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【連載番】私の侍女が顔面ケーキをお届けします。【侍女のお届け】  作者: 堀吉 蔵人
第一章 婚約破棄された私を「可愛げがない」と笑った婚約者に、侍女が顔面ケーキをお届けしました

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第2話 あなたの半歩後ろで


私のお嬢様は、誰かを叱る前に、必ず理由を聞く。


以前、若い侍女が客用の茶器を割った時もそうだった。


「手を見せて」


お嬢様が最初に確かめたのは、茶器の値段ではなく、侍女の指だった。


「お怪我はない?」


「は、はい。申し訳ございません」


「謝るのはあとでいいわ。どうして落としたの?」


侍女は前夜から熱を出していた母親の看病をしていた。寝不足で手元が狂ったと知ると、お嬢様は彼女を休ませ、母親の薬代まで持たせた。


茶器については、翌日、私と一緒に在庫帳へ記した。


誰かを傷つけるために賢さを使わない。


間違いを見つけても、人前で追い詰めない。相手が自分で事情を話せるだけの時間を残す。


その一方で、ご自分が傷つけられた時だけは、なぜか我慢なさる。


実に不合理である。


ゆえに、私が必要なのだと思っている。


その夜、お嬢様は王宮の大広間へ向かう馬車の中で、何度も手袋の指先を整えていた。


緊張している時の癖だった。


「フェリクス様と、最近あまりお話しできていないの」


「はい」


「今日こそは、きちんとお話しできればいいのだけれど」


「はい」


私は余計なことを言わなかった。


フェリクス様については、すでに十分な観察を終えていたからだ。


使用人への声のかけ方。


帳簿の質問をされた時の目。


お嬢様が意見を述べた直後にだけ浮かべる、あの薄い笑み。


あの方は、自分より愚かな女性を求めているのではない。


自分より愚かなふりをしてくれる女性を求めている。


それは、ずいぶん都合のよい願望だった。


大広間へ入ると、フェリクス様はすでに中央にいた。


隣には、淡い桃色のドレスを着たマリアンヌ嬢。


お嬢様の歩みが、一瞬だけ遅くなる。


私はその半歩後ろで、状況を確認した。


フェリクス様は自信に満ちている。


マリアンヌ嬢は涙を用意している。


周囲には十分な人数がいる。


つまり、これは話し合いではない。


見世物である。


「リディア・フォン・クラウゼル。君との婚約を、今この場で破棄する」


予想よりも早かった。


楽団が止まり、人々が振り返る。


お嬢様は取り乱さなかった。


「理由をお聞きしても?」


声も姿勢も美しかった。


私は改めて思う。


やはり、私のお嬢様は完璧である。


問題は、相手がその価値を理解できないことだった。


「君は冷たすぎる」


フェリクス様は、まるで自分が傷つけられた側であるかのように話し始めた。


お嬢様が帳簿について質問したこと。


婚姻後の財産について確認したこと。


自分の言葉へ疑問を挟んだこと。


どれも当然の行為である。


だが、フェリクス様にとっては罪らしい。


「女は少しくらい、知らないふりをしていた方が可愛げがある」


私は一歩、前へ出た。


ここでの選択肢を整理する。


一、黙って控える。


二、言葉で抗議する。


三、物理的に黙らせる。


一は却下。


二は、お嬢様がすでに十分になさっている。


残るのは三である。


「お嬢様」


「何かしら、マリア」


「私が転ぶふりをして、あの方に頭突きしてまいります」


「やめなさい」


即答だった。


さすが、お嬢様である。


私の行動予測が早い。


「まだ何もしておりません」


「今、予定を聞きました」


「ご提案です」


「もっと悪いわ」


却下された。


仕方がない。


私は次の機会を待つことにした。


フェリクス様はさらに言葉を重ねた。


真実の愛。


素直な女性。


自分を疑わず、自分のために涙を流す相手。


私はマリアンヌ嬢を見た。


彼女は確かに泣いていた。


ただし、涙を見せる角度をよく理解している。


お嬢様も同じことに気づいたらしい。


ほんの少しだけ目が細くなった。


やはり、私のお嬢様は聡明である。


「君は謝罪し、僕たちを祝福すればいい」


フェリクス様はそう言った。


私は近くの絨毯を確認した。


端が少し浮いている。


使える。


「お嬢様。今なら自然に転べます」


「あちらの絨毯を確認しないで」


「足を取られたことにして、額から」


「あなたの額が痛むでしょう」


私は言葉を失いかけた。


ご自分が侮辱されている最中にもかかわらず、私の額を心配なさった。


お嬢様の優しさは、時々、判断を鈍らせる。


私の判断を、である。


頭突きは一度保留にした。


だが、その後の発言で状況は変わった。


「君のような女は、誰の妻にも向かないよ」


これは看過できない。


お嬢様は何も言わなかった。


だから、私が動くべきだった。


私は一歩踏み出した。


転ぶふりをして、額を当てる。


予定は単純だった。


ところが、靴先が本当に絨毯へ引っかかった。


「あ」


想定外である。


身体が傾く。


このままでは床へ倒れる。


近くにテーブルがある。


手を伸ばす。


布を掴む。


結果として、銀の皿が跳ねた。


グラスが傾いた。


そして、中央の大きなケーキが宙を舞った。


私は床へ落ちながら、その軌道を見た。


白い生クリーム。


赤い苺。


砂糖細工の薔薇。


まっすぐ、フェリクス様へ向かっている。


修正する必要はない。


そう判断した。


べちゃり。


大広間が静まり返る。


フェリクス様の顔面は、見事にケーキで覆われていた。


私は床へ片膝をつき、頭を下げる。


「申し訳ございません。頭突きではございませんでした」


「そこではないわ」


お嬢様の返しは早かった。


「ですが、私は頭突きをしておりません」


「ええ。そこは認めます」


「事故です」


「大変、不幸な事故だったわ」


お嬢様は、ほんの少しだけ口元を緩めていた。


私は、頭突きを中止した判断が誤りではなかったと確認した。


フェリクス様が怒鳴り、周囲が笑いを堪え、マリアンヌ嬢まで彼を庇いきれなくなっていく。


私は黙って成り行きを見守った。


これ以上、私が手を出す必要はない。


ケーキが、すでに十分な仕事をしていた。


やがて侯爵閣下が現れ、事情を一目で理解なさった。


「用途としては、そう悪くなかったかもしれん」


閣下のお言葉に、広間の笑いはついに決壊した。


私は心の中で、侯爵閣下への評価を一段上げた。


お嬢様が広間を出る。


私はいつもの位置へ戻り、その半歩後ろを歩いた。


「お嬢様」


「何かしら」


「次回は、もう少し自然に転べるよう練習しておきます」


「次回がある前提で話さないで」


「では、万一に備えて」


「備えないで」


承知した。


少なくとも、今夜のうちは。


私のお嬢様は、美しい。


それは、顔立ちのことではない。


人を見下さず、侍女の額を気遣い、どれほど傷つけられても他人の尊厳まで踏みにじらない。


だから私は、彼女の半歩後ろを歩く。


そして必要であれば、転ぶ。


次は、もう少し上手に。

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