第9話 終わりと違和感
竜はまだ倒れなかった。
巨大な翼を広げたまま、低く唸っている。
黒い鱗の隙間から血が流れ、熱を含んだ息が白く漏れていた。さっきまでより動きは鈍い。それでも、一撃の重さは変わらない。
リナは息を整えながら距離を測る。
腕が重い。
足も熱を持っていた。
それでも、まだ動ける。
竜が前へ踏み出した。
石畳が砕ける。
地面が揺れた。
その巨体が、真正面から突っ込んでくる。
「――っ」
リナは横へ跳ぶ。
熱風が頬をかすめる。
遅れて、竜の尾が薙ぎ払うように迫った。
避けきれない。
そう思った瞬間、火球が弾ける。
竜の視線が一瞬だけぶれた。
尾の軌道がわずかにずれる。
リナは地面すれすれを滑るように抜け、そのまま竜の懐へ飛び込んだ。
近い。
胸元の傷が見える。
剥がれた鱗。
赤黒く裂けた隙間。
息を吸う。
踏み込む。
剣を振る。
硬い感触。
その奥へ、刃が沈んだ。
竜の咆哮が響く。
耳が痛くなるほどの音だった。
熱風が吹き荒れ、崩れた建物の瓦礫が転がる。
それでもリナは剣を離さなかった。
「……っ!」
さらに押し込む。
竜の巨体が大きく揺れた。
次の瞬間。
膝から崩れる。
地面が揺れた。
重い音が、街全体に響く。
石畳が割れ、煙と砂埃が一気に舞い上がった。
しばらく、誰も動かなかった。
風だけが吹いている。
遠くでは、まだ火が燃えていた。
ぱちぱちという音が、妙にはっきり聞こえる。
リナはゆっくり剣を引き抜いた。
剣を振って血を払う。
「……終わった?」
息は上がっている。
でも、声は軽かった。
まるで、大したことじゃなかったみたいに。
セイルは答えられない。
ただ竜を見ていた。
動かない。
本当に、倒れている。
(勝った……?)
実感がなかった。
膝が震えている。
喉も乾いていた。
魔力はほとんど空だ。
なのに。
本当に倒してしまった。
リナが振り返る。
「ねえ」
「……は、はい」
「さっきの」
少しだけ首をかしげる。
「やりやすかった」
その言葉に、セイルの心臓が強く鳴った。
「……」
何か言おうとして、言葉が出ない。
自分でも、まだ分からない。
でも。
戦いやすかったのは、自分も同じだった。
昔みたいだった。
前に立つ人がいて。
自分は、その後ろで合わせて。
それで、ちゃんと噛み合っていた。
ただ、それを口にはできなかった。
今はまだ。
読んでいただきありがとうございます。
少しずつ更新していきます。




