第21話 森の奥
奥へ進むほど、森は暗くなっていった。
木々の幹が太くなり、枝が頭上で絡み合って空を塞いでいる。昼なのに薄暗く、地面には苔が厚く積もっていた。踏みしめるたびにじわりと水分が滲み出し、湿った冷たさが足の裏から這い上がってくる。
鳥の声がない。
虫の音もない。
聞こえるのは、二人の足音だけだった。
「……静かすぎる」
リナが小さく言う。
「はい」
セイルも声を潜めた。
視線だけが忙しく動いている。
⸻
少し進んだところで、地面が変わった。
土が黒く変色している。草も枯れていた。根元から腐ったように萎れ、触れれば崩れそうなほど干からびている。木の幹にも黒い染みが広がっていて、樹皮がぼろぼろと剥がれ落ちていた。
「なにこれ」
リナがしゃがみ込む。
「……分かりません。でも、普通じゃないです」
セイルは周囲を見回しながら答える。
空気が違う。
さっきまでとは明らかに質が変わっていた。湿った土の匂いの奥に、腐った何かの臭いが混じっている。
「行ける?」
リナが訊く。
「……行きましょう」
⸻
その直後だった。
茂みが大きく揺れた。
一体目が飛び出す。さっきの獣より一回り大きい。黒い毛並みに泥が混じり、牙の根元が黒ずんでいた。
すぐ後ろから、二体目。
リナは迷わず前へ出た。
一体目が低く跳ぶ。剣が走る。手応えがある。だが、深くない。
硬い。
「っ、さっきより全然」
獣が体勢を立て直す。速い。
二体目が横へ回り込む。
「左です」
セイルが声を出すより先に手が動いていた。火球が二体目の進路を焼く。獣が怯む。その隙へリナが踏み込んだ。
剣が毛皮の隙間へ入る。赤黒い血が飛んだ。
一体目が咆哮する。地面が震えるような低い音だった。枯れた葉がはらはらと落ちてくる。
リナは素早く距離を取る。
息が少し荒い。
「これ、もう一体いたら厳しいね」
セイルは周囲を確かめる。
気配は二体だけだった。
「……今は、これだけです」
「じゃあいける」
リナが踏み込む。
セイルは視線を一体目と二体目の間で素早く動かす。どちらが先に来るか。どこへ火球を撃てばリナの剣が届くか。
一体目が地面を蹴った。
火球を放つ。顔の横で弾ける。獣の動きがぶれる。
そこへ、リナが深く踏み込んだ。
剣が今度は深く入る。獣が大きくのけぞった。
二体目が隙を突いて横へ回り込む。
「右!」
リナはもう動いていた。振り返りざまに剣を払う。鈍い感触。二体目が地面へ転がった。
静けさが戻る。
枯れた葉が、ゆっくりと二人の足元へ落ちてきた。
⸻
リナは剣を下ろし、大きく息を吐いた。
「倒した」
「……はい」
セイルも息を整える。
手が少し震えていた。
森の奥はまだ暗い。
腐った臭いも消えていない。
それでも、さっきまで感じていた圧迫感だけは薄れていた。
「……なくなった?」
リナが奥を見る。
セイルも静かに頷く。
「はい」
「じゃあ帰ろう」
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