第65話 扉は、どちらから閉めるのですか
食卓には白い布が掛けてあり、戸口には槍を持った兵が立っていた。
どちらも、私が命じたわけではない。相応の敬意をもって遇し、宮廷から出すな。皇帝の命令はその2つで、椅子を卓からどれだけ離すかまでは書いていない。
家政を預かる女は椅子を卓へ寄せ、迷ってまた少し離した。
「これで、よろしいでしょうか」
「近すぎる?」
「……分かりません。客としてお迎えするのか、留め置くのか、どなたからも伺っておりませんので」
「私も聞いていないわ。近い方にして」
2人分の席に銀の杯を置き、寝所には新しい敷布を入れさせた。敬意なら、白い布で足りる。留め置く方は、槍を見れば分かる。
扉が開く。旅の埃を払った外套には、長く座っていた皺が残っていた。先に入った娘が足を止めると、もう一人も横に止まる。肩も手も触れていないのに、歩調がそろっていた。一人は私を見て、一人は閉じていく扉を見ていた。
「御前です」と侍従が促す。私を見ていた娘が片膝を下げ、外套の裾が石床に広がった。
止めるのが一呼吸遅れた。ベレンガーが跪く姿を見られなかった悔しさを、娘で埋めようとしていた。
「立って。ここでは、立ったままで」
差し出した手は取られなかった。娘は自分で立ち、裾を払う。
「お名前を」
二人は顔を見合わせた。
「ベレンガーの娘です」
私を見ていた娘が答えた。
「あなたの名を、伺いたいのです」
「ベルタです。妹は、ジーゼラ」
妹は姉の袖へ手を添えた。名を聞かれただけでも、二人ともこちらを窺っている。
「ベルタ。ジーゼラ。お掛けください」
ベルタは椅子を見てから、私へ視線を戻した。
「父も、皇后陛下の前でそのようにしたのですか」
「私は見ていません。ベレンガーにも会っていないわ」
「道で、みんなが話していました。父は跪いて冠を渡したと。笑っていた者も」
道中ですでに、勝った側の噂を聞かされていたのだ。私も聞きたがった噂だった。
「確かなのは、ベレンガーとウィラ王妃が生きていること。2人ともバイエルンへ送られました」
ずっと扉を見ていた娘が、初めて口を開いた。
「どこですか」
「そこまでは知らないの」
「二人は同じ場所ですか」
「ええ。陛下から、そう聞いています。お二人からの便りを頼みましょう」
「会いに行けますか」
使者が先に答えた。
「そのご命令は受けておりません」
「皇后陛下にも、決められないのですか」
私は使者の顔を見なかった。
「行かせるとは言えません」
「いつまで、ここに?」
誰も答えられなかった。戸口の兵も黙っている。
「分からないわ」
そう答えると、2人は互いを見て、短くうなずいた。今日私が返した言葉のうち、この一つを信じたように見えた。
*
私が席に着くと、2人も向かいに並んだ。アッタが水を注ぐあいだも、ジーゼラは兵の方を見ていた。
ベルタがパンを取り、2つに割った。よく焼けた方を自分の前に置き、柔らかい方を隣へ押す。
「食べて」
「あなたも」
「食べるから」
固い方を一口かじって見せると、ジーゼラもようやくパンを取った。だが水には触れない。もう一人が杯を自分の方へ引き、まず一口飲んでから戻す。それを見届けて、ようやく唇を濡らした。
毒を疑ったのか、喉を通らなかっただけか。銀の杯を出して敬意を尽くしたつもりでいたことが、恥ずかしくなった。
私は肉を切りかけ、刃を皿に置いた。本当はベレンガー本人に、牢のことを覚えているか聞き、自分の名を言わせたかった。その相手には、会わせないでくれと自分から頼んだ。
「あなたたちの父上は、私の名を口にしたことがありますか」
パンを割った手が止まる。
「答えれば、父のところへ行けますか」
「いいえ」
「では、父にお聞きください」
「今の問いは忘れて。聞いてはいけなかった」
謝罪にも返事はなかった。パンを噛む音と、兵が槍の石突きを置き直す音が続く。白い布に落ちたパン屑を、誰も払わなかった。
アッタが肉を切り分け、まず娘たちに差し出した。ベルタは受け取り、ジーゼラは首を振る。アッタは勧め直さず、皿を私の前に置いた。
肉を口に運べなかった。
*
食事が終わる頃、家政を預かる女が2つの寝所を用意したと告げた。向かい合わせの部屋に火と寝台を1つずつ入れ、湯も運ばせたという。
「1部屋で結構です」
ベルタが言う。
「お2人それぞれに相応しい部屋を、との命でございます」
女が答えた。その言葉で、ジーゼラの指が隣の袖をつかんだ。
「1部屋にして」
娘が袖を強くつかむ前に、私は命じた。使者は頭を下げなかった。
「警護はどちらに置きますか」
「廊下に」
「扉は、どちらから閉めるのですか」
その問いで、42段の上にあった自分の扉を思い出した。あの扉はいつも外から閉まり、鍵は三度回った。
皇帝の命令は、2人を宮廷から出すなというものだ。部屋の外に兵を置けば、扉まで外から閉める必要はない。
「内側から閂を掛けてよいわ。火事の時以外、2人が開けるまで誰も入れないで」
「留め置けとのご命令です」
「兵は外にいる。2人は中にいる。それで命令には背いていないでしょう」
使者はしばらく黙り、戸口の兵がうなずくのを見てから礼をした。
2人はアッタに案内されて出ていった。片方が歩けば、もう片方も同じ歩幅で続く。礼は言わなかった。振り返りもしなかった。
*
卓に残った肉の脂が白く固まる頃、アッタが戻った。
「礼を言われなかった」
アッタは肉の皿に布を掛けた。
「はい」
「腹は立っているのよ」
「承知しております」
アッタは残ったパンを布で包み、卓に落ちた小さな屑まで掌で集めた。2人が食べた分だけパンは減っていた。明日も同じ量を出せる。
「明日のパンも、今日と同じだけ用意して」
「かしこまりました」
「どこで食べてもらう? またここに呼ぶ?」
またここへ呼びたいのは、謝った自分を見てもらいたいからではないか。私は2つの椅子を見た。
「2人に聞いて。ここでも、部屋でもいい」
「伺ってまいります」
「それと、両親が同じ場所にいることを、明日の朝、もう一度伝えて。便りも書けるように」
「分かりました」
アッタは包みの端を折り込み、一礼して部屋を出た。
*
夜、私は2人の寝所の前を通った。皇帝の兵が扉の外に立ち、その向こうから低い声が2つ聞こえる。言葉までは拾えなかった。
謝り直したかった。けれど皇后が夜の扉を叩けば、開けないでいることまで難しくなる。許しを乞うために、また2人に何かを強いるところだった。
手を上げずにいると、内側で木が擦れた。一度、止まり、もう一度。2人で確かめた閂が、深く落ちた。
外では、槍を持った兵が動かなかった。
部屋へ戻ると、ザクセンから届いた文が卓にあった。端に、短い報せがある。ザクセンの修道女が、私の脱出を韻文に綴っているという。穴を掘った夜、あの牢には三人いた。詩の中に何人残るのかは、読むまで分からない。
南には、別の語り方が回っているとも聞いた。王妃は逃げる夜、追手をなだめるために侍女を差し出そうとした――そういう筋だ。作った者の顔は知らない。筋の底意地の悪さだけが、作った者の顔をしている。
アッタに言うべきか、迷って、言った。アッタは水差しを卓に置いてから答えた。
「差し出されておりましたら、いま、ここにおりません」
それだけだった。私には、それで足りた。
その夜、西からもう一通届いた。ベルノが亡くなったとあった。エンマは葬りを済ませたら来る。マルティンと、マルタの息子パオロが同行する。
私は迎えの馬を頼みかけ、手紙を読み直した。宿は司祭が確かめた道を使う、人数を増やさないでほしい。娘の書かせた言葉だった。
返事には、部屋を暖めて待っています、と書いた。何が好きな色なのか分からず、敷布は新しい白いものを選んだ。
昼にベレンガーの娘たちへ用意したものと、同じ布だった。
史実メモ:965年の年代記は、ベレンガーの娘二人が宮廷で皇后とともに「相応の敬意」を受けて留め置かれたと記します。二人の名や処遇の決定主体は不明です。王妃が逃亡の夜に侍女を差し出そうとしたと語る敵対的な後代伝承は実在し、本話は流言として用いました。
ベルタ、ジーゼラという名と姉妹の性格、同室での生活や両親との便りは本作の創作です。




