第21話 金に答えさせないで
朝いちばんに届いたのは、金だった。
赤い布をかけた荷が3つ、窓の光を鈍く返している。運び込んだ者たちは下がり、開ける役だけが膝をついて待っていた。
「誰からです」
「オットー王より、王妃さまに」
王妃と呼ばれた。まだ婚姻に答えてもいないのに。つまりこの荷は、答えを先取りしに来ている。
「開けなくて結構です」
役の男が困った顔をする。
「お好みの物をお選びいただくようにと」
アッタが布の端から漏れる光に目を細めた。
「食べられませんね」
「金ですから」
「では、朝食の後でよいでしょう」
役の男は冗談を受け取れず、助けを求めるように扉を見た。そこからオットーが入ってくる。段取りが良すぎる。廊下で待っていたな。
「気に入らないか」
昨日、人の皿から肉を盗んだ時と同じ気軽さで訊く。
「まだ見ていません」
「見ずに気に入らないのか」
「なぜ贈ったのです」
問い返すと、オットーは荷の前で足を止めた。靴の先が、赤い布の裾にわずかに触れる。
「あなたが私をどう思っているか、知りたかった」
赤い布を見た。下に何があるかより、いまの一語が耳に残る。知りたかった。金に、私の返事を代読させる気だ。
「贈物で、私の愛を試したのですか」
「愛とまでは言っていない。好意だ」
「安くなりましたね」
オットーの顔から笑いが消えた。眉の間に、細い縦の線が立つ。
「あなたは昨日、私が何を差し出せるかと聞いた」
「軍と冬を越す場所、と答えました」
「それだけ持って求婚すれば、脅しているのと変わらん」
「だから金を足したのですか」
布をつかんだ。引くと、荷の一つが石床に落ちた。布の中で硬い物がぶつかり、短く重い音がする。
膝をついていた役の男が青ざめる。アッタは荷より床を見た。
「石が欠けます」
怒りの中に、その声が妙にはっきり入った。二つ目を落とす手が止まる。
「私は、槍の数を見ました。娘がどこにいるか分からないからです。あなたは金を私の寝室に運ばせて、笑うかどうか見ようとした」
「寝室に置けとは命じていない」
「では、そこだけが間違いですか」
オットーは役の男を下がらせた。扉が閉じるまで待ち、低い声で言う。
「王妃として遇するつもりだと、目に見える形で示したかった。それを喜べば、私を嫌ってはいないと分かる」
私が黙っていると、続けた。
「都には、あなたが牢から逃げてきた貧しい寡婦だと見る者もいる。私の家で軽く扱えば、明日は誰もあなたに席を譲らない」
「それなら金だけ送らず、あなたが隣に立てばよいでしょう」
「1日じゅうか」
「王とは忙しいものですね。女の顔を金に見張らせるほど」
政治の話なら分かる。私を粗末に扱わせないための贈物。筋は通っている。だがこの男は、そこに好意の試しを混ぜた。二つを一緒にした瞬間から、金を見る私の目まで彼のものになる。
「私に聞けばよいでしょう」
「答えるのか」
「答えません」
「では同じだ」
「同じではありません。答えないのは私です。金に答えさせないで」
言った瞬間、牢の格子を通った婚姻文書が見えた。あの時も、相手は文字と土地に自分の口を代わらせた。違うのは、目の前の男が扉の外へ逃げないことと、私が怒鳴り返せることだ。
「返します」
「贈ったものだ」
「要りません」
「中も見ずに決めるな」
「私が喜ぶか確かめたいのでしょう。いま、よく見てください」
オットーは赤い布から目を離した。
「なら好きにしろ」
彼は扉を開け、自分で強く閉めた。廊下の兵が驚くほどの音がした。
静かになると、アッタが床の荷を抱え上げた。腕が沈み、すぐ卓に戻した。
「お返しになるなら、ご自分で」
荷を抱え上げると、腕が沈んだ。怒りだけでは持てない重さだ。卓に置く。
「手伝ってくれないの」
「金はお運びしません。床を掃く者なら、お呼びします」
欠けていない石の前にしゃがんだ。傷がないことに安堵して、その自分が急に馬鹿らしくなる。
「少し、見たかった」
アッタは聞こえないふりをしなかった。
「でしょうね」
「あんな言い方をされたら、見られないでしょう」
「王妃さまは、綺麗なものがお嫌いではありませんから」
アッタは赤い荷を指先で押した。荷は動かない。
「カノッサで、この重さの小麦があれば何日食べられたでしょうね」
「受け取れと言うの」
「お返しくださいとも申しません。金持ちの喧嘩は、返した物まで金持ちのところに戻りますから」
その通りだ。見栄で突き返しても、アッタのパンにはならない。青い硝子のブローチを失った胸元に手が行く。金は欲しかった。見抜かれたのが腹立たしく、見栄で床に落とした自分にはもっと腹が立つ。受け取れば婚姻を喜んだと読まれ、返せば拒絶したと読まれる。どちらも、私が自分で答えたことにはならない。
赤い布をかけ直し、役の男を呼び戻した。
「数と目方を書いてください。一つずつ、この場で」
「お検めになるのですか」
「私の部屋にある物です。何がいくつあるか、私が言えるようにしておきます」
男は蝋板を出し、荷を開けた。指輪。腕輪。留め具の板。細い鎖。読み上げるたび、私は口の中で繰り返した。3つ目の荷の底で、男の声が止まる。
「これは、その、値の付け方が難しく」
「重さで結構です」
昼までかかった。蝋板を受け取り、袖に入れる。カノッサを出た朝、オルデリーコが読み上げた紙と同じところへ。
窓の下では、水を運ぶ女が坂を上がっていた。あの背の高さで、桶が二つ。何日ぶんだろう。そう思ううちに、荷の重さが別の形に見えてきた。
朝が過ぎ、昼が過ぎる。扉の外で足音が止まるたび、オットーかと思った。違うと安心し、同じだけ落胆した。
夕方、扉を叩く音がした。
アッタが扉の脇で私を見た。私は一度うなずいた。アッタは一礼して扉を開く。
「お入りください」
オットーが一人で入ってきた。手には何もない。閉めた扉を見てから、床の荷が元に戻っているのを確かめた。
「返しに来なかったな」
「重かったので」
「兵を使えばよい」
「昨日、兵を使うなと教わりました」
オットーは鼻から息を出した。笑いかけて、やめる。
「金を見せれば、喜ぶと思った」
「少しは」
今度は彼が黙る番だった。
「でも、それをあなたに知られるのは腹が立ちます。だから、あの金には別の仕事をさせます」
「仕事」
「エンマを見つけた者に出す懸賞に。残りは、旧い宮を追われた女たちに払う褒賞に。捜すのは兵より、あの人たちの目です。あなたの金は受け取ります。私の返事は渡しません」
オットーは赤い布の荷を長く見た。値を測る目ではなかった。測られているのは、たぶん私でもない。彼自身の間違いの方だ。
「私の贈物で、私に断りなく政治をするのか」
「あなたの贈物です。私の部屋にあります」
袖から蝋板を出して、卓に置いた。
「数も目方も書いてあります。1枚たりとも、行方の分からない物は出しません」
「……難しい女だな」
「アルプスを越える前に調べなかったのですか」
オットーは椅子に座らず、赤い荷から離れた壁にもたれた。
「もう一度聞く。私をどう思っている」
考えた。軍が要る。王妃の名も要る。エンマを捜す力も。その答えの後ろに、朝から待っていた足音がある。
「まだ、あなたを選べません」
「知っている」
「でも、戻って来なければ、もっと腹を立てるところでした」
オットーはしばらく私を見た。それから、ようやく笑った。
「その答えなら、金より値がある」
「また値をつけましたね」
今度は私も笑った。オットーは蝋板を取り、端から端まで目を通してから戻した。
「懸賞は出せ。ただし、名は私とあなたの両方で出す」
「なぜ両方に」
「私の名がなければ、誰も払われると思わない。あなたの名がなければ、誰が捜されているのか分からん」
言い返せなかった。この男は、こちらの手を取り上げずに使い方を直す。
扉が叩かれた。案内役が敷居の外で頭を下げる。
「王妃さまのお部屋の支度が、整いましてございます」
「ここが私の部屋です」
「本日より、旧い宮のお部屋を」
オットーが、そちらだ、という顔をした。
「日当たりのいい部屋を選ばせた。南向きの、細い窓の」
指が、蝋板の縁で止まった。南向きの細い窓。冬になると隙間が鳴った。その部屋の名を、私はこの男より正確に言える。
「案内して」
史実メモ:ヴィドゥキントは、オットーが「黄金の贈物」でアーデルハイトの自分への愛情を確かめようとしたと記します。品目、量、贈り方、受領や拒絶は不明で、本話の赤布の荷、口論、侍女との会話、夕方の再訪は創作です。




