番外編 勇者になる前
村は静かだった。
朝は遅く、夜も早い。
畑と、小さな家と、少しの森。
それだけで村は出来ている。
朝になれば煙突から煙が上がり、夕方になれば家々の窓に明かりが灯る。
変わらない景色だった。
セイルは、その中で育った。
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水を汲む。
薪を割る。
畑を手伝う。
たまに本を読む。
それで一日が終わる。
困ることはなかった。
特別、望むこともなかった。
静かな場所だった。
自分には、そのくらいがちょうどいいと思っていた。
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村の外れには、小さな丘がある。
風が強くて、木が一本だけ立っている場所だ。
セイルはよくそこへ行った。
特に理由はない。
ただ、人が少ないから落ち着く。
草の上に寝転ぶと、空だけが見えた。
何も考えなくて済む。
それが好きだった。
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十六になった日、呼ばれた。
この国では決まっている。
“剣の儀”。
十六になった者は、一度だけ勇者の剣へ触れる。
形式みたいなものだった。
もう何百年も、勇者なんて現れていない。
村の誰も、本気では思っていない。
「行ってこい」
父が言う。
「まあ、観光みたいなもんだ」
笑いながら。
母も「せっかくだから城を見てきなさい」と言っていた。
皆、軽い。
セイルも、そのくらいの話だと思っていた。
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王都は、人が多かった。
歩いているだけで疲れる。
石畳。
高い建物。
聞き慣れない声。
村とは全部違う。
城へ近づくほど、人の数も増えていった。
広場では旅芸人が芸をしていて、屋台からは焼いた肉の匂いが漂っている。
賑やかだった。
でも、セイルには少し息苦しかった。
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王城は、もっと落ち着かなかった。
高い天井。
磨かれた床。
大勢の人間。
静かなのに、ずっと誰かに見られている感じがする。
(帰りたい)
本気でそう思った。
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剣は、広間の中央にあった。
台座に刺さっている。
それだけなのに、妙に目を引いた。
光の当たり方が少しおかしい。
周囲だけ空気が違うみたいに見える。
近づくほど、その違和感は強くなった。
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順番に、人が前へ出る。
剣に触れる。
抜けない。
戻る。
それを繰り返していた。
悔しそうな顔をする者もいる。
ほっとしたように笑う者もいた。
勇者に選ばれることは、名誉だ。
誰もがそう思っている。
だからこそ、セイルには理解できなかった。
なぜ皆そんなに、勇者になりたいのか。
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(やめようかな)
少しだけ思った。
でも、順番が来る。
名前を呼ばれる。
周囲の視線が集まる。
逃げられない。
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手を伸ばす。
触れる。
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抜けた。
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「――え?」
声が漏れた。
軽かった。
何の抵抗もなかった。
まるで最初から、そこに何も刺さっていなかったみたいに。
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一瞬、広間が静まり返る。
誰も動かない。
誰も喋らない。
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次の瞬間。
ざわめきが広がった。
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「勇者だ」
誰かが言う。
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違う。
セイルはすぐにそう思った。
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(違う)
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剣を見る。
自分の手を見る。
そんなはずがないと思った。
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知っている。
勇者が何をする存在なのか。
魔王討伐が、どんな旅だったのか。
危険で。
苦しくて。
何度も死にかけて。
それでも前へ進むしかない旅だった。
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自分には出来ない。
すぐに分かった。
前に立てる人間じゃない。
誰かを引っ張れる人間でもない。
自分は、もっと後ろの方で、
考えて、
合わせて、
支える側の人間だ。
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(無理だ)
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その考えだけは、はっきりしていた。
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「おめでとうございます!」
知らない誰かが言う。
周りが騒がしい。
でも、何も頭に入ってこない。
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(やめてほしい)
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それだけを思っていた。
読んでいただきありがとうございます。
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