第16話 他愛もない話
朝の空気は冷たかった。
草の先には夜露が残っていて、踏むたびに小さく光る。空はまだ薄青く、地平の端だけが白みがかった橙色に染まり始めていた。木々の輪郭がゆっくりと闇の中から浮かび上がり、鳥がまだ眠そうな声で一声鳴いた。
焚き火は消えている。
灰の中に、かすかな熱だけが残っていた。
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リナは毛布から抜け出し、大きく伸びをする。
「寒……」
白い息が空へ溶けた。
少し離れた場所では、セイルが荷物をまとめている。
眠そうな顔だった。
というより、ほとんど寝ていない顔に近い。
「寝た?」
リナが訊く。
セイルは少しだけ動きを止めた。
「……少しは」
「嘘っぽい」
「…………」
図星らしい。
リナは少し笑う。
昨夜、かなり遅くまで剣を振っていたのを知っている。
たぶん、あのあともあまり寝ていない。
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二人はまた街道を歩き始める。
朝日が少しずつ高くなり、木々の影を長く地面へ落としていた。草の先の露が光を受けてきらきらと輝き、踏むたびに濡れた土の匂いが立ち上る。
「ねえ」
前を歩きながら、リナが言う。
「セイルって、城に呼ばれる前は何してたの?」
セイルは少し考えた。
「……村にいました」
「どんな村?」
「普通の村です」
「適当だね」
「えぇ……」
リナが少し笑う。
セイルは困った顔をした。
「畑があって、本が少しあって……」
「本読むんだ」
「……本好きなので」
「剣より?」
「はい」
即答だった。
リナはさらに笑う。
「勇者っぽくないね」
「だから違うって言ってるのに……」
本気で困っている声だった。
リナは前を向いたまま肩を揺らす。
「どんな本読んでたの?」
「昔話とか……古い本とかです」
「古い本?」
「村に少しだけあったので」
「へえ」
リナは少しだけ振り返る。
「面白かった?」
セイルは少し考えてから、小さく頷いた。
「……好きでした」
その言い方だけ、少し柔らかかった。
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しばらく歩く。
道は緩やかに続いていた。街道の両側に並ぶ木々が風に揺れ、葉の隙間から差し込む光が地面に斑模様を作っている。鳥の声が遠い。
「セイルの村って平和だった?」
不意にリナが訊く。
セイルは少し考える。
「……平和だったと思います」
「思う?」
「前は」
短い返事だった。
その続きは言わない。
でも、リナはなんとなく察した。
魔物。
最近はどこの街道でも増えている。
きっと、村だけ無事というわけにはいかなかったのだろう。
「そっか」
リナもそれ以上は聞かなかった。
木々の間を、風が静かに抜けていった。
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