第25話 知らないはずなのに
「また気づいた」
リナが前を見たまま言う。
「……はい?」
「魔物」
二人は森の中を歩いていた。
昨日の川沿いとは違う、深い森だった。幹の太い木々が密に並び、枝が頭上で絡み合って空をほとんど塞いでいる。地面には苔が厚く積もり、踏むたびにぐずりと沈む感触があった。湿った土と腐葉土の匂いが濃く、息を吸うたびに肺の奥まで染み込んでくるようだった。
「まだ見えてないのに分かるよね」
セイルは少しだけ黙った。
「……なんとなくです」
「またそれ」
リナが少し笑う。
「便利だね」
軽い言い方だった。
でも、その目は少しだけ真剣だった。
⸻
その直後だった。
茂みが揺れる。
「来ます」
低い影が飛び出した。二体。速い。
一体目が正面から飛びかかる。リナが前へ出た。剣が走る。だが、少し浅い。獣が無理やり前へ出る。
セイルが火球を作る。
リナの動きが見えている。どこへ行くか分かる。
でも、手が少し遅れた。
火球が弾ける。一瞬だけ遅い。
獣の動きはぶれた。でも、リナはもう踏み込んでいた。
剣が届く。一体目が崩れる。
だが、体勢が少し乱れていた。
もう一体が低く回り込む。速い。
リナが前へ出る。セイルも魔法を作る。
今度こそ合わせる。
でも、また少し早かった。
火球が地面で弾ける。獣が反射的に飛び退く。
「っ」
リナの剣が空を切った。
間がズレる。獣が横へ逃げる。
セイルが慌ててもう一度魔法を撃った。火が獣の進路を焼く。逃げ場が狭まる。そこへ、リナが踏み込んだ。剣が届く。短い悲鳴。
静けさが戻った。
苔の上に、赤黒い血が滲んでいく。
リナは剣を振って血を払う。
少しだけ首を傾げた。
「今、ちょっと遅かった」
責めているわけではない。ただの確認だった。
セイルには、それが余計に刺さった。
「……すみません」
「また謝る」
リナが少し笑う。でも、セイルは笑えなかった。
遅かった。早すぎた。どちらも違った。
感覚は分かっている。リナの動きも見えている。なのに、今日は何度もズレた。
昔は、こんなことがなかった。
そう思いかけて、また止めた。
「ねえ」
「……はい」
「セイルって、本当に戦ったことないの?」
木々の間を、湿った風が抜けていく。
セイルは少しだけ目を逸らした。
「……村の近くに出た魔物を、みんなで追い払ったことはあります」
「みんなで?」
「狩人とか、村の人たちと」
小さい声だった。
リナは少しだけセイルを見る。
「……それだけじゃないよね」
頭上で枝が揺れ、葉の隙間から光が一筋だけ差し込んだ。
セイルは答えなかった。
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