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【連載番】私の侍女が顔面ケーキをお届けします。  作者: 堀吉 蔵人
第三章 園遊会で「君は私の隣には相応しくない」と笑った婚約者に、侍女が花束をお届けしました

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第2話 野に咲く花を、私は知っている

 

 お嬢様は、華やかな方ではない。


 けれど、庭師が折れた枝を気にしていれば足を止め、新しく入った侍女が失敗しても、人前では叱らずあとで静かに教える。


 誰にも見られていない時ほど、丁寧に人へ接する方だ。


 ルーファス様がお求めなのは、隣に置けばご自身まで立派に見える華なのだろう。


 お嬢様は、そういう華ではない。


 野に咲く花のように、目立たなくても、踏まれても根を残す。


 園遊会の朝、お嬢様は鏡の前で小さく息を吐かれた。


「似合っているかしら」


 藤色のドレスは、派手ではない。


 けれど、お嬢様の静かな目元によく似合っていた。


「たいへんお似合いでございます」


「本当に?」


「はい」


「マリアは、何を着てもそう言うでしょう」


「事実しか申し上げておりません」


 お嬢様は少しだけ笑った。


 その笑みを曇らせてまで、誰かに見せる華になる必要はない。


 しかし、ルーファス様はそうではなかった。


 園遊会であの方の隣にいたのは、赤毛のイザベル・メイス男爵令嬢だった。


 胸元には大きな宝石が輝き、声も笑顔もよく目立つ。


 ルーファス様がお好みの華なのだろう。


「君は私の隣には相応しくない」


 ルーファス様は、周囲に聞かせるための声でそう言った。


「私の隣に立つ女性には華が必要だ。君は少々地味すぎる」


 私は一歩出そうとした。


 額の位置を確認する。


 距離は十分。


 一歩踏み込み、転ぶふりをすれば届く。


「お嬢様」


「何かしら」


「転ぶふりをして、頭突きをしてまいります」


「本当に転ぶからやめなさい」


 即答だった。


「まだ、しておりません」


「今後もしないでちょうだい」


「善処いたします」


「約束なさい」


 それは難しい。


 お嬢様に無礼を働く者が、今後二度と現れないとは限らない。


 私は黙った。


 お嬢様は小さくため息をつき、ルーファス様へ向き直った。


「ルーファス様は、ご自身の隣に置く女性を、華やかさで選ばれるのですね」


 声は静かだった。


 だが、揺れてはいない。


「これは社交における適性の問題だ」


「人を見る目よりも?」


 ルーファス様の笑みが止まった。


 私は少しだけ満足した。


 お嬢様は大声を出さず、相手を辱めるために言葉を使うこともない。


 それでも、必要な時には退かない。


「マリア、行きますわよ」


「はい、お嬢様」


 私はあとに続こうとした。


 その時、靴先が芝生の窪みに引っかかった。


 身体が傾く。


 まずい。


 今回は、転ぶふりではない。


 咄嗟に伸ばした手が、伯爵夫人の背へ触れた。


 夫人が老子爵へ倒れ、老子爵の杖が卓の脚を打つ。


 白磁の花瓶が揺れた。


 水が宙へ飛び出す。


 その先にいるのは、私だ。


 避ける時間はなかった。


「マリア!」


 お嬢様が動いた。


 考えるより先に、私を抱き留める。


 ご自分の身体を盾にして。


 冷たい水が、お嬢様の藤色のドレスへ降りかかった。


 私は、息をするのを忘れた。


 お嬢様が濡れている。


 私を庇って。


 胸の奥が熱くなる。


 嬉しい。


 ――違う。


 今するべきことは、感激ではない。


 お嬢様のお怪我を確認することだ。


「お嬢様、お怪我はございませんか」


「あなたは濡れていない?」


 先に聞かれた。


 まただ。


 この方は、ご自分より先に私を案じる。


「私は、お嬢様に庇っていただきましたので」


「なら、よかったわ。あなたが風邪を引いたら困るもの」


 言葉が出なかった。


 三秒ほど、動けなかったと思う。


 その間に、宙へ放り出された花束がルーファス様へ向かっていた。


 赤い薔薇。


 白い百合。


 黄色い小花。


 祝福のために用意された花々。


 ルーファス様は、それを見て胸を張った。


 ご自身へ贈られるものだと思ったらしい。


 最後まで、華を求める方である。


 花束は優雅な弧を描き――


 サクッ。


 ルーファス様の頭へ刺さった。


 一瞬、園遊会が静まった。


 赤、白、黄色。


 確かに華やかだった。


「まあ……頭が、お花畑……」


 イザベル嬢の声が響く。


 私は、お嬢様の袖を拭きながら思った。


 華を求めた方が、ようやく花を得た。


 ただし、頭の上に。


「誰だ! 誰がこのような無礼を!」


 ルーファス様は怒鳴った。


「申し訳ございません」


 そう申し上げたが、すぐにそちらへ行くつもりはなかった。


 先に確認すべきことがある。


「お嬢様、本当にお怪我は」


「ないわ。あなたこそ、足は?」


「問題ございません」


「なら、よかった」


 お嬢様は微笑んだ。


 濡れたドレスのまま。


 ご自分が笑われることより、私の足を気にしている。


 ルーファス様は、この方を地味だと言った。


 見る目のない方に、花を語る資格があるとは思えない。


 やがて現れたエルデン伯爵は、息子の頭を見て数秒黙った。


「帰るぞ」


「父上、せめてこれを抜いてから」


「抜くな」


「なぜです」


「お前によく似合っている」


 妥当な判断だった。


 ルーファス様は、花束を頭に刺したまま連れていかれた。


 黄色い花弁が一枚、ひらりと落ちる。


 周囲で扇が一斉に開いた。


 笑いを隠すための花が、園遊会に咲いた。


 私はお嬢様の半歩後ろへ戻った。


「先ほどは、お止めいただいてありがとうございました」


「何の話?」


「頭突きです」


「本当に転んだでしょう」


「お嬢様のご慧眼には感服いたしました」


「感服する前に、足元を見なさい」


 今日のところは、額を使わずに済んだ。


 花束が代わりに届いたからだ。


 お嬢様は、咲き誇る華ではない。


 誰かを庇うためなら、自ら雨の中へ立てる花だ。


 それを見落とした方が、何を頭に咲かせようと、私の知ったことではない。


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