第11話 呼び戻される場所
王城に戻る頃には、城下の煙はまだ空に残っていた。
焦げた匂いが服に染みついている。髪にも、手にも、鼻の奥にも残っていて、息をするたびにさっきの熱が戻ってくるようだった。
城門の前には兵士たちが集まっていた。
リナとセイルが近づくと、その視線が一斉にこちらへ向く。
怪我をしていないかを見る目。
竜を倒した者を見る目。
そして、その中でも特にセイルへ向けられる目。
セイルは思わず足を止めそうになった。
「……あの」
小さく声を出す。
「見られてますよね」
「見てるね」
リナは気にした様子もなく歩いている。
むしろ、いつも通りすぎて少しおかしいくらいだった。
「なんでこんなに」
「竜倒したからでしょ」
「いや、でも……」
セイルは言葉に詰まる。
倒した。
確かに竜は倒れた。
でも、自分が倒したわけではない。
そう言いたいのに、さっきからその言葉はどこにも届いていなかった。
城の中へ入ると、さらに空気が変わった。
廊下を行き交う兵士たちが足を止める。侍女たちは手に持っていた布や水差しを抱えたまま、こちらを見た。誰かが小さく息を呑む音まで聞こえた。
そのたびに、セイルの肩がこわばる。
リナは横目でそれを見る。
「セイルが倒したことになってるんじゃない?」
「違います」
即答だった。
「でも剣抜いたのセイルでしょ」
「それは……そうですけど」
「じゃあそういうこと」
「違いますって」
声が少しだけ強くなる。
自分でも驚いた。
リナも少しだけ目を瞬く。
セイルはすぐに視線を落とした。
「……すみません」
「謝るところ?」
「分かりません」
本当に分からなかった。
怒りたいわけではない。
リナに言っても仕方がないことも分かっている。
けれど、周囲の視線が重かった。
勇者。
そう呼ばれた瞬間から、自分ではない何かを押しつけられている気がする。
竜を倒したあと、その重さはさらに増していた。
「いいんじゃない?」
リナが軽く言う。
「よくないです」
「そう?」
「そうです」
リナは少し考えるように前を向いた。
「面白いね、それ」
「面白くないです」
「でも、そんなに嫌なんだ」
セイルは返事ができなかった。
嫌だ。
それは確かだった。
でも、ただ嫌なだけではない。
怖い。
期待されることも。
自分ができないことを、できると思われることも。
そして、さっき一瞬だけ本当に戦えてしまったことも。
全部がうまく整理できなかった。
王の間へ続く廊下は、さっき通ったときと同じ場所のはずだった。
高い窓。
磨かれた床。
赤い絨毯。
けれど、今は足音の響きまで違って聞こえる。
リナが前を歩く。
セイルはその隣にいる。
並んでいるのに、どこか落ち着かなかった。
廊下の先で、重い扉が見えてくる。
その前に立つ兵士が、二人を見て深く頭を下げた。
セイルはその動きに、また息を詰める。
リナは少しだけ首をかしげた。
「さっきより丁寧だね」
「……やめてほしいです」
「何を?」
「そういうの全部」
リナは答えなかった。
扉が開く。
中から、王の間の静けさが流れてきた。
さっきよりも重い静けさだった。
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