第11話 穂の間を槍が分ける
「代わりは」男は刃を魚の腹に入れたまま、こちらを見もせずに言った。火の粉が一つ、その手首で消える。
差し出せる物。裂けた衣。片方だけの履物。名前。名前を出せば、食事より早く追手が来る。
水を渡る力がなくて、三人で葦の縁を回った。空が何度か白んだ頃、闇の向こうにこの火が見えた。小舟が泥へ半分乗り上げ、男が一人、三人の腕ほどもある魚を裂いている。火を返す皮、長い吻、骨ばった背。チョウザメだ。
舟に近づくなと言われ、葦の間で止まったところだった。走る力も、舟を奪う力もない。
「この履物を」私は言った。
男が初めて顔を上げた。「片方だけか」
「もう片方は、泥が持っていきました」
男は受け取り、火に近づけて縫い目を見た。革は舟の中へ放られた。
「まだ足りん」男は指を三本立て、それから一本ずつ折った。「三人だ。魚は一尾だ」
「何がご入り用ですか」アッタが尋ねた。
「腹の中身を掻き出して、泥に埋めろ。それから、おまえたちが踏んだ跡を自分で消せ。俺の櫂は使わせん」
「それで足りますか」
「足りるかどうかは、明日、俺の網場が焼けているかどうかで分かる」
アッタが最初に膝をついた。私も並んだ。魚の腹は生ぬるく、指が滑る。爪の間に鱗が入り、ほどけた包帯が泥に垂れた。
男は刃を渡さず、自分で魚を分けた。毒を疑わせないためか、一片を先に口へ入れ、残りを平たい石へ置く。
「名を聞くな。俺も聞かん」火に近づくと、濡れた衣から白い湯気が立った。皮膚が焼けるように痛み、歯が鳴りはじめて止まらない。
アッタが焼けた魚をさらに裂き、一片をつまんで、私に差し出した。
「お先にどうぞ」
受け取って、食べた。アッタは立ったまま次の一片を裂き、マルティンは火の番をして、男は網を繕っていた。座って食べているのは、私だけだった。それをおかしいと思わなかった。思わなかったことに気づくのは、ずっと後の話だ。
熱さに負けて、二片目を一度取り落とした。エンマなら笑って、母の指に息を吹きかけただろう。その小さな口が浮かんだ途端、喉が閉じた。
「食べられないのですか」
「食べるわ」
魚は塩辛く、舌の傷に沁みた。噛むうちに涙が出る。拭わずに、二口目を食べた。アッタとマルティンも黙って手を伸ばす。
空の腹は、喜ぶより先に痛んだ。アッタが一片を石に残すと、マルティンは自分の分を半分ちぎり、その上へ重ねた。
「要りません」
「私も、これ以上は入りません」
「嘘ですね」
「今夜覚えたばかりです」
漁師が炎の向こうで笑った。「泣くほどまずいか」
「塩が、傷にしみるんです」
「なら、塩のせいにしておけ」男は舟を貸さなかった。乾いた岸へ出る細い筋と、城壁のある町へ近づく丘の方角だけを教えた。
「騎馬もそこを通った。追われているなら、同じ道になる」
「舟で岸まで運んでください」
「断る」男は櫂を三人との間に横たえた。「おまえたちを運べば、明日は俺の網場が焼かれる」
頼み直さなかった。この男にも、帰る場所がある。
「消せない土に出たら、跡はどうすればいいのですか」
「知らん。俺は水の上の話しかできん」男は自分の足跡だけを櫂の先で崩し、魚の骨を泥に埋めた。私たちは言われたとおり、手で自分の跡を撫でて消した。消せるのは、この柔らかい泥までだ。
*
水から上がると、足跡は残った。湿った土に三人分、行列のように続いていく。泥へ戻ろうにも、マルティンの脚はもう水を越えられない。
三人で林縁へ入った。落ち葉の上で、跡は薄れる。それでも濡れた衣は、雫で行き先を教え続けた。
空が明るくなる前、漁師の言った丘の手前に畝が現れた。熟した穂が胸の高さまで続いている。
湖のほとりで馬を止めさせられた朝、対岸の山にはまだ雪があった。あの雪は、もうどこにもない。石段を上ってから、穂が実るだけの月日が過ぎていた。
隠れるならここしかない。ただし、跡がここで終わっていては、穂の中を探してくださいと頼むのと同じだ。
裾は、アッタの手当てに裂いた残りだった。もうひと裂き、水を含んだ切れ端を取る。畝の脇を抜け、丘道が林へ曲がるところまで10歩進み、裸足の踵を柔らかい土へ二度、深く置いた。切れ端を絞って、その跡を濡らす。布は道の先の茨に、走った者が引っ掛けた高さで掛けた。
片足だけの跡なら、読む者が迷う。両足とも裸足なのは、今日だけは都合がよかった。
「何をしているんです」アッタの声が低い。
「足跡に、続きを描いているの。私たちは止まらず、林の奥へ逃げた――そう読めるように」
「間に合いますか」
「読ませる相手が来る前なら。戻りは乾いた草の上を選んで。2人とも」戻って、三人で茎を折らないよう横向きに畝へ入り、土の窪みへ身体を重ねた。
穂は濡れた衣に触れるたび鳴った。アッタの手とマルティンの袖をつかみ、息が静まるのを待つ。
眠りに落ちる前に、騎馬の音が止まった。
「足跡はここへ向かっています」
「王よ、林へ人を回しますか」
「待て。大勢で踏めば、どの穂が動いたか読めなくなる」
その声を知っていた。パヴィアの広間でロターリオに杯を上げ、葬列では遠くに立っていた男。ベレンガー自身が、馬を降りた。
恐怖より先に怒りが来た。生きている。娘の名を口にするな。そう叫んで穂を押し分けたかった。
膝に力が入った時、マルティンの身体が傾いた。支えるために伸ばした手が、立ち上がる機会を奪う。反対側では、アッタの指が手首に食い込んでいた。
「穂に突き入れるな。見つけた者は知らせろ」
靴音が、道の方へ離れた。茨のあたりで止まる。
「これは何だ」誰も答えない。ベレンガーは答えを待たない。
「王妃の衣だ。裾の織りが同じだ」布を取ったのだ。私が掛けた、あの高さから。茨の棘が布を引く音まで、ここに届いた気がした。
それから、靴音は畝へ戻ってきた。
一本の槍が横に寝る。ベレンガーは自分で柄を持ち、穂を一列ずつ分けてきた。二列。三列。四列目で、槍先が私の顔の高さに来る。
穂の隙間に、泥のついていない靴が見えた。土の匂い。アッタの爪。マルティンの浅い息。世界に、それしか残らない。
槍が止まった。
「この布は、なぜ乾いていない」誰も答えなかった。兵たちも、この人の問いが自分に向いていないことを知っている。
「絞ってある。手で。走りながら茨に掛かった布は、こうはならん」息を吸うことも、吐くこともできなかった。アッタの爪が骨に届く。
槍先が、五列目にかかった。
「――水を渡ってきたなら、絞る。足跡も濡れている。夜明け前にここを通って、林へ入った」槍が上がった。
「林の端を回れ。馬は道に置け。穂は踏むな。刈り入れは俺の税だ」靴音が離れた。騎馬の音が一度遠ざかっても、三人は動かない。光が傾き、二度目の蹄音まで消えてから、マルティンがようやく息を吐いた。
アッタの爪は、手首に血が滲むほど食い込んでいた。私も彼女の手を握り潰しかけている。どちらも謝らず、ゆっくり指を開いた。
「主が、我らを覆われました」マルティンが言った。
「覆ったのは、王妃さまの裾です」アッタが言った。
「では、裾に感謝します」マルティンは左手を胸から出さなかった。「片手でできる祈りは、これだけです」
三人は暗くなるまで同じ窪みに伏せた。
夜になり、穂の間から這い出す。裸足の裏が刈り株で切れ、一歩ごとに湿った。漁師が示した方角の丘で、小さな灯がついた。
一度消え、またつく。二度目。三度目。
「三人」マルティンが呟いた。
三度目の灯が消えると、三人は暗い丘へ歩き出した。
史実メモ:湿地・漁師・チョウザメ・火はオディロ、森・畝・熟した穀物と槍はフロツヴィタの叙述です。槍を使うのはベレンガー本人で一本。作物の品種と奇跡か偶然かは確定しません。




