第13話 理由のない選択
王の間を出ても、城の中はまだ落ち着いていなかった。
兵士たちが慌ただしく廊下を行き交い、侍女たちは小走りで階段を上り下りしている。開け放たれた窓からは、焦げた匂いがまだ薄く流れ込んでいた。
遠くで誰かの声がする。
壊れた場所の確認だろうか。
城下の混乱は、まだ終わっていないらしかった。
⸻
そんな中を、二人は歩く。
リナは前。
セイルは少し後ろ。
けれど、さっきまでみたいに大きく離れてはいなかった。
すれ違う者たちが、皆こちらを見る。
特にセイルを。
そのたびに、セイルの肩が少しだけ強張る。
(まただ)
勇者を見る目だった。
期待と、安心と、何かを押しつけるみたいな視線。
セイルはそれが苦手だった。
⸻
長い廊下を曲がる。
高い窓から午後の光が差し込み、石床に白い帯を落としていた。磨かれた床には、行き交う兵士たちの影が細長く伸びている。
風が吹くたび、窓辺の薄いカーテンがゆっくり揺れた。
「……なんで行くんですか」
セイルが小さく言う。
リナは振り返らない。
「ん?」
「魔王討伐です」
少しだけ間。
リナは窓の外へ目を向ける。
遠くの城下から、まだ細い煙が上がっていた。
「んー」
考えるように息を漏らす。
「別に」
結局、それだった。
「別に?」
「うん」
軽く頷く。
「倒せるなら倒すし」
まるで当たり前みたいに言う。
セイルは困った顔になる。
「危ないですよ」
「そうだね」
「じゃあ」
リナが少しだけ首をかしげる。
「でもさ」
窓の外を見たまま続けた。
「さっき、やれたし」
セイルは黙る。
竜との戦いが頭をよぎった。
熱。
煙。
火球が弾けた瞬間。
その隙へ、リナが迷わず踏み込んだ瞬間。
偶然みたいに噛み合った、あの感覚。
「……あれは」
「偶然?」
リナが言う。
セイルは答えられなかった。
偶然だと思いたい。
でも、そう言い切るには、あまりにも自然に噛み合っていた。
「セイルもいたし」
リナが続ける。
その言葉に、セイルの足が少しだけ止まる。
「……僕は」
「いたでしょ」
あっさりした声だった。
事実を確認するみたいに。
それ以上でも、それ以下でもない。
セイルは何も返せなかった。
⸻
また歩き出す。
廊下の向こうでは、兵士たちが何か大きな荷物を運んでいた。鎧の擦れる音が響き、低い声が重なる。
城全体が、まだ緊張の中にある。
その空気だけが、二人から少し遠かった。
「ねえ」
リナが言う。
「はい」
「セイルって、ほんとに戦ったことないの?」
少しだけ間が空く。
セイルは視線を落とした。
「……少しだけなら」
「へえ」
「村の近くで魔物が出たことがあって」
「強かった?」
「全然です」
即答だった。
リナが少し笑う。
「じゃあ、なんであんな動けたの?」
セイルは答えに詰まる。
自分でも分からなかった。
考えるより先に、手が動いていた。
どこを邪魔すればいいか。
どこで止めればいいか。
どう動けば、リナの剣が届くか。
自然に分かってしまった。
「……なんとなく、です」
小さく答える。
リナは少しだけ見る。
嘘をついている感じはしなかった。
「変なの」
でも、その声は少し楽しそうだった。
⸻
大きな窓の前で、リナが立ち止まる。
城下が見えた。
崩れた建物。
焼けた屋根。
忙しく動く人影。
竜は倒した。
でも、終わったわけじゃない。
風に乗って、まだ焦げた匂いが届く。
「……ほんとにいたんだね」
リナが小さく言う。
「え?」
「魔王軍」
リナは外を見たままだった。
「前より静かだったから」
少しだけ間。
「もう終わったのかと思ってた」
その横顔を、セイルは黙って見る。
リナは軽い。
怖がっているようにも見えない。
でも、何も考えていないわけでもない。
「じゃあ、行かないとね」
リナが言う。
やっぱり、軽い声だった。
それなのに、不思議と迷いは感じなかった。
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