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まほろば  作者: amagaeru617
探り之段

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第漆話 白岩への旅路

 双子が赤坂へ旅立った日、庵の外はもう陽が昇り始めていた。

 

 ――いつもなら一番に起きているはずの刹が、珍しくまだ横になっていた。

 頭に鈍い痛みが走る。


「……なんか、変な夢みたな」


 ――梓の栗色の柔らかい髪が頬をかすめて、くすぐったい気がした。

 こめかみの辺りを押さえながら起き上がると、すでに梓の姿はない。

 自分の布団はきちんと部屋の隅にたたまれ、もぬけの殻。

 梓の字で書かれた小さな紙切れ――。


 『いってらっしゃい、気をつけて』


 刹はその紙切れを手に取り、暫し眺めながら不思議に思う。


 (――俺、なんかしたか? 見送りもしてくれねぇのかよ)


 戸を開けると、朝の空気がひやりと頬を撫でる。

 井戸端で水を汲んでいた朔が、ちらりと刹に目をやり、振り返りもせずに声をかけた。


「……遅かったね」

「妙に頭が痛くてな」

「へー」

「火弦と火緒はもう出たのか?」

「うん。さっき出発した」

「梓は?」


 朔が、ビクっと身体を震わせる。


「あ、梓は……、朝一の薬草を摘みに行ったよ。なんか、清瀬の街に売りに行く薬も作っとくんだって」


 いつもならにこやかに笑いかける朔が、何故か目を合わせようともしない。

 刹にはそっけない態度を取りながらも、よすがの体を撫でながら小さな器に水を入れて飲ませている。

 普段とはなにか違う朔に、刹は首を傾げた。


「ふぇ……」


 くしゅんっ。くしゅんっ。

 刹は急に鼻がむず痒くなって、クシャミを二回した。


「風邪?」

「いや?」


 刹の頭に、何故かよからぬことを企む双子の顔が頭に浮ぶ。


(なんであいつらの顔が浮かぶんだ?)


 ぶんぶんと顔を振り、双子の顔を脳裏から消し去った。

 一人でそんな事をしていると、背後から紅梅の怒声が飛んだ。


「おそいぞ! 出立の刻、とっくに過ぎておるわ!」

「あーもうっ! うるさいなぁ、今行く!」


 刹は手早くさっと顔を洗う。

 朔に、「飯は食ったのか?」と聞くと「もう皆とっくだよ」と、つっけんどんな答えが返ってきた。

 刹は庵へと行き、さっと飯をかっ食らうと、荷物を背負いあわてて外に出る。

 

「すまん! 遅れた!」


 外は、朔と紅梅が待っていた。

 朔は刹の顔を見るなり、ほんのりと顔を赤らめ、目を背ける。


(なんだ? 朔の奴。朝からなんかおかしいよな?)

 

「何をしておったんじゃっ! おぬしともあろう者が……まったく。ほれ、持ってゆけ」


 紅梅が旅賃を刹に渡した。


「よいか? 薬を売り、薬草を仕入れ、戦の情報を持って帰るのじゃ。くれぐれも、怪しまれぬようにな」


『いってきます!』


  紅梅は双子の時と同様、旅の無事を祈り、二人が見えなくなるまで見送った。

 

 

 ――庵を出ると、日はすでに少し高くなっていた。

 刹と朔はいつも行く団子屋とは、違う道を行き足早に北へと向かう。

 暫く行くと、谷にかかる吊り橋が見えてきた。


 「この吊り橋を渡ると、“雲井谷”を抜けて白岩街道に出る」


 刹が吊り橋を見て説明してくれたが、いつもとは違う道を行くので、不思議に思い尋ねてみた。


「なんでこっちなの? 赤坂領から白岩領に抜ける街道があるのに。あっちの方が平坦な道だよ?」

「あぁ、そうだな。だけど、あっちの街道は人が多すぎるからな。こっちは山道だけど、険しい分近道ができる。ほとんど人が通ることは無いし、気楽でいいだろ?」

「ふーん。そうなんだ。これ、吊り橋なのに、結構しっかりしてるんだね。荷車が通っても大丈夫そう。よすが、落ちないようにしっかり肩に乗っててね」

「しゅー」

「気をつけろよ。ときどき強い風が吹くからな。こいつなんか飛ばされたら真っ逆さまだぞ?」


 刹は意地悪くよすがを見ると、反論するかのようによすがは「ぎっぎっ」と威嚇してきた。

 よすがは、刹の忠告が理解できたのか、朔の肩で爪を立て、しっかりと衣を掴む。

 朔はそのやりやり取りを見て、「はは」と軽く笑ったが、それ以降一言も口を聞かなくなってしまった。

 普段あれだけよく喋る朔が、ほとんど口をきかないのは珍しい。

 刹の事は知らん顔で、よすがを掌に乗せ、こしょこしょと(あご)のあたりを指で越擦って遊んでいる。

 それはどこかよそよそしいというか、意識的に刹を避けているようにも見えた。


(間がもたねぇ……)

 

 刹は段々もやもやとし始め、ついに我慢できなくなり、意を決して朔に聞いてみた。


「なぁ、朔。俺、なんかしたか? 梓もよそよそしいし。朝から顔も合わせず、紙切れ一枚残してきやがった。……お前もなんか変じゃね?」


 朔は、しばらく黙ったまま歩き続けた。

 そして「はぁ」と小さくため息をつき、立ち止まったかと思うと、くるりと刹の方を振り返り、真剣な表情で話し始めた。


「あのさ、刹。昨日の晩。……梓と何してたの?」

「……は?」


 刹は、ぽかんとする。

 昨日のことを順に思い出す。


「昨日は……庵でみんなと話をした後、自分の部屋に帰って、本見返して、布団敷いて寝た。それだけだ」

「ほんとに?」


 朔が念を押して聞くので、素直に頷いた。


「じゃあ聞くけどさ、なんで梓が刹の布団で腕枕されて寝てたの? しかも、梓……。着物、はだ……はだけてたしっ!」


 朔の声が、聞いたこともない声で上擦った。

 朔は朝の光景を思い出したのか、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

(ん? 今なんつった? 梓が俺の布団で寝てて、俺が腕枕? 梓の着物がはだ……)


 昨晩の事が頭の中を走馬灯のように駆け巡る。

 夢だと思っていたことが、だんだんと鮮明に順を追って思い出されてゆく。

 刹の顔はみるみるうちに真っ赤になり、耳まで熱くなる。

 そして、ついにその全貌を完全に思い出し、思わず口に手を当て、恥ずかしさから大声が出そうになるのを必死で抑えた。

 

「……ッ!?」


 その様子を、行き過ぎる旅人が、不思議そうに眺めながら通り過ぎてゆく。

 

「僕たち、刹があまりにも起きてこないから、部屋に様子を見に行ったんだ。そしたら二人で、ひと……ひとつの厚掛け掛けて寄り添っててさ……。なんか、こう、ふ、夫婦みたいでさ。正直、ちょっと引いたよ……」


 朔は顔を背け、話す声もだんだんと小さくなってゆく。


(あいつ……逃げたなっ!)


「朔、誤解のないように言っとくけどな、梓は恐ろしく寝相が悪いんだ! 一度隣で寝てみればわかる!」


 刹は朔の肩を掴み、必死に弁明すると、朔は「はいはい」と相手にしない様に軽くあしらう。


「いや、本当に何にもなかったんだ。信じてくれっ! 朔っ!」

「僕に言われてもねぇ? 見たまんまだったし。本当の事なんかわからないでしょ?」


 朔は悪気なく真実を言っているようだったが、刹にはそんなことは関係ない。

 とにかく、「自分の沽券を取り戻さねばっ!」と必死に弁明した。

 だが、弁明すればするほど、どんどん墓穴を掘っているようで、自分でももはや何を言っているのか分からなくなってきてい居た。

 そして、そこで先程の朔の言葉がふと引っかかった。


「あれ? えっ? ちょっと待て。朔、お前さっき、”僕たち”って言ってなかったか?」

「うん、言ったね」

「じゃ、じゃぁ、火緒と火弦も見たのか!?」

「……見てたね」

「…………」

「……二人とも、絶句してたよ。あ、でも火緒は喜んでたかな……」


 それを聞いて、後に双子にからかわれる様子が鮮明に脳裏に浮かぶ。あまりの恥ずかしさに、顔を手で覆い(こうべ)を垂れた。


(それで、今朝あいつらの顔が浮かんだのかっ!)


 刹の背中に湧き出てくる、変な汗は止まらなかった。


(終わった……。俺、終わった……)

「朔……。せめてお前だけでも、忘れてくれ……」

「努力はしてみる」


 刹はぽそりと呟き、朔は誠意的に応えてくれた。

 それからは、やる気も起きず、刹はとぼとぼと朔の後をついて歩いた。

 そうこうしているうちに、あっという間に白岩街道の入口まできていた。

 本来なら遠く感じる白岩も、今日ばかりは、あっという間に感じられた。

 気付けば、陽も茜に染まりかけていた。

 人の姿も増え、空気が変わる。

 白岩街道の入口に立つと、刹はふと足を止めた。

 さっきまで叩いていた軽口はどこかへ消え失せ、神妙な面持ちで道の先にある白岩の方を見つめる。

 刹の胸の奥が、きゅっと締めつけられる。


「刹? どうしたの?」


 朔は、心配そうに刹に尋ねた。


「いや、何でもない。行こう」


 刹はすぐに気持ちを切り替え、白岩への道を歩き出した。

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