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前世の仲間ともう一度魔王を倒しに行く  作者: 雨森 澄
第1章

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第10話 戦いのあと

 竜は動かなかった。


 大きすぎる体が、崩れた通りをふさいでいる。黒い鱗の隙間から、まだ細く煙が上がっていた。傷口から流れた血は石畳の割れ目に入り込み、熱で黒く固まり始めている。


 焦げた匂いがした。


 木の匂い。


 血の匂い。


 焼けた石の匂い。


 勝ったはずなのに、空気は少しも軽くならなかった。


 誰もすぐには近づいてこない。


 兵士たちは剣を構えたまま、倒れた竜を遠巻きに見ていた。逃げ遅れた人々も、壊れた家の陰から顔を出している。


「……倒したのか」


 誰かが言った。


「本当に……?」


 その声で、ようやく周囲が動き出す。


 鎧の音。


 泣き声。


 瓦礫をどかす音。


 さっきまで止まっていた街が、少しずつ息を吹き返していく。


 リナは剣についた血を払った。


 腕は重い。足も熱い。けれど、立てないほどではない。


「終わったね」


 いつもの調子で言う。


 セイルはすぐには答えられなかった。


 目の前に竜が倒れている。


 さっきまで、自分たちを殺そうとしていたものが。


 あれを倒した。


 自分たちが。


(なんで……)


 胸の奥だけが、まだ戦いの中に置いていかれているみたいだった。


「ねえ」


 リナが竜を指さす。


「これ、どうするの?」


「……え?」


「このまま置いとくの?」


 言われて、セイルは初めて竜の体をもう一度見た。


 大きい。


 あまりにも大きい。


 倒した後のことなんて、考えもしなかった。


「……わかりません」


「ふーん」


 リナは興味があるのかないのか分からない顔で頷いた。


 そのとき、兵士の一人が駆け寄ってきた。


「ご無事ですか!」


「大丈夫」


 リナはあっさり答える。


 セイルも頷こうとして、少し遅れた。


 声が出ない。


 兵士は竜を見て、それからセイルを見る。


 その目が変わる。


 怯えではない。


 驚きとも少し違う。


 何かを見つけたような目だった。


 周囲の視線も、ゆっくり集まってくる。


 兵士。


 城下の人々。


 瓦礫の陰にいた子どもまで。


 みんなが竜ではなく、セイルを見ていた。


「……勇者」


 誰かが呟いた。


 セイルの肩が揺れる。


「違います」


 反射的に出た。


 けれど、誰も頷かない。


 誰も笑わない。


 誰も、否定してくれない。


 ただ見ている。


 その沈黙が、さっきの竜よりずっと重く感じた。


「違うんです」


 もう一度言う。


 今度は少し小さかった。


 隣で、リナが竜を見上げたまま言う。


「でも、倒したしね」


「……」


 セイルは何も返せなかった。


 風が吹く。


 灰が舞う。


 焼けた街の匂いの中で、勇者という言葉だけが、逃げ場のないものみたいに残っていた。

    読んでいただきありがとうございます。

    少しずつ更新していきます。

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