第23話 川沿いの道
町を出てから、三日ほどが過ぎていた。
道は川沿いに続いている。水の流れる音が、ずっと遠くで響いていた。川幅はそれほど広くないが、流れは思ったより速く、岸の石を白く泡立てながら下っていく。岸辺に生えた草が水面へ向かって傾き、風が吹くたびに波みたいに揺れた。
空は薄い灰色で、陽の光は弱い。
風も少し冷たかった。
川辺には背の低い草が揺れていて、時々、水鳥が飛び立つ音だけが静かに聞こえる。羽ばたきが水面を叩く音がして、それきり静かになった。
リナは川の方を見ながら歩いていた。
その少し横を、セイルが歩く。
前みたいに前後ではない。
でも、ぴったり並んでもいない。
少しだけ距離がある。
そのくらいが、今は自然だった。
⸻
「ねえ」
「……はい」
「この辺、静かだね」
リナが川を見たまま言う。
水の音だけが続いていた。
セイルは少し目を細めた。
あの村では──
「……村は、もっと静かでした」
セイルが小さく言う。
「へえ」
「夜とか、本当に何も聞こえないので」
「暇そう」
「暇でした」
即答だった。
リナが少し笑う。
「本ばっか読んでた?」
「……はい」
「やっぱり」
川の流れが岸の石を叩く音が、低く続いていた。
あの村では、毎日が同じように過ぎていった。
本を読んで、手伝いをして、気づけば夜になる。
たぶん、本当なら、これから先もずっとそうなんだと思っていた。
また風が吹く。川面が細かく波立ち、鈍い光を散らした。
今度の沈黙は、不思議と嫌な感じがしなかった。
⸻
昼を少し過ぎた頃だった。
草むらが揺れた。
セイルの視線が動く。
「来ます」
低い影が飛び出した。一体。その後ろから、もう二体。
リナは迷わず前へ出る。最初の一体が飛びかかった。剣が走る。短い悲鳴。一体目が崩れる。
だが、二体目が横へ回り込んだ。
「右です」
火球を作る。撃つ。獣の動きがぶれた。
リナが踏み込む。だが、少し遠い。剣先が毛皮を浅く裂いただけで終わる。
獣が低く唸る。爪が横へ走った。
リナは無理やり体を流す。
間に合わなかった。
肩先を浅く掠めた。
セイルの胸が冷えた。
避けられた。さっきの火球が、もう少し早ければ。
リナはそのまま剣を振り抜く。鈍い感触。二体目が地面へ転がった。
最後の一体が距離を取る。低く唸りながら、隙を探るように揺れていた。
セイルは魔力を集める。今度は遅れない。
リナが半歩踏み込む。それに合わせて火球を放った。
獣が逃げ場を失う。剣が届く。短い悲鳴。
静けさが戻った。
川の音だけが、また静かに続き始める。
リナは剣を鞘へ戻し、小さく息を吐いた。
「……ちょっと痛い」
肩を見る。服が少し裂けていた。滲んだ血が布に染み込み、端がじわりと赤くなっている。
セイルは少しだけ眉を寄せる。
「……薬草、あります」
「持ってたんだ」
「一応」
セイルは荷物を下ろしながら、さっきの一瞬を反芻していた。
火球が少し遅かった。それだけのことだった。
でも、それだけのことで、リナは傷を負った。
もっと早く動けていたら。もっとうまく合わせられていたら。
昔の自分なら、と思いかけて、止めた。
今考えることじゃない。
「染みますよ」
「え、やだな」
「我慢してください」
リナは少し笑った。
セイルは黙ったまま傷へ薬草を当てる。
「っ、冷た」
「すみません」
「別に謝らなくていいのに」
川の水が岸の石を叩く音が続いていた。風が吹くと、水面の匂いが湿った草の匂いと混ざって運ばれてくる。
不思議だった。
こうしていると、妙に落ち着く。
理由は分からない。
でも、その感覚だけは、少し前より自然になっていた。
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