第20話 王は人の皿から取るのですか
「選べません」
私は答えた。オットーの眉がわずかに上がる。
「いまは、です」
「便利な二語だな」
「あなたも、それくらいは待てるでしょう」
言い返すと、胸のつかえがひと欠け落ちた。今朝の私には、それで足りた。
オットーは怒る代わりに、開いた扉の外へ声を掛けた。
「食事を。三人ぶん」
「四人です」
私が言うと、彼は自分を指した。
「私はもう食べた」
「なら三人で合っています」
運んできたのは、まだ髭の生えていない給仕だった。盆の上で椀が滑り、扉の敷居で汁がわずかに跳ねる。少年は盆を持ったまま固まった。
「こぼしたか」
「い、いえ、こぼれておりません。こぼれましたが、卓には、その」
オットーは指で卓を叩き、そこへ置け、と示した。少年は置き、下がろうとして向きを間違え、壁に肩を当ててから出ていった。マルティンが小さく息を吐く。祈りの前と同じ吐き方だった。
卓は宮の物ではなかった。天板に古い切り傷が並び、脚の一本に楔が打ってある。この男は、間に合う物から先に使う。
冷めかけた肉と黒いパン。銀の皿も香辛料もない。この出しようは値踏みか、それとも素か。パンを割ると、空腹の身体が考えより先に噛んだ。答えの出る前に、オットーが向かいに座り、食べないと言ったくせに、私の皿から肉を一切れ取った。素の方だ。
「王は人の皿から取るのですか」
「私の宮だ」
「私の肉です」
アッタが私に目を向けた。私がうなずくと、アッタは肉の皿を二人の間から手元に下げた。オットーは初めて声を立てて笑った。腹の底から出る、よく通る笑いだった。
笑いが消えるのを待って、私はパンを置いた。聞くなら、この顔をしているうちだ。
「先の王妃は、どんな方でしたか」
オットーの指が止まる。
「エドギタ。イングランドから来た。北の言葉を覚えるのが早くて、私が忘れた相手の名をよく覚えていた」
「亡くなった時、お子たちは」
「息子のリウドルフが十五、娘のリウトガルトは十四だった」
妻の死を語る時だけ、声が低くなった。慰めの言葉を探して、やめる。ロターリオを失った時、善い人だったと語る者ほど、あの困った笑い方を知らなかった。
「リウドルフ殿は、いまおいくつです」
答えを聞いて、指を折った。私の年と、ほとんど変わらない。二度やり直し、三度目の途中で笑いが漏れた。
「何がおかしい」
「私が、あなたの息子の母になるそうです」
「私も初めて数えた時は、ひどい話だと思った」
「あなたが言うと、もっとひどいです」
「私の年のせいか」
「そこまでは」
オットーは椀の縁を指で回した。私は指を折るのをやめた。
「言ったのと同じだ」
アッタが肉の皿を抱えたまま背を向けた。肩が揺れている。アッタの肩がこんなに揺れるのを見るのは、門札を盗んだ夜より前に戻ったようだった。
笑いが静まると、その不在の青年が急に近くなった。
「婚姻の話を、リウドルフ殿は知っていますか」
「知る頃だ」
答えが短くなった。私はパンの縁を千切った。
「知らせていないのですね」
オットーは椅子に深く座った。先ほどまでの笑いは消えている。
「息子は私より先にイタリアへ入った。得たものもある。だが、ハインリヒと争い、私が来た時には北へ戻っていた」
「ここから、北まで何日かかりますか」
「使いの脚なら、ひと月もあれば届く」
「その間に、ほかの者から聞くかもしれませんね」
オットーは椀を置いた。
「私の口から聞くのも、ほかから聞くのも、同じくらい気に入らんだろう」
「私は違いました。六歳の時、乳母が先に祝ったのです。何を祝われているのか、母に訊きに行きました」
オットーは何も言わず、卓の木目を見た。指の墨が、木の傷へ入って黒く残っている。自分の声が高くならなかったことに、私は遅れて気づいた。
「リウドルフ殿は、あなたの後を継ぐ方ですか」
「そのつもりで人々の前に立たせた。誓いを向けた者もいる」
「私に男の子が生まれても」
オットーは答えなかった。さっきまで盗まれていた肉より、ずっと扱いにくいものが卓に載った。
「まだ婚姻もしていない女の、まだ生まれていない息子に、今日から王国を分けろと言うのか」
「違います」
答えはすぐ出た。自分でも驚くほど強く。
「生まれてから訊いたのでは、遅い気がしたのです」
「その時に決める」
言い切る速さが、かえって信じにくい。私は待った。
「信用しにくい答えですね」
「いま綺麗な約束をすれば、信用するのか」
首を横に振った。オットーは満足そうにも安心したようにも見えない。私もまた、まだ見ぬ子が兄に押しのけられたらどう思うかを、言わずにいた。
「許しを求めてとは言いません。けれど、婚礼の後に知らせるのはやめてください」
「王が息子に婚姻の許しを乞うのか」
声が硬くなった。触れた場所は合っている。
「許しではなく、知らせです。私なら、あなたから聞きたい」
オットーの目が細くなった。私はパンの千切れた所を指でつぶした。
「返事を待てと」
「待てるなら。私は、顔も知らない息子さんに、もう嫌われているような気がします」
オットーはしばらく黙り、卓に残った肉を一切れ見た。アッタが皿ごと守っているので、手は出ない。
「使いを出す。だが、息子が怒れば婚姻をやめるとは伝えない」
「それで結構です。もう一つ、使いに条件を」
「注文の多い客だな」
私は膝の上で指を組んだ。まだ終わっていない。
「息子さんの返事を、要点にまとめさせないでください。言った通りの言葉で持ち帰らせて。腹を立てているなら、腹を立てたままの言い方で」
「聞いて気分のよい物にはならんぞ」
「それでも、聞いておきたいのです」
結構、と言った自分に気づく。まだ婚姻を選んでもいないのに、もう相手の息子に知らせる順を決めていた。
窓の外で、宮の門が一度軋んだ。誰かが入り、誰かが出ていく。この宮の物音は、まだ私の身体の中で順番が付いていない。
「私からも一つあります」
パン屑のついた指を膝で拭った。
「私があなたの妻になっても、エンマにはロターリオの話をします。抱き上げ方や、あの子にだけ見せた顔を、忘れさせたくないのです」
「話せばよい」
早すぎる返事に、私は顔を上げた。
「あなたの前でも?」
「いない所だけで毎晩話される方が、気になる」
あまりに早い。かえって疑わしかった。
「聞きたくなくなったら?」
「その時は言う」
ずいぶん不確かな約束だった。けれど、それで話を終えられたことが、不思議に嬉しかった。
オットーは王弟ハインリヒを呼ばせた。ポー川で私たちを迎えた男は、卓のパンと守られた肉の皿を見て、何があったのか問いたそうにした。
「二つ頼む」とオットーが言った。「いま命じた娘の捜索を、おまえも見てやってくれ。宮にいた者と、門を守っていた者に当たらせる。王妃にも知らせを届けろ」
ハインリヒは私に目を移した。
「ミロという、厨房の若者も。侍女の弟です」
私はアッタを見ずに付け加えた。弟の名が蝋板に残るのを、彼女も見ていた。
「もう一つは」ハインリヒが尋ねる。
「北へ馬を出せ。リウドルフに、父が再婚を望んでいると伝えろ。返事は、あれが言った通りの言葉で持ち帰れ」
「どのような方だと」
オットーは私を見た。
「息子とほとんど年の変わらない、ひどく口の立つ王妃だ」
ハインリヒは笑わなかった。書き取る手を止めずに、次を待っている。オットーは私に背を向け、王弟の耳へ短く何か言った。三つ目だ。私には聞こえない。
「三つ目は、私に関わることですか」
「明日わかる」
「明日、気に入らなければ返します」
「まだ何も見ていないだろう」
「見ないうちに返す物もあります」
オットーは卓の肉をもう一切れ取って、出ていった。アッタは、今度は皿を押さえなかった。扉の閉まらない部屋に、脂の匂いだけが残る。アッタは空いた椀を重ね、パン屑を掌へ集めた。
残ったハインリヒが、手元の一枚を折る。
「王妃さま。三つ目は、明日の朝いちばんに届きます」
「何が」
「私は運ぶだけです」
史実メモ:エンマがアーデルハイトとイタリア王ロターリオ二世の娘だったことは確認できますが、史料は951年の居場所を伝えません。娘の父の名をロターリオのまま残せという口頭条件も、リウドルフへ婚姻を先に知らせよという要求も本作の創作で、現存する契約ではありません。




