第26話 夜の音
その日の夜だった。
焚き火の火が小さく揺れている。
風は弱い。木々が密なせいか、川沿いよりずっと穏やかだった。葉の擦れる音が遠くで低く続き、時折、夜の虫が鳴いては止んだ。頭上の枝の隙間から、星がまばらに見えていた。
二人は火を挟んで座っていた。
昼の会話のあとから、少しだけ沈黙が増えている。
でも。
空気は重くなかった。
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「ねえ」
リナが火を見たまま言う。
「……はい」
「まだ隠してるよね」
セイルの肩が少しだけ止まった。
薪がぱちりと爆ぜる。
「……何をですか」
「ちゃんと戦ったことあるでしょ」
「それは……」
「別に怒らないよ」
リナが続ける。
「なんか理由あるんでしょ」
軽い声だった。
問い詰めているわけではない。
でも、逃がしてもいない。
⸻
しばらく沈黙が落ちる。
セイルは火を見つめていた。
揺れる炎の奥を見ているみたいだった。
「……昔」
小さい声。
「少しだけ、旅をしたことがあります」
リナが顔を上げる。
「旅?」
「……はい」
「村の外?」
「はい」
また少し間。
「その時に、少し」
言葉を選ぶみたいに止まる。
「……戦いました」
薪が静かに爆ぜた。火の粉が夜空へ散り、すぐに消えた。
リナは何も言わなかった。
急かさない。
ただ静かに続きを待っていた。
⸻
「でも」
セイルが続ける。
「前みたいには、全然出来なくて」
その言い方が少し引っかかった。
リナが目を細める。
「前みたい?」
セイルが止まる。
しまった、みたいに少しだけ視線が揺れた。
「……いえ」
「今、変だった」
「……すみません」
「また謝る」
リナが少し笑う。
でも、その目はちゃんと見ていた。
⸻
焚き火の火が小さくなっていく。
少しして、リナは毛布へ潜り込んだ。
「おやすみ」
「……おやすみなさい」
木々の葉が揺れる。火の音だけが続いていた。夜が深くなるにつれて、森の空気はさらに冷たくなっていく。
⸻
どれくらい経った頃か。
小さな音で、リナは目を開けた。
剣を振る音。
規則的で、でも少しぎこちない。
薄く目を開ける。
焚き火から少し離れた場所で、セイルが一人で剣を振っていた。
弱くなった焚き火の光が、刃をかすかに照らしている。踏み込みは浅い。振りも硬い。それでも毎日続けているのは分かる。止まっては構え直し、また剣を振る。その繰り返しだった。
リナは何も言わなかった。
気づいていないふりをしたまま、もう一度目を閉じる。
森が静かに、二人を包んでいた。
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