第2話 王女と剣
王城の中庭は広かった。
噴水があり、花壇があり、季節ごとに手入れされた木々が並んでいる。朝露を残した芝生は陽の光を受けて柔らかく光り、遠くでは庭師たちが低い声で話していた。
王女が散歩するには十分すぎる場所だ。
ただし。
剣の素振りをする場所としては、あまり向いていない。
「――っ、は!」
風を切る音が響く。
リナは石畳を蹴り、深く踏み込んだ。握っているのは訓練用の剣だ。刃は潰してあるが、重さは本物に近い。
横薙ぎ。
返して、斜め。
さらに一歩。
動きは速い。
だが、前世の感覚と比べると、どうしても鈍かった。
(違う)
剣を止める。
息を吐く。
肩越しに見える木々が、風に揺れていた。
(もっと動けたはずなんだけどな)
感覚は覚えている。
踏み込みの距離も、剣の軌道も、敵との間合いも。
なのに、今の体はそこに届かない。
少し踏み込みが浅い。
体重移動も遅い。
頭では分かるのに、体が追いつかなかった。
「もう少しだった気がするんだけどな……」
「リナ様!!」
鋭い声が飛ぶ。
リナが振り返ると、侍女がこちらへ歩いてきていた。
かなり怒っている。
遠目でも分かる。
「またそんなものを振り回して!」
「振り回してないよ。練習」
「同じです!」
侍女は早足で近づいてくる。
リナはなんとなく嫌な予感がして、一歩下がった。
「危ないでしょう!」
「危なくないって」
「危ないです!」
「誰もいないし」
「私がいます!」
言われて、リナは少しだけ考える。
たしかにいた。
その一瞬の隙を逃さず、侍女が剣を掴んだ。
「あっ」
「没収です」
「えー……」
侍女は深くため息をついた。
「本日は祈りの時間でしょう」
「覚えてるよ」
「本当に?」
「たぶん」
さらに深いため息。
リナは肩をすくめた。
今世の自分には、生まれつき祈り手としての素質があるらしい。
回復。補助。祈り。
王女として、そしていつか勇者を支える存在として、その力を学ぶべきだと周囲は言う。
でも、リナにはいまいち実感がなかった。
助けるのは嫌いじゃない。
むしろ好きだ。
ただ。
後ろに立って祈るだけ、というのがどうにも性に合わなかった。
「ねえ」
リナがふと思い出したように口を開く。
「なんでしょう」
「勇者って、誰?」
侍女の動きがぴたりと止まった。
「……何の話ですか」
「さっき廊下で聞いた。勇者の剣が抜かれたんでしょ?」
「そのようですね」
「ふーん」
リナは納得していない顔だった。
「どこの誰が勇者なの?」
侍女は少しだけ困ったように視線を逸らす。
「王がお会いになるそうです」
「へえ」
「リナ様は余計なことをなさらないでくださいね」
「余計なことって?」
「たとえば、勝手に会いに行くとか」
「そんなことしないよ」
「本当ですか?」
「たぶん」
侍女は額を押さえた。
リナはその横で、少しだけ唇を尖らせる。
自分は勇者だと思っている。
でも、勇者の剣は抜けなかった。
その事実を、リナはまだうまく飲み込めていない。
だからこそ。
剣を抜いたという相手を、簡単には認めたくなかった。
(こんなにあっさり決まるのおかしくない?)
勇者なんて、本来もっとこう。
見た瞬間に「そうだ」と思えるようなもののはずだ。
少なくとも、リナの中ではそうだった。
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