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【連載版】私の侍女が顔面ケーキをお届けします。  作者: 堀吉 蔵人
特別編

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10/13

特別編 お嬢様たちのお茶会

 そのお茶会は、ロザリー・クロフォード子爵令嬢の屋敷で開かれた。

 招かれたのは、リディア・フォン・クラウゼル令嬢と、セシリア・ローレン令嬢。三人には、まだ直接の面識がない。

 茶会を勧めたのはマリアだった。彼女が差し出した二通の紹介状には、それぞれの令嬢について、同じ一文が添えられていた。


 ――婚約者との間に少々の問題が起き、その際、侍女が転倒した令嬢。


 ロザリーは、その一文を三度読んだ。


「ずいぶん限定的な集まりですこと」

「たいへん有意義かと存じます」

「あなたが言うと不安になるわね」


 当日の朝になっても、その不安は消えていなかった。

 卓の中央には季節の花を生けた花瓶がある。マリアはすでに、卓の脚、椅子の間隔、絨毯の端を確認していた。今は花瓶の重心を調べているらしい。

 今日は屋内で、芝生の窪みはない。それでもロザリーは、花瓶から目を離しきれなかった。


「リディア・フォン・クラウゼルです。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 最初に到着したのは、落ち着いた物腰の令嬢だった。その後ろに、侍女の姿は見当たらない。


「侍女の方は?」

「馬車を降りたあと、廊下の絨毯を確認すると言って」


 リディアが少し困ったように笑う。ロザリーは黙って自分の背後を見た。

 マリアは、まだ花瓶を見ていた。


「うちも似たようなものですわ」


 次に到着したセシリアは、薄い革表紙の書類入れを抱えていた。


「お茶会に書類を?」


 リディアが尋ねると、セシリアは手元へ目を落とした。


「内政府から届いたものです。移動中に目を通そうと思いまして。仕事を受けるか、まだ検討しているところなのです」


 それから顔を上げ、ロザリーの背後を見た。少しだけ目を細める。


「マリア」

「はい、お嬢様」

「どうして、あなたがこちらに?」

「給仕をしております」

「それは見れば分かるわ」


 リディアもマリアを見た。


「あなた、先ほど絨毯を確認しに行ったのではなかった?」

「確認は、すでに完了しております」

「ずいぶん早いわね」


 ロザリーは二人を交互に見た。マリアの手元では、いつもの手つきで茶器が並べられている。


「お二人とも、マリアをご存じなの?」

「私の侍女です」


 リディアとセシリアが、ほぼ同時に答えた。

 三人の視線が集まっても、マリアは平然と紅茶を注いだ。


「どうぞ」

「待ちなさい。あなたは、私の侍女でしょう」

「はい、お嬢様」

「今、リディア様にもセシリア様にも返事をしたわね」

「お呼びでしたので」


 ロザリーは、まだカップを受け取る気になれなかった。

 リディアが扇を閉じ、マリアの顔を確かめるように見た。


「こちらのマリアは、もう少し無表情だった気がします」

「私のマリアも無表情です。ただ、書類を見る時だけ、少し目が細くなります」

「うちのマリアは、花瓶を見る時に目が細くなりますわ」


 三人が再び見ると、マリアは花瓶から一歩離れた。


「偶然でございます」

「何が?」

「すべてが」


 説明になっていなかった。

 リディアが口元へ手を当て、少し声を落とす。


「でも、こちらのマリアは、ケーキを飛ばしたことがありますか?」

「ケーキ?」

「婚約破棄を宣言したフェリクス様の顔へ、大きな苺のケーキが」


 セシリアが、差し出されていたカップをようやく受け取った。


「書類より柔らかそうですね」

「書類?」

「私の時は、王太子殿下の顔へ証拠書類とインク壺が届きました」

「インク壺まで?」

「事故です」


 マリアの返事だけが、たいへん早かった。


「あなたに聞いたのではないのよ」


 ロザリーはそう言って、花瓶を自分の側へ少し引いた。


「私の時は花束でしたわ。頭へ」

「刺さりました」

「補足しなくていいのよ」

「事実関係の確認でございます」


 ケーキ、インク壺、花束。どれも侍女が転んだ結果、相手のもとへ届いている。

 リディアは自分のカップを見下ろし、それからマリアを呼んだ。


「あなたは、私の侍女よね?」

「はい、お嬢様」


 卓のそばのマリアが答えた。セシリアは書類入れを膝から卓へ移し、ロザリーは花瓶から手を離した。


「私にも、そう答えたでしょう」

「少なくとも、この屋敷で花瓶から離れるよう命じるのは私ですわ」

「私は、インク壺を持たせないことにしています」

「絨毯の端を確認するのも、できればやめてほしいのだけれど」


 誰の侍女かを確かめるはずが、止めたい行動の相談になっていた。

 マリアが静かに割って入る。


「お嬢様方のお役に立てましたら、何よりでございます」

「今は、その『お嬢様方』を確認しているのよ」


 セシリアが言い終えた時、廊下から足音がした。続いて、もう一人分。

 扉が開き、二人の侍女が入ってきた。


「お待たせいたしました、お嬢様」

「絨毯の確認が完了いたしました」


 黒髪、無表情、同じ姿勢。同じ歩幅で進んでくる。

 卓のそばにいたマリアを含め、三人のマリアが並んだ。

 三人の令嬢は、誰も言葉を発しなかった。


 新しく入ってきた一人は、リディアの半歩後ろへ立った。もう一人はセシリアの卓上の書類入れを取り、両手で抱えた。

 最初からいたマリアは、ロザリーの背後へ戻った。


「給仕を続けます」


 何事もなかったかのように言われても、すぐに茶を飲む気にはなれない。

 リディアが恐る恐る尋ねた。


「あなたたちは……姉妹?」

「「「いいえ」」」

「親戚でもないの?」

「「「いいえ」」」


 声まで揃っていた。ロザリーは自分のマリアを見た。先ほどから他の二人の主人へ返事をしていたのは、間違いなくこの侍女である。


「では、同じ名前の、よく似た侍女なのね?」

「「「マリアでございます」」」


 そこだけは、初めから分かっていた。

 セシリアがこめかみを押さえ、それでも確認を続けた。


「ケーキのマリアは?」

「はい」


 リディアの後ろで一礼する。


「インク壺のマリア」

「はい」


 セシリアの後ろで、書類入れを抱えたまま一礼する。


「花束のマリア」

「はい」


 ロザリーの後ろでも、同じ深さの一礼があった。


「判別方法が事故なのね」

「分かりやすくて何よりでございます」

「よくありません」


 最後は、令嬢たちの声も揃った。


 そのあとは、意外なほど穏やかなお茶会になった。

 リディアは荘園の製粉所について話し、セシリアは内政府から届いた報告書の誤記について話した。ロザリーは、孤児たちの冬服の数が合わず、一緒に倉庫を探した話をした。

 互いの仕事は違っても、確かめたいことを確かめただけで嫌な顔をされる苦労は、説明せずとも伝わった。


「婚約者がいなくなってからの方が、忙しくなりましたわ」

「私もです。まだ仕事を引き受ける前ですのに、読むものばかり増えて」


 セシリアは自分の侍女が抱える書類入れを見てから、小さく笑った。


「でも、前よりよく眠れます」

「分かります。人にどう見えるかより、今日やることの方が多くて」


 ロザリーが答えると、リディアも頷いた。

 セシリアのマリアが書類入れを脇の小卓へ置いた。三人のマリアが、それぞれの主人の茶を注ぎ足す。その動きまで同じなのを見て、リディアがふと笑った。


「マリアが三人いるなら、一人くらい貸していただけないかしら」

「だめです。私も、もう一人いれば書類の確認が早くなります」

「神殿にも一人ほしいですわ」


 三人のマリアは、一斉に主人を見た。


「「「私は一人で十分でございます」」」


 令嬢たちは顔を見合わせた。


「ええ。一人で十分すぎるのよね」

「主に事故の規模が」


 セシリアの言葉に、ロザリーは花瓶をさらに遠ざけた。

 三人のマリアは、誰も否定しなかった。


 ◆


 その頃、王都近郊にある領地経営の実務講習所では、三人の男が同じ卓を囲んでいた。

 侯爵家の領地で礼儀と会計を学び直しているフェリクス。王太子の地位を停止され、国王の監督下で法務と王宮事務を学んでいる王子。そして、伯爵領の花畑を毎朝巡回しているルーファス・エルデン。

 それぞれの家や監督役から、短期講習を受けるよう命じられていた。


 最初は、誰も口を利かなかった。

 フェリクスが茶菓子を見て顔をしかめる。苺のショートケーキだった。


「別のものはないのか」

「菓子くらいで騒ぐな」

「君には分からない。顔面へ届いたことがある」


 王子が眉を寄せ、ルーファスが顔を上げた。


「何が?」

「ケーキだ」


 しばらくして、王子がゆっくりとカップを置いた。


「私はインク壺だった」

「顔面へ?」

「顔面へ」


 二人の視線がルーファスへ向く。

 答えたくなかったが、卓の中央に小さな花瓶があった。黄色い小花が一輪、咲いている。


「私は花束だ。頭へ」

「刺さったのか」

「なぜ分かる」


 王子は答えなかった。フェリクスが茶菓子を遠ざけ、小声で尋ねた。


「その時、侍女はいたか?」

「黒髪か」

「無表情で?」


 三人は互いの顔を見た。


「転ぶ前に、頭突きを提案した」


 最後だけ、声が重なった。

 フェリクスが、さらに声を落とす。


「マリアという名ではなかったか」


 王子が頷き、ルーファスも頷いた。

 名前も顔も同じで、事故の内容だけが違う。同一人物だと言われれば納得しそうになる。だが、それぞれ別の家の侍女だったはずだ。


「頭突きはされたか?」

「いや」

「私もされていない」


 なぜか少しだけ安心した。

 王子は備え付けのインク壺へ蓋をし、ルーファスは花瓶を自分の側へ引き寄せた。


「なら、全部事故だったのではないか」


 王子の言葉に、誰も答えなかった。

 休憩室の扉が開き、黒髪の侍女が銀盆を持って入ってきた。盆には茶器と、新しい苺のショートケーキが載っている。

 三人が同時に椅子を引いても、侍女は驚かずに一礼した。


「お茶のお代わりをお持ちいたしました」


 無表情だった。

 ルーファスが花瓶を抱えたまま尋ねる。


「名前は?」

「マリアでございます」


 フェリクスが立ち上がり、王子も続いた。ルーファスは花瓶を扉から離れた棚へ置き、二人を追った。


「講義室へ戻るぞ」


 誰にともなく言い、三人は揃って休憩室を出ていった。

 残されたマリアは、閉じた扉を見つめた。それから、盆の上のケーキ、卓上で蓋をされたインク壺、棚へ移された花瓶を順に見た。


「まだ何もしておりませんのに」


 少しだけ、不満そうだった。


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新作短編公開しました。

https://ncode.syosetu.com/n2295ms/

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おバカトリオは、あなた方がやらかしたから、事故に遭ったのであって、マリアがやらかしたわけではないことをちゃんと理解するように! マリア、少なくとも4人いるのね。全員、頭突きする気満々で。 なんかの秘密…
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