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【連載番】私の侍女が顔面ケーキをお届けします。【侍女のお届け】  作者: 堀吉 蔵人
第二章 冤罪で断罪された私へ「人の心がないのか」と言い放った王子に、侍女が証拠書類とインク壺をお届けしました

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第1話 黒い証拠が、顔へ届く


「セシリア・ローレン。君は聖女候補であるミレーユに嫌がらせをした。今ここで罪を認めろ」


王宮の大広間に、王太子殿下の声が響いた。


隣には、白いドレスのミレーユ嬢。殿下が彼女を見るのを確かめてから、一粒だけ涙を落とす。


たいへん行き届いた涙だった。


「罪状を伺ってもよろしいでしょうか」


「招待状を隠し、ドレスを裂き、聖堂の階段から突き落とした」


「どれも身に覚えがございません」


「ミレーユは傷ついている!」


「傷ついていることと、私が傷つけたことは別です」


殿下の顔が険しくなる。


その背後で、侍女のマリアがそっと近づいた。


「お嬢様」


「何かしら」


「私が転ぶふりをして、殿下に頭突きしてまいります」


「やめなさい」


「まだ額は動かしておりません」


「心だけ先に動かさないで」


「忠誠心でございます」


「忠誠心は額以外で示して」


マリアは、大きな革表紙の書類入れを抱えていた。その上には、銀製の小さなインク壺が載っている。


「書類は全部揃ったの?」


「はい。お嬢様がお休みになられたあとも確認いたしました」


「寝ていなかったのね」


「お嬢様が人前で嘘つきと呼ばれる可能性がございましたので、私が眠る理由にはなりません」


そういうことを、もっと普通に言えないのだろうか。


殿下が書類へ目を向けた。


「それは何だ」


「事実を確かめるための記録です」


「必要ない」


「内容をご覧になってからお決めください」


「僕が必要ないと言っている」


殿下は書類を奪おうと手を伸ばした。


マリアが抱え直す。


「こちらは王宮事務局、聖堂、布地商会からお預かりした記録でございます」


「王太子である僕の命令だ」


「お嬢様の許可がございません」


「侍女ごときが逆らうのか!」


「マリア、離れなさい」


私は、殿下から離れろという意味で言った。


「承知いたしました」


マリアは後ろへ下がった。


その足が、ミレーユ嬢の白いドレスの裾を踏む。


「きゃっ」


裾が引かれ、マリアの足元から布が抜けた。


「あ」


本当に転んだ。


書類入れの留め具が外れ、紙が一斉に舞い上がる。


茶会の出欠記録。


布地商会の納品控え。


聖堂の補修報告。


侍女たちの証言書。


そして、ミレーユ嬢の筆跡で書かれた小さな紙片。


殿下が顔を上げた瞬間、銀のインク壺が革表紙の上を滑った。


蓋が外れる。


黒いインクが燭台の光を受けて、宙へ広がった。


べしゃり。


殿下の顔面へ届いた。


続けて、インクを吸った紙が額へ貼りつく。


――未確認。


もう一枚が頬へ張りついた。


――ミレーユ嬢、当日欠席。


顔だけで、調査不足と事実関係が分かる。


王宮事務局にも、これほど簡潔な報告書は作れまい。


「お嬢様」


床に片膝をついたマリアが、深く頭を下げた。


「申し訳ございません」


「怪我は?」


「ございません」


「なら、よかったわ」


マリアが一度だけ瞬いた。


「それと、頭突きではございません、は言わなくていいわ」


「先に封じられました」


「言うつもりだったのね」


「事実でございますので」


インク壺ではある。


「これは何だ!」


殿下が額の紙を剥がした。


「証拠でございます」


私は足元の紙を拾った。


茶会の招待状は届いており、欠席の返答もある。


裂かれたドレスは納品時から縫製不良。


聖堂の階段は当日、補修中で立入禁止。


どれも印章と記録が揃っていた。


「そんなもの、偽造だ!」


「調べたのは私ではございません」


私はマリアを見る。


「マリアが調べました」


殿下が侍女を睨んだ。


「なぜ、そこまでする」


マリアは当然のように答えた。


「お嬢様が、なさっていないとおっしゃいましたので」


「それだけか」


「私には十分でございます」


マリアは床から紙を拾った。


「もっとも、殿下には足りなかったようですので、記録も揃えました」


その時、侯爵夫人が小さな紙片を拾い上げた。


「『泣くのは殿下がこちらを見てから』」


沈黙。


ミレーユ嬢の顔色が変わる。


「違います! それは演技の練習で――」


「たいへん実践的ですこと」


扇が一斉に開いた。


殿下がミレーユ嬢を見る。


「ミレーユ」


「殿下が、婚約を解消するには悪評が必要だとおっしゃったから!」


今度は本当の涙だった。


ただし、殿下は見ていなかった。


「その手を下ろせ」


低い声が、大広間の入口から飛んだ。


国王陛下だった。


陛下は床に散らばる証拠を見て、次に顔中を黒くした王太子を見る。


「書類を拾え」


「父上?」


「一枚ずつ拾い、何の記録か読み上げよ。そなたが確認しなかったものを、この場にいる全員へ聞かせるのだ」


殿下は膝をついた。


「茶会出欠記録。ミレーユ嬢、欠席の返答あり」


次の紙。


「布地商会納品控え。裾の裂けを納品時に確認」


もう一枚。


「聖堂階段補修報告。当日、立入禁止」


紙を拾うたび、殿下の声は小さくなった。


これは殿下が始めた公開の断罪である。


最後まで公開で行うのが、公平というものだろう。


「ローレン嬢」


陛下が私へ向き直る。


「正式な謝罪と名誉回復の布告を出す。王太子との婚約については」


「解消を希望いたします」


私は即答した。


殿下が顔を上げる。


「セシリア!」


「まだ正式に破棄していなかったとおっしゃるのでしたら」


私は微笑んだ。


「今度は私から、正式にお願いいたします」


陛下は頷いた。


「認めよう」


「参りましょう、マリア」


「はい、お嬢様」


大広間を出る直前、マリアが囁いた。


「ご心配をおかけいたしました」


「本当よ」


「書類を落としました」


「そちらではなく、あなたが転んだことを言っているの」


マリアが黙った。


「あなたが怪我をしたら、証拠が揃っていても困るわ」


「……承知いたしました」


今度の声は、少しだけ本当に承知しているように聞こえた。


「それと、次からはインク壺を持ち歩かないで」


「次回は蓋を固く閉めます」


「次回を想定しないで」


やはり承知していなかった。


あれは事故である。


少なくとも、頭突きではなかった。

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