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まほろば  作者: amagaeru617
探り之段

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第捌話 文武の国、白岩 前

 ――懐かしい白岩の風。

 常葉のような、緑生い茂る木々の薫る風はない。

 

 (来ちまったな……。いつかは……とは、思ってたけど)


 刹は思い切り空気を吸い込むと、全身で懐かしい風を感じた。

 子供の頃と何ら変わらない。だが、それが少し悲しくもあり、寂しくもあった。

 城下街の門につくと、街並みが一気に広がった。


「うわぁー!でっかい街だねぇ!」

「しゅーっ!」


 朔とよすがは、街の大きさに目を輝かせている。

 問屋、呉服屋、飲み屋、屋台。

 所狭しと並び、活気に満ちていた。


「ほら、朔。街巡りは後だ。とりあえず、宿を探さねぇとな」

「はぁいっ!」

 

 幸いにも、大門から入ってすぐの所にいい宿が見つかり、そこに決めた。


「はぁー! 疲れたー!」

「しゅー、しゅー」


 朔は、部屋に上がると荷物を置き、足を畳に投げ出した。

 よすがは部屋の中とふわりと飛んで、窓辺に着地する。

 草履の紐でこすれた足が赤くなり、長旅の辛さを物語っていた。

 刹も荷物を置くと、畳に足を投げ出した。


「……さぁて。夕飯、どうすっかなぁ……」


 窓の外に暗くなり始めた空を眺めながら、腹をさする。

 庵とは違い、見える景色は山ではなく屋根瓦。

 瓦が太陽の日差しでキラキラと反射して眩しい。


「なんか、軽いものがいいな。なんか疲れちゃった。あ、うどんが食べたい! 最近、うどん食べてないし」

「しゅー、しゅー」

「よすがはこっち。ちゃんと持ってきてるからね?」

 

 朔は荷物から木の実を取り出し、よすがに与えた。

 よすがは、朔から木の実を受け取ると、一心不乱にかじりつく。

 その後、朔の希望通り、うどんを食べに行く事にした。


「よすが、うどん屋にいるときはここにいてね。出てきちゃだめだよっ!」

「しゅー」


 朔はよすがを懐の中へ入れると、お腹がいっぱいになって眠くなったのか、丸まってすやすやと寝息を立てた。

 日が落ちても街は明るく、提灯が灯り、道がよく見える。

 

 

 ――宿から近場にあるうどん屋に入った。

 二人は"かけうどん"を注文し、うどんを運んできた女将さんに刹が尋ねる。


「すみません。俺たち、常葉から旅をして薬を売りに来たんですが、何処かいい買取り処があれば教えて貰えませんか?」


 女将はしばし考えた後、「なら、この先を行った"桐屋"さんがいいわよ」と教えてくれた。


「桐屋?」

「刹、桐屋ってあの清瀬の街にある桐屋と、なんか関係あるのかなぁ?」

「そうだな。行ってみりゃわかるだろ?」


 刹は、普段漁ったものを売りに行っている桐屋を思い出した。

 あそこは紅梅の昔なじみの店で、どんなガラクタでも買い取りをしてくれる良心的な店だ。


(こっちの店、買い取りしてくれりゃいいけどなぁ)

 

 そんなことを考えていると、女将がうどんを持ってやっていた。

 「はいよっ!」とにこやかに渡してくれたうどんには、頼んでいない揚げ玉が入っていた。


「え? 頼んでませんけど?」


 刹が困惑し、女将に尋ねる。


「常葉から、こんな若い子が長旅してきたんだ。おまけ。しといてやるよっ」


 女将はそう言うと、豪快に笑いながら下がっていった。


「よかったね! 刹!」

「おう」

 

 機嫌よく二人でうどんを啜っていると、女の管を巻く声が聞こえてきた。

 店の端で、徳利を抱えてブツブツと文句を言っている。


(なんだあいつ。女版玄瑞だな)


 刹は女の酔っぱらう姿に、つい玄瑞を重ねてしまった。


弥一郎(やいちろう)が来ないとつまんないのよ。退屈で死んじゃいそうっ」

 

 女の張り上げる声に刹がちらりと机向こうに視線をやると、不運にも目が合ってしまった。

 女は徳利を片手に、ふらふらと千鳥足で刹たちに近寄ってくる。


「ねぇ、あのお姉さん、こっち来るよ!」

「う……やべぇ」

 

 朔の慌て様に、刹は「しまった」と、思わず顔を背ける。

 刹の肩に手を回し、顔を近づけ徳利を机に置く。

 

「今さ、あたしの弥一郎、戦の準備とかで来てくんないの。ねぇ、あんた。代わりに遊んでって言ったら……怒る?」

 

 酒臭い匂いを漂わせながら、指先で刹の顎の線を軽くなぞり、耳元に軽く息を吹きかける。

 刹の体が石のように固まり、微動だにできない。


「それとも、一杯付き合う?」

「あ、いえ……」


 刹は女に酒を進められるも、小声で静かに断った。

 

「ふふっ。あんた、いい面構えしてるじゃない。……良かったら、香街(こうまち)までおいでな。……まけといてやるから……さ」


 女が刹に顔を寄せ、耳元で甘い言葉を囁く。

 指の香が移り、吐息で空気もわずかに甘くなる。

 普段玄瑞も十分酒臭いが、それとは違い香の匂いも混じるせいか、上品さが伺え、どんどん体が硬直してゆく。

 刹はどくりと心臓を波打たせながらも、必死に平静を装った。

 朔も顔を真っ赤にしながら、女の仕草から目を離せないでいたが、勢いよく朔は椅子から立ち上がった。


「や、やめろよっ! 刹には梓がいるんだからなっ!」

「おいっ! 朔っ!」


 何を思ったのか、朔の口から梓の名前が飛び出した。


「き、昨日だって、一緒に寝てたんだからなっ!」

「朔ーっ! それ以上言うんじゃねぇっ!」


 それを聞いた女は、「ぷっ」っと吹き出し、大笑いした。


「なぁんだ。あんた、もうすでにいい人がいるのかい。ざんねぇ~ん」

 

 女は「梓」という名前に”刹の女”と勘違いをしたらしく、くすっと笑うと、変わりに朔へと興味の矛先を変えた。

 机に身を乗り出し、朔の柔らかそうな頬をぷにぷにとつつきながら、おちょくり始める。


「じゃぁ、坊やに……と言いたいところだけど……。坊やはね、もうちょっと大きくなったら相手して、あ・げ・る」

「ば、ばかにすんな!」

「ふふ、かわいいねぇ」


「あははっ」と笑いながら、持ってきた徳利を手に取り、自分のいた場所へとふらふら戻って行った。

「ふぅ」と刹はひと息つく。

 顔色ひとつ変えないように努めたが、耳だけがやけに熱い。


「刹ぅ……」

 

 朔はどうしてよいのかわからず、オロオロとしている。


「朔。お前、昼間『忘れる努力する』っつったよなぁ」

「ごめん。つい。でも、撃退できてよかったよねっ!」

「そうだな……」


 刹は不貞腐れて、頬杖を突く。

 女将が「ごめんね」という仕草をしながら、小走りで近づいてきた。


 「あの子、影香(かげこう)って言ってね。香街(こうまち)の娘だからさ。悪気はないんだけどね。最近、"弥一郎"っていう影香のいい人が来ないもんだから、ちょいとご機嫌斜めでね。弥一郎、城仕えしてるらしいからねぇ。何やら、”赤坂と戦”が始まるらしいじゃないか。その準備なのか、久しく顔を見てないねぇ? 影香もいい加減止めときゃいいのに。いつ、戦で命を落とすかもわからない男なんてさ。あ、香街ってのは”色街”のことね」


 「ふふふ」と笑うと、女将は刹の肩を軽く叩いた。

 刹は女将の言葉を聞き逃さなかった。確かに「戦」と言った。刹はこの機を逃すまいと、すかさず女将に問いただす。


「女将さん、近々赤坂と戦が始まるんですか?」

「あぁ、そうらしいよ? だけどね。白岩(こっち)は、度重なる戦で勢力が落ちているらしくてね。どうなるんだか。あ、これは内緒だよ?」


 女将が急に声を落とし、刹に顔を寄せた。

 

 「前に弥一郎から聞いた話なんだけどね? 白岩の軍師が病に臥せってるって話だ。そんな状態で、戦を受けるとは思えないけどねぇ? 何やら、いい”薬師”を探しているらしいよ?」

「へー、そうなんですね」

 

 刹は軽く返事を返し、女将は話終わると、何事もなかったように顔を離した。


「まぁ、お上のすることはあたしらにはわからないけどさ。戦なんてやめてほしいものだね。悪いことは言わない。用事が済んだら、巻き込まれる前に、さっさと国へお帰り」

「あ、はい。ありがとうございます」


 刹が丁寧に礼を言うと、女将は「ごゆっくり」と一礼し、奥へ下がっていった。


「朔、聞いたか?」

「うん。なんか、凄い情報手に入れた気がする」


 二人は残りのうどんを腹へ流し込むと、宿へと足を向けた。

 

 

 ――その夜。

 うどん屋から帰ると、部屋で二人は明日の事を話し合った。


「明日はまず問屋に行って薬を売る」

「うん。他に情報探す?」

「そうだな。店の人と話せばなんかわかるだろ。うどん屋の女将ですら知ってたんだ。商売人は何かしら情報を掴んでいると思う。でも、逆に聞き回ったら怪しまれるだけだからな。用心しろよ」

「うん」


 刹は言い終えると、板の間に敷かれた御座に寝転がった。

 朔が荷物を整えながら、刹に話しかけてきた。


「刹。せっかく白岩に来たのに、故郷に行かなくてもいいの?」

 

 朔の何気ない問いに、刹はしばし目を伏せて、やるせない気持ちで息を吐いた。


「あのな、朔。俺は戦孤児だ。村も親も、もうねぇ。行っても仕方ねぇだろ」


 そう言って朔を見ると、あからさまに不服そうに口を膨らませている。


「なんだよ……」

「僕……刹が生まれ育ったとこ、見たい」

「だから、なんでだよっ」

「だって、せっかく白岩まできたんだからさっ。もう来ることないかもしれないし……」

 

 ごにょごにょと口ごもる朔に、刹はやれやれと天井を見上げた。

 外では、城下の灯が煌びやかに瞬いている。

 刹は窓から入り込む灯りへ目を向けた。

 軒に吊るした火が、やけに落ち着かなかった。

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