第肆話 赤坂への旅路
——翌朝、皆一斉に動き出す。
昨晩の雨で濡れた草木が朝日に照らされ、きらきらと反射していた。だが土のぬかるみはすでにない。
紅梅が忙しそうに、皆が道中食べる握り飯を拵えていた。
火緒と火弦は自分の荷をまとめた後、綴ら籠に入れ、背中に背負う。
紅梅が竹の皮に包まれた握り飯を二人に手渡す。
その熱はまだ取れておらず、ほんのり温かかった。
「道中気をつけてな。しっかりやってこい」
紅梅は少し寂しそうに言い、朔が皆に向けて火打石で見送る。
「行くで、火弦!」
「おう」
火緒の声が低く響く。火弦は軽くあしらいながら頷き、戸口を開けた。
日の光が目に入り眩しい。二人が出ようとすると、紅梅が引き留めた。
「ちょっと待て!お前ら、忘れもんじゃ」
紅梅が念の為に、旅費を余分に渡してくれた。珍しい気配りに、二人は驚く。
「なんじゃ? その顔は! 行きに一日。赤坂で一日。帰りに一日かかるんじゃ。薬もお前らじゃ、どれだけ売れるか分からんじゃろうがっ」
皮肉を垂れながらも、紅梅の温かさが身に染みる。
「とにかく、無事に行ってこい。外の世界を見るのも、また勉強じゃ」
『行ってくる!』
二人は、庵を後にした。
――懐かしさを庵に残し、森に吹き抜ける風を感じながら、二人は颯爽と赤坂へと足を延ばした。
火弦は、庵で手渡された地図を見ながら歩く。
「赤坂領へは庵から北へ上って、"葵さんの団子屋"すぎて、街道行ってこの赤坂峠っちゅー所を越さなあかんらしい」
「うへ~。めっちゃ遠いやん! 団子屋かその周辺の村ぐらいやったら漁りで来たことあるけど、そっから先は知らへんもんなぁ!」
まだ旅は始まったばかりだというのに、既に火緒は根をあげた様子で言った。
二人はまず、葵の団子屋を目指す。
葵という優男が営む団子屋は、庵の子供たちの憩いの場でもあった。
「ここまでやったら近いし、いつもの道や!」
火緒が団子屋へ駆け寄り、火弦も後を追った。
「葵さーん! おはようさん!」
「おはようさん」
二人は、相変わらず忙しそうに団子を回す葵を見つけ、声をかけた。
「お、二人ともおはよう。そんな大荷物持ってどこかへ遠出かい?」
葵は朝から手早く団子をくるくる回して、焼き色をつけながなら二人に尋ねる。
「うん!今から二人で赤坂まで行くねん!」
「へー、また遠いところまで。なんなら、これ旅の途中で食べな」
火緒はキラキラした目で葵に言う。
そう言うと、二人に団子を二本ずつ包んでくれた。
「うわぁー! おおきに! ほな、いってきます!」
「おおきに」
火緒と火弦は葵にペコリと挨拶すると、赤坂へ向けて再び歩き出す。
二人を見送る葵は、「なんもなきゃいいけどな……」と不穏な思いを胸にした。
団子屋を抜けると、二人は口元に布を覆い、顔を隠す。荷を担いだ旅人たちと何度もすれ違った。笠を深く被り、顔を布で被った姿が不気味なのか、何度も振り返られた。
しばらく歩いていくと、途中赤坂城下へ抜ける分かれ道に出た。
この先を吹く風は、どこか違って感じた。未知の土地だ。
「こっちの道進んだら、赤坂や。気ぃ抜いたらあかんな」
火弦が火緒に話しかけるも、返事はない。
「火緒?」
火弦は、いつものらしくない火緒を心配し、肩に手をかける。
「どないしたん? さっきから黙りこくって。なんか心配事でもあるんか? それとも、赤坂行くの怖いん?」
火弦が火緒の顔を覗き込むと、火緒は神妙な面持ちで火弦に顔を向けた。
「あんな? ずっとな、考えとってん。刹兄と梓……出来とるんちゃうか?」
火緒が真剣な眼差しで火弦を見る。
その言葉に、火弦はあきれて返す。
「なんや! そんなこと考えとったんかっ。確かに朝のアレはやばかったな。やけど、梓の寝相の悪さ知っとるやろ? 今に始まったことちゃうやん。それにな。あれは、……猫や」
「猫?」
「せや。猫がな、飼い主の胸の上に乗ってきて、丸なるやつあるやろ? あれや。飼いならされた猫ほどやるやつや」
「あー、あれかっ!」
火緒はぽんと手を打ち、妙に納得した。
「刹兄は、庵に最初に来た言うてたし、その後すぐ梓が来た言うてたやん? せやからな、刹兄が梓を上手いこと飼い慣らしてん。梓も、なんやかんや言うて、刹兄の言うことよう聞きよるしな。刹兄も梓可愛いてしゃーないねん」
「おー! なるほどな。やから、梓のやつ、刹兄以外には壁作っとるんか」
得意げになって話す火弦に、火緒は感心したように声を上げる。
「刹兄、ちゃんと起きたんかな? 珍しく寝坊しとったやん?」
「まぁ、起きたんとちゃう? あの人、あれで案外しっかりしとるしな」
「はははっ! 今頃クシャミしてたりしてな!」
話しながら歩いているうちに、あっという間に赤坂峠まで来ていた。気がつけば、日はすっかり真上に来ていた。
二人は道から少し外れた場所に行き、紅梅が握ってくれた握り飯を食べた。
「なぁ、火緒。今日中には赤坂に着けそうやけど、すぐには入らんといた方がええんちゃう?」
握り飯を食べながら、火弦は火緒に話す。
「はぁんで?」
火緒は握り飯をめいいっぱい頬張りながら応えた。
「赤坂は、俺らにとってまだ未踏の土地や。それに戦好きって、刹兄もいってたやん? やから、俺らよそ者が来たら、目ぇ付けられるかもしれへんやん。他の骸衆がどんな奴か分らへんけど、警戒はしとった方がええ」
「そやなぁ」と空を見ながら握り飯を食べる。
すると、ふいに突然背後から低い男の声が落ちた。
「おい、そこのやつ。なんか、美味そうなもん食ってんな。そこの荷物と、その握り飯よこしゃ、命だけは助けてやる」
双子が振り返ると、ガラの悪い男が三人。
双子は無視を決め込み、ムシャムシャと握り飯を食らう。
明らかに馬鹿にされた男三人は、わなわなと拳を握りしめ、悔しさに歯を食いしばる。
「こんのガキャぁ! 馬鹿にしやがって! おい、お前ら殺っちまえ!」
三人組の頭は手下であろう二人に命令する。
「おい! お前ら殺っちまえ! やって」
「ほんま、ベタな台詞しか言われへんのかいな」
握り飯を一足先に食べ終えた火緒は、指についた米粒をペロリと舐め、立ち上がった。
「ほんなら、食後の運動と行きますかっ!」
「食ったあと、すぐ動いたらあんまええないでー」
火緒は、手をゴキゴキと鳴らし、火弦は悠長に握り飯を頬張っている。
「おい、ちょっと待て。お前ら……よく見たら双子か!? 忌み子じゃねぇかっ!」
その言葉に、先程までにこやかだった火緒の顔は一変し、火弦も食べていた手が止まる。
「おい、今、なんて言うた?」
火緒が睨みを効かせながら、男たちにゆっくりと歩み寄る。
「く、来るな! 縁起でもねぇ!」
「あ?」
火緒は額に青筋を立て、不機嫌を顕にする。
男の一人が短刀を無茶苦茶に振り回し、火緒に斬りかかってきた。
だが、火緒はひらりとかわし、手下の男の延髄に手刀を浴びせると、男はその場に倒れ気を失ってしまった。
それを見たもう一人の手下は、恐れを成して一瞬怯んだが、頭に行けと釘を刺され、仕方なく同じように担当を振りかざす。
だが、火弦が放った男の腕に石礫が当たり、余りの痛さに思わず短刀を落とし蹲る。
そこで、ふと火緒が昨日の紅梅の言葉を思い出した。
(無駄な小競り合いは、起こしてくれるなよ)
「なぁ、火弦。これ、無駄な小競り合いなんか?」
「いや? 不可抗力や」
「なら、ええか」
残された頭は、双子の会話に困惑したような顔つきで、短刀を振りかざし、突っ込んできた。 だが、ふたりは返り討ちに会し、男を手下以上にボコボコにしてしまった。
「なぁ、これで全部か?」
「隠してへんやろなぁ?」
男三人は、双子の前にきっちりと正座をして座っている。
火緒は、男たちからありったけの銭を巻き上げ、火弦に渡した。
「ええ小遣い出来たなぁ? な、火弦!」
「せやな。赤坂行ったら、なんか美味いもん食おら」
火弦は、男どもから巻き上げた銭袋を手の上で転がして遊ぶ。
「え、兄さんたち、"赤坂"に行くんで?」
「せやけど?」
「なんやの」
再び双子が男どもに睨みを効かせると、三人組の頭はおずおずと話し始めた。
「今、赤坂は戦場の準備をしてるみたいでさ。不穏な輩もうろついてますし……。何より、物価がべらぼうに高い! 町民を信用しちゃなんねぇ。あちらには行かない方が……」
頭の話に、双子は顔を見合せ「にやり」と笑う。
「それは、好都合や」
「せやな。丁度ええわ。これ、情報料な」
火弦は、銭袋から小銭を三枚取り出すと、一人一枚ずつ渡した。
「ありがとうごぜぇやすっ!」
手下の一人が銭を貰い喜ぶも、頭に「俺たちの金だろうが!」と小突かれた。
双子が荷物を担ぎ、その場を立ち去ろうとした時、頭が二人に声を掛けた。
「あ、赤坂に入る前、一度、城下の手前にある宿場町に立ち寄った方がいいですぜ」
「なんで?」
火緒が理由を聞くと、頭は話し始めた。
「へえ。あそこは城下内の旅籠より安いんでさ。そして、何より飯が美味い。それに、赤坂よりは遥かに安心でさ」
頭は旅籠の料理を思い出したのか、舌なめずりをする。
「わかった。そうするわ。おおきに」
「まいど」
火緒は礼を言い、火弦は男どもの銭袋をチラつかせた。
「へい! お気をつけて」
男三人は、二人にお辞儀をし、そそくさと逃げていった。
「ほんなら、赤坂手前で宿探そか! 宿場町があるみたいやしな!」
荷物から地図を取り出し、広げながら火緒は宿場町を指す。
「宿場町やったら、赤坂の事なんか聞けるやろ」
「よし! ほんなら、行こか!」
二人は街道へ戻り、赤坂へと歩き出した。




