタンを押す。炭酸入りジュースが落ちてくる。さらに隣の自販機でバニラのアイスも買った。
その後、静まり返った図書室の中へと入っていく。当たり前だが誰もいない。エアコンのリモコンを手に取り、冷房を18度に設定した。
奥にある視聴覚コーナーへと向かう。そこにはパソコンが置かれている。獅堂は電源を入れてブラウザを立ち上げ、動画配信サービスを開いた。キーボードを叩いて自分のアカウント情報を入力する。画面には映画やドラマがずらりと並ぶ。獅堂は最近話題になっている刑事ものの映画を選んで再生した。
冷たいジュースを飲んではアイスを口に運ぶ。俺を含め4人の命を奪っておきながら、獅堂は警察官のコスプレをして映画を楽しんでいる。正常な神経では考えられない行動だ。
映画は年老いた刑事が連続殺人鬼を追っている。それはよくある設定で、獅堂の置かれた状況そのものだった。物語が半分を過ぎたあたりで、犯人は手錠をかけられた。しかしその犯人は紙を挟むための大きなクリップを器用に使い、手錠の鍵穴をこじ開けてしまった。警察があっさり犯人を取り逃がすシーンを見て、獅堂は声を漏らす。
「バカすぎだろ」
そのあたりで映画に飽きたのか、獅堂は映画を再生したままマウスを動かし始める。検索窓に卑猥な言葉を打ち込んで、大人の生々しい欲望が渦巻く動画サイトを開いた。男女の交わる映像が無修正で映し出される。獅堂は画面を2つに分割して、刑事ものの映画とアダルト動画とを同時に再生しだした。
獅堂は濃紺のズボンを膝のあたりまで無造作に引き下げる。自分の下半身を太い指で握りしめ、卑猥な音を立てながらこすり始めた。画面から流れる女のあえぎ声に合わせて、獅堂の息遣いが図書室の静かな空気を汚していく。心底気持ち悪いと思った。
同時に、心の奥から激しい怒りが沸きあがってきた。こんなやつに負けるわけにはいかない。俺は自分の心を落ち着かせようと、こう思うことにした。この獅堂というおぞましい怪物を殺すために俺は生を受けたのだ、と。こいつの息の根を止められたら、俺の人生にも価値があったと思える。
そうだ。他人を傷つけ騙すことで自分の欲望を満たすこの怪物を殺すため、俺はデスゲームに参加した。俺はこいつの息の根を確実に止めなければならない。つまり何が何でも勝たなければならない。俺や警備員やメンテナンス業者の命に見合うだけの苦しみを与えて、獅堂を殺す。
俺は一旦、視界ジャックをやめた。獅堂の自家発電を見ている気にはなれなかった。高置水槽の中に沈む自分に意識が戻る。俺がいま対峙すべきは獅堂ではない。神だ。
「おい神、このままだと史上最低なクソゲーということになるぞ」
「そう言われると心が痛むなぁ」
俺の中に直接響いてくるその声には、血が通っていないような薄気味悪さがある。実際通っていないのかもしれない。
「深夜24時まで、特に山場もなくダラダラ時間が過ぎる。それでいいのか。こんなデスゲームの何が面白い? 他の神に笑われるぞ」
このまま何事もなく時間が過ぎれば、デスゲームは獅堂の勝利で終わる。それだけは避ける必要があった。
「痛いとこ突いてくるね。それで、何が言いたいの?」
「何度も言うが、このデスゲームは俺にとって不利すぎる。せめて救済システムをもう少しマシなものにしろ。使いどころもないし、機能してないだろ。こんなんじゃないのと一緒だ」
ルール上、俺に使えるのは救済システムのみ。1秒間だけ自分の息を吹きかけられる。1秒間だけ生きた人間に直接触れられる。1秒間だけ自分の声を他者に届けられる。これらは俺の死体から半径1メートル以内に位置する人間に対して1度ずつ発動できる。
こんなものを使うべきタイミングが来るかどうかも分からない。しかし、いざ使うチャンスが訪れたときのために、俺は少しでも自分に有利なルールに書き換えておきたかった。獅堂が慢心する隙をつく。それに賭けるしかないのだ。
「やっぱりそうきたか。君の気持ちは分かるよ。でも、始まったものを途中で変更することはできない。言ってなかったけど、獅堂も救済システムの変更は拒否してるしね。君の意見だけ反映させるのは公平公正に反する。そうだろ、灰守」
見えない場所にいる神はひどく呆れ返っていた。でも折れるわけにはいかない。
「獅堂は絶対に死ななきゃいけない人間なんだよ。分かるだろ!」
「そんなことを言われてもねぇ……。困ったなぁ」
神は、俺がわがままを言う子供みたいな反応をした。冗談じゃない。神からすればただのお遊びでも、俺にとっては真剣勝負だ。この世に生まれた自らの証をかけて、獅堂によって命を奪われた人たちの思いを背負って戦っている。
「神、お前がデスゲームを純粋に楽しみたいだけなのは分かってる。だからどちらにも肩入れせず、中立でいられるんだと思う。でもさ、このデスゲームつまんないよ。つまんない、マジで。ほんとつまんないって。だって盛り上がりにかけるもん」
俺はこれまで溜め込んでいた不満を一気に吐き出した。吐き出すことが重要だと思った。神に感情というものがあるのかどうか分からないが、心を揺り動かすことが第一に俺のやるべきことだと考えた。でなければこの交渉はうまくいかない。
「正直言って、観客がいたら退屈過ぎて席立つレベルだよ。そう思わない? 思うでしょ。もう、とにかく面白くない。何も起きない時間が長すぎ。ていうかゲームの設定に無理があるって。プレイヤーの片方しか動けないってなんだよ。終わってるでしょ。そりゃ一辺倒な展開にもなるわ。始める前から分かるだろ普通。ぶっちゃけ、センスないよ」
言っているうちに、だんだん俺も本気で腹が立ってきた。実際、本音で喋っているのだ。参加者が2人のデスゲームって時点で違和感だし、獅堂だけが自由に動き回れるのはやっぱりおかしい。ゲームとして成立してない。
「それにさ、運ゲーのデスゲーム見て誰が面白いと思う? どう考えても面白くないだろ。面白くなるわけがないんだよ。だって全てが運次第なんだから。よく面白そうって思えたよな。あのさ、この際はっきり言わせてもらうけど。さすがに自分でも気づいてると思うけど。お前、デスゲームの主催者に向いてないよ」
言い切ったとき、胸の奥に少しだけすっきりした感覚があった。ずっと神に対して言いたかったことを、ようやく全部ぶつけたからだ。
神は黙った。神特有の軽い笑い声も聞こえない。言い過ぎたかもしれない。傷ついただろうか。いや、そんなわけがない。たぶん傷つくなんて概念がない存在だ。と思ったが、人が傷つくのを見て面白がっている以上、理解はしているのだろう。
ただ、この神に人の心みたいなものはない。そこは獅堂と同じだ。そういう狂ったやつだからデスゲームなんてことをやっているのだ。
さて、もう10秒以上は黙っている。黙っている理由はなんだ。きっと感情的な理由ではない。ルールを見直しているのか、あるいは現状維持のままでどうやって俺を納得させるか考えているのか。とにかく俺は神からの返事を待った。
「灰守、君の率直な意見は承った。自分でも反省する点はあるよ」
次の言葉が大事だ。ルールが変わるかどうかで俺の勝率は変わる。
「だからこの経験は無駄にしない。次のデスゲームに生かさせてもらう」
「次って……。俺に次はねぇよ……」
「悪いけど、飲んでもらうしかない。救済システムの変更はできない」
冷たい絶望がギリギリと俺を締め付けた。何か言い返したかった。でもなぜか口に出せなかった。理由はよく分からない。全ての感情は無力感となって胸の奥に沈んでいった。
俺は獅堂の視界ジャックに戻った。獅堂は相変わらず自分のものをこすり続けていた。吐き気がした。獅堂は画面の半分で流れていた警察映画の再生を止めた。そしてエロ動画を全画面にして、女性の生々しい声に合わせ手の動きを早めた。獅堂の息遣いが荒くなる。
図書室に流れる時間は地獄だった。俺がまた視界ジャックを切ろうとした矢先、ガチャッという金属の音が鳴った。獅堂の動きがピタリと止まる。出入口のドアがゆっくりと開く。獅堂は慌ててマウスを動かしエロ動画の再生を止める。膝のあたりまで下ろしていた濃紺のズボンを急いではいた。
制服のしわを伸ばして姿勢を正す。俺はその滑稽な姿を冷ややかに観察していた。さすがに警察官のふりをしたところで無理があるだろ。殺人事件の現場でサボってパソコンやってるやつなんているはずない。
獅堂が息を殺してドアの方に目をやると、あの人物の姿があった。




