第15話 静かな道
城を出てから、半日ほど歩いていた。
石畳の道はいつの間にか途切れ、土の道に変わっている。街道の脇には低い草が広がり、その向こうには若い木々がぽつぽつと立っていた。春の終わりかけの陽射しは柔らかく、土の匂いと混じり合って、どこか眠たくなるような空気を作っていた。
空は高い。
薄い雲がゆっくり流れている。
風は少し冷たくて、吹くたびに乾いた草の匂いがした。
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リナは前を歩いている。
迷いがない。
歩幅も一定で、振り返ることもほとんどなかった。
その後ろを、セイルが少し距離を空けて歩く。
足音だけが続いていた。
城を出る前は、もっと何かあると思っていた。
引き止められるとか。
大げさな見送りがあるとか。
けれど実際には、門番が静かに門を開けただけだった。
城壁の外へ出た瞬間、王城は急に遠く感じた。
もう戻れない気がする。
そんな感覚だけが、妙に現実味を持って残っていた。
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「ねえ」
「はい」
「これ、どこ向かってるの?」
セイルは少し黙った。
「……分かりません」
リナが振り返る。
「分かんないの?」
「……リナ様が歩いていったので」
「ついてきただけ?」
「……はい」
少しだけ間。
「その『様』いる?」
セイルが少し止まる。
「……王女なので」
「今、旅中だけど」
「でも王女ですよね」
リナは少し考えて、
「まあ、そうだけど」
とだけ言った。
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また歩き出す。
街道脇の草が風に揺れ、その波がどこまでも続いていた。木立の向こうから鳥の声が聞こえ、枝が揺れるたびに光がちらちらと地面へ落ちてくる。
「じゃあさ」
リナが前を向いたまま言う。
「魔王ってどこにいるの?」
セイルは少し黙った。
「……分かりません」
「え、分かんないの?」
「……はい」
リナが少しだけ振り返る。
「勇者なのに?」
「僕、勇者じゃないので……」
「まだ言ってる」
少しだけ呆れた声だった。
「でも、昔はあったんでしょ」
「え?」
「魔王城」
セイルは少しだけ目を伏せた。
「……あった、みたいです」
「みたい?」
「……かなり昔の話なので」
リナは少しだけ首をかしげる。
何か引っかかった顔だった。
でも、それ以上は聞かなかった。
⸻
草むらが揺れた。
セイルの視線が動く。
「来ます」
次の瞬間、小さな影が飛び出してきた。
犬に似た魔物だった。口が裂けるように大きく、牙が異様に長い。二体。
一体目が真正面から跳ぶ。
リナは半歩踏み込んで横へ薙いだ。
あっさり倒れた。
弱い。
その油断が、少しだけ遅れを作った。
二体目が、もう視界から消えていた。
「右!」
声を出したのはセイルだった。
でも、リナはすでに動いていた。
体を流す。牙が空を切る。振り返りざまに剣を払う。
鈍い感触。魔物が転がった。
静けさが戻る。
リナは剣を下ろす。
「弱いね」
「……そうですね」
セイルはまだ右手に魔力を残したまま、ゆっくり手を開いた。
声をかけた。でも、必要なかった。
自分が何かをする前に、もう終わっていた。
それが少し、引っかかった。
セイルは少しだけ周囲を見回した。
他に気配はない。
ようやく息を吐く。
その横で、リナが不思議そうにこちらを見ていた。
「ねえ」
「はい」
「なんで分かったの?」
セイルは少しだけ止まる。
「……なんとなくです」
「なんとなくで分かるもの?」
「……分かる時は」
曖昧な返事だった。
でも、嘘をついている感じではなかった。
「ふーん」
リナは少しだけ首をかしげた。
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夜。
焚き火の火が小さく揺れている。
乾いた薪がぱちぱちと鳴り、火の粉が夜空へ散っては消えた。周囲は静かで、草の擦れる音と遠くの虫の声だけが続いている。空には星が出ていた。雲ひとつない夜で、冷たい空気がじんわりと肌に染みてくる。
リナは毛布にくるまりながら、ぼんやり火を眺めていた。
その時。
少し離れた場所で、風を切る音がした。
視線を向ける。
セイルだった。
一人で剣を振っている。
焚き火の赤い光が、刃を鈍く照らしていた。
踏み込みは浅い。
振りも硬い。
慣れていないのが、見ているだけで分かった。
それでも、何度も繰り返している。
止まっては構え直し、また剣を振る。
昼、一度も使わなかった剣だった。
なのに今は、誰も見ていない場所で黙々と振り続けている。
リナはその音を聞きながら、ゆっくり目を閉じた。
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