第19話 依頼
朝の町は静かだった。
昨夜より少しだけ人が増えている。石畳を踏む足音が重なり、店を開ける準備をしている人たちの声が通りに低く響いていた。朝露がまだ石畳の隙間に残っていて、踏むたびにひんやりとした湿気が足元から伝わってくる。パン屋からは焼きたての匂いが流れ、その煙が朝の冷たい空気の中をゆっくりと漂っていた。
宿の食堂にも、何人か旅人の姿がある。
リナは机に頬杖をつきながら、ぼんやり窓の外を見ていた。
その前では、セイルが小さな袋を開いている。
中には金貨と銀貨が入っていた。
数は、そこまで多くない。
セイルは少し考える。
宿代。
食費。
この先の旅。
減っていく方が、たぶん早い。
「どうしたの?」
リナが訊く。
「……お金、あまり余裕ないかもしれません」
「なくなる?」
「たぶん、そのうち」
リナは少し考える。
「じゃあ増やせばいいんじゃない?」
簡単に言う。
セイルは困った顔をした。
「増やせたら苦労しません」
⸻
宿を出ると、朝の空気はまだ少し冷たかった。
通りを歩いていると、広場の端に木の板が立っているのが見えた。
紙が何枚も貼られている。
セイルが足を止めた。
「……依頼、みたいです」
リナも隣から覗き込む。
紙の端は少し汚れていた。急いで書かれたような文字もある。雨に濡れたのか、滲んで読みにくくなっているものもあった。
『街道南の荷車護衛 報酬銀貨三枚』
『薬草採取 西の森』
『魔物目撃情報あり。通行注意』
「なんか地味だね」
「普通だと思います」
最近貼られたものが多かった。
『街道近くの森で魔物を見た者あり。討伐できる者を募集』
短い文だった。
報酬は銀貨数枚。
「少ない?」
リナが訊く。
「……たぶん、普通くらいです」
「命懸けなのに?」
「だから人手不足なんだと思います」
リナは少しだけ依頼書を見る。
セイルは小さく息を吐いた。
「……これ、受けませんか」
リナは紙を見る。
「魔物?」
「はい」
「いいよ」
返事は軽かった。
怖がる様子もない。
セイルは少しだけ安心したように息を吐く。
⸻
町を出る頃には、日が少し高くなっていた。
石畳の道を抜けると、やがて土の街道へ変わる。町の音も少しずつ遠ざかり、代わりに風の音と草の擦れる音が大きくなっていった。
街道沿いには低い木々が並び、その向こうに小さな森が見えていた。木々の緑が朝の光を受けて濃く輝き、根元の方だけ暗く沈んでいる。
「あそこ?」
リナが訊く。
「たぶん」
セイルは依頼書を見直す。
『森の南側で目撃』
短くそう書かれていた。
街道を歩いている間、魔物の姿は見えなかった。
行き交う旅人も普通にいる。
荷車を引く男たちも、特に慌てた様子はない。
ただ、森へ近づくにつれて、人の気配だけが少しずつ減っていった。
二人は街道を外れ、草を踏み分けながら森へ向かう。
近づくほど、周囲は静かになった。
鳥の声も遠い。
木々の間から差し込む光が細くなり、地面の湿った土の匂いが濃くなっていく。
「……行きましょう」
二人は並んで森の中へ入っていった。
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