第17話 小さな町
日が傾き始めていた。
空は薄い橙色に染まり、街道を長く伸びた影が地面を覆っている。木々の葉が西日を受けて赤みがかり、風が吹くたびにざわざわと揺れた。草の匂いに少しだけ湿った土の匂いが混ざり、日中より空気がひんやりと重くなっていた。
遠くに、小さな町が見える。
低い柵と石壁。
煙突から細く煙が上がっていた。夕餉の支度だろう。風向きが変わった瞬間、肉を焼く匂いがかすかに届いた。
「町だ」
リナが少しだけ足を速める。
その後ろを、セイルも歩いた。
⸻
町は静かだった。
人通りは少ない。
店じまいを始めている店もある。
石畳の隙間から雑草が顔を出し、夕暮れの光の中でくたりと横たわっていた。パン屋の前を通ると、焼いた小麦の匂いが風に混じった。窯の熱がまだ残っているのか、扉の前だけほんのり空気が温かい。
リナが少しそちらを見る。
「……お腹空きましたか?」
「空いた」
即答だった。
店先には焼きたてのパンが並んでいる。
リナは少し近づいて覗き込んだ。
「こういうの、城にもあるけど」
「はい」
「なんか違う匂いする」
「焼きたてだからじゃないですか」
「買う?」
セイルは少し考える。
「……宿探してからにしませんか」
「真面目」
「普通です」
リナが少し笑った。
「宿どこだろう」
辺りを見回す。
セイルもつられて視線を動かした。
「……あそこじゃないですか」
指差した先には、木の看板が下がっていた。
簡素な宿屋だった。
⸻
宿の中は暖かかった。
扉を開けた瞬間、煮込み料理の匂いが流れてくる。玉ねぎと肉の混ざった、腹の底から力が抜けるような匂いだった。
木造の床は少し軋み、隅では旅人らしい男たちが静かに食事をしていた。暖炉の火が部屋の奥でゆらゆらと揺れ、壁に人影を柔らかく映している。
女主人がこちらを見る。
「二人かい?」
「え、あ……はい」
セイルが慌てて返事をする。
リナはその横で店の中を見回していた。
「部屋は一つでいいかい?」
「えっ」
セイルが固まる。
女主人は慣れた様子だった。
「別々なら別料金だけど」
セイルはすぐに口を開いた。
「べ、別でお願いします」
「え、なんで?」
リナが普通に訊く。
「なんでって……」
セイルは言葉に詰まる。
女主人は少し笑いを堪えていた。
「二部屋だと少し高くなるけど、いいかい?」
セイルは一瞬だけ黙った。
城を出る時に渡された袋の重みを思い出す。
金貨は入っていた。
けれど、魔王討伐の旅をするには、たぶん全然足りない。
「高くない?」
「二部屋だからねぇ」
リナは少し考える。
「一部屋でよくない?」
「よくないと思います」
今度は即答だった。
「なんで?」
「なんででもです……」
リナは納得していない顔をしたが、結局そのまま二部屋取ることになった。
⸻
食堂には暖炉があった。
火が静かに揺れている。薪が爆ぜるたびに小さな火の粉が散り、赤い光が木の壁をゆらゆらと照らしていた。
二人は木の机を挟んで座っていた。
運ばれてきたのは、硬いパンと煮込み料理だった。
湯気が立っている。
リナは一口食べて、少し目を丸くした。
「おいしい」
「よかったです」
「城の料理と全然違う」
「そりゃ違うと思います」
リナはまたスープを飲む。
少し嬉しそうだった。
その時、近くの席から声が聞こえた。
「最近この辺も魔物増えたな」
「街道が危ないらしいぞ」
「南の村が襲われたって話だ」
リナとセイルの動きが少し止まる。
旅人たちは小さい声で話を続けていた。
「勇者が現れたって噂も本当なのかね」
「どうだかな」
「本当なら、なんとかしてほしいもんだ」
セイルは視線を落とす。
手の中の木のスプーンを見つめたまま、何も言わない。
その横顔を、リナが少しだけ見ていた。
暖炉の火が静かに揺れている。
外では、もう夜の風が吹き始めていた。窓の隙間からかすかに冷気が忍び込み、炎の端をわずかに揺らした。
読んでいただきありがとうございます。
少しずつ更新していきます。




