第32話 同じだった
翌日の朝だった。
二人は森の道を歩いていた。昨夜の川沿いとは空気が違う。木々の間から差し込む朝の光が細く、地面に斑模様を落としていた。夜露を含んだ落ち葉が足元で湿った音を立て、踏むたびに土と葉の匂いが混じり合って立ち上る。鳥の声が遠くから聞こえていた。空はよく晴れていた。
「ねえ」
リナが言う。
「はい」
「昨日の話なんだけど」
セイルの足が少しだけ止まりそうになる。木々の間を風が抜けた。
「リナスって誰?」
しばらく返事はなかった。頭上で枝が揺れ、葉の隙間から光が細く差し込む。
「……聞こえていたんですね」
諦めたような声だった。
「聞こえてた」
リナは前を向いたまま言う。
「誰?」
また少し沈黙が落ちる。鳥の声が近くなった。どこかの枝で、小さな羽音がして、また遠ざかっていく。
「……前の旅の仲間です」
「大事な人?」
セイルは迷わなかった。
「はい」
静かな返事だった。
リナは少しだけ笑った。
「そっか」
朝の光が木々の間を縫って、二人の足元へ柔らかく落ちていた。そして何気ない声で続ける。
「じゃあさ」
セイルが横を見る。
「ガルディアとセリア、それとヴァルドは?」
その瞬間だった。セイルの足が止まる。落ち葉を踏む音が消えた。
「……どうして、その名前を」
リナは不思議そうに見る。
「どうしてって」
それから、少しだけ嬉しそうに笑った。
「仲間だったじゃん」
風が吹く。木々が揺れる。朝の光が葉の隙間で細かく砕けて、二人の周りにちらちらと散った。
セイルは何も言えなかった。ずっと確かめられなかった。ずっと聞けなかった。違ったらどうしようと思っていた。覚えていなかったらどうしようと思っていた。
でも。そんなものは、最初から必要なかったらしい。
「……リナス」
思わず口からこぼれる。
リナは少し考えてから首を振った。
「今はリナ」
その答えに、セイルは少しだけ笑った。
「……そうですね」
リナも笑う。
「セイラン」
今度はセイルが固まる番だった。
「やっぱり」
リナは楽しそうに言う。
「同じだった」
二人はしばらく顔を見合わせる。木々の間から差し込む光が、二人を柔らかく包んでいた。
二百八十年前。魔王を倒すために旅をした仲間。長い時間を越えて、ようやく同じ場所に辿り着いた。
風が吹く。落ち葉が舞い上がり、朝の光の中をゆっくりと回りながら降りてきた。
そして二人は、また歩き出した。今度は、歩幅が最初から揃っていた。
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