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まほろば  作者: amagaeru617
兆し之段

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第弐話 庵の住人

 ――森の奥は、木々の騒めきと虫の声で、皆の足取りを消し去る。

 街道を抜け、獣道に入りしばらく行くと、森の奥にひっそりと隠されたように佇む庵が現れた。

 庵の傍には、少し大きめの板家の離れが建っている。庵の窓からは灯りが漏れ、沸かしているであろう湯気が立ち登っていた。

  

「ただいまー」

 

 刹が戸口を開けると、囲炉裏端でボサボサ頭の中年男・玄瑞(げんすい)が、だらしなく寝転がりながら酒を飲んでいる。その横で、綺麗な白髪一色の老婆・紅梅(こうめ)が、囲炉裏にかかる鍋で雑炊を作っていた。

 

「腹減ったー!」

「ばあちゃん飯ー」

  

 双子はへなへなと、力なく上がり(かまち)にへたり込む。

 皆が順番に腰を掛け、革足袋を脱いでいると、刹の所に玄瑞が這いずってきた。

 

「刹ー、お前もちっと強くなれよー」

 

 玄瑞は真っ赤な顔をして、酒の匂いを撒き散らしながら刹にまとわりつき、抱きついたかと思うと頭をわしゃわしゃと撫でまくる。

 玄瑞の無精髭が顔にこすれて、なんとも痛い。

  

「やめろよ。酒臭いっ」

 

 刹は必死に抵抗するも、如何せん玄瑞の腕力に絡み取られ逃げられない。

 刹に玄瑞がベッタリと引っつかれていると、刹の指に巻かれた布に気づいたのか、指を思い切り掴まれた。


「いでっ! 触んなよ」

「お前、これどうした!? 怪我したのか!?」


 心配そうにする玄瑞の間に、梓が無理やり二人を引き剥がすように割って入ってきた。


「朔が拾った"ももんが"に噛まれたんだよ」


 玄瑞から刹を引き離し、キッと睨みつけながら、つっけんどんに返す。


「ももんがなんて、どこにいるんだよ」

 

 玄瑞があたりをキョロキョロ見渡すと、朔は懐から小さな白いももんがを取り出した。

 玄瑞は、朔の手のひらに乗る小さな白いももんがの毛が、赤く染まっていることに気づいた。


「あれ? こいつ怪我してねぇか? 梓、早く見てやれよ」

「うるさいな! いちいち言われなくても、わかってるよ。それより、刹が先! まだちゃんと薬塗ってないんだから!」


 それを見ていた双子が、刹と梓のやりとりに茶々を入れ始めた。

 

「梓は刹に過保護すぎんねんて。嫁やん」

「せやわ。そんなん唾つけとけば治るて」

 

 刹は双子の会話に、ジロリと睨みを効かせる。


「ほんま、刹兄には冗談通じひんなぁ!」

「すぐ真に受けるんやから」


 双子はからかうように「にやり」と笑い、それを見た刹は「ふんっ」と顔を背けた。


「あー、もう! ほんに、騒がしい奴らじゃのっ! 帰って早々落ち着くこともできんのか」


 囲炉裏端で座って見ていた老婆が、騒がしくする子供たちを遂に見かねて、口を挟んだ。


「そない怒らんといてや、ばあちゃん」

「俺ら、見たまんま言うてただけやし」


 紅梅は吸っていた煙管(きせる)の灰を囲炉裏に落とし、また新しい草を詰める。煙草に火をつけると、「ふぅ」っと天井めがけて煙を吐き出した。


「やれやれ。まぁ、よいわ。さ、お前ら。今日の成果はどうじゃった」

 

 紅梅は一息つくと、煙管を咥えたまま、双子から物資の入った麻袋を受け取る。中から欠けた茶碗や端だけ焦げた布を出した。

 それらを手に取ると、一つ一つじっくり品定めを始める。

 

「欠けた部分は接げば使えるじゃろ。布も焦げた部分は切ればよい。縫ってしまえば分かりゃーせん」

「そんなんで買取してもらえんのかよ?」


 刹が指に巻いた布を外しながら、紅梅に問う。

  

「ふむ。まぁ、なんとかなるじゃろ。この(ざる)、穴が空いておるのぉ。火弦、直せるか?」

 

 紅梅は、いつの間にやら一足先に雑炊をがっついている火弦に、笊を見せる。

 

「あぁ、そんくらいならすぐ直るで」

 

 火弦は雑炊を口にかきこみながら、もごもごと返事をした。

 

「火弦は手先が器用でええなぁ。俺なんか同じ双子やのに、何も得意なもんないわ」

 

 火緒が食べる手を止め、火弦を見る。

 火弦は火緒の口元に着いた米粒を指さし、火緒はそれをぱくりと食べた。

 

「お前は、食べることに貪欲っちゅー得意なもんがあるやろ?」

「それ、得意なもんなんか?」

 

 火緒は残りの雑炊を勢いよく腹に流し込み、二杯目に手をつける。


「はぁ……。お前らのその食欲のお陰で、いつも我が家は火の車じゃわい」

 

 紅梅はぶつくさと言いながら次々と麻袋を開けては、売れる物とそうでない物を分けていく。

 その横で、梓はいそいそと棚から薬を取り出し、刹とよすがの治療にあたった。

  

「はい。刹、指見せて」

 

 梓が刹の指に薬を塗り、手際よく綺麗な布を巻き直す。

 

「あいてっ」

「少し我慢しなよ? 刹は昔からすぐに傷を作るくせに、薬塗ったり飲んだりがほんと苦手なんだから。もう、子供じゃあるまいし」


 梓がやれやれと言わんばかりに、小言を言い始めた。


「苦い薬は嫌いだし、痛いのも嫌に決まってるだろ?」

「まぁ、そうだけどさ」

 

 刹と梓が夫婦(めおと)のようにやり取りをする横で、朔はもじもじとしている。

 

「ほんま端から見たらあの二人、夫婦にしか見えへんわ」

「梓が男のくせに、女顔なんが悪いんやて。朔見てみ? どう割って入っていいか分からへんやん」

 

 双子は刹と梓の横で、よすがの治療を待つ朔を見ながら雑炊をかき込む。

  

「あの……。梓。次、いいかな?」

 

 朔がおずおずと言い出し、梓の顔色を伺っている。

 

「あぁ、ごめん。見せて」

 

 朔がよすがを差し出すと、よすがは嫌なのかジタバタと暴れた。

 

「やっぱりこいつも嫌なんじゃねぇか」


 刹がよすがを見て、仲間に引き込もうとする。

 

「よすがは動物。刹は理解ある人間でしょ! あぁ、これじゃちゃんと見られないな。朔が抱えててよ」


 梓は半ば呆れながら、朔によすがを押さえているよう促した。

 朔がよすがを抑えている間に梓が足に薬を塗ると、よすがは怖いのか痛いのか、「ぎっぎっ」と鳴いて威嚇した。

 

「だめだよ、よすが。大人しくして」

 

 朔がよすがに言うと、途端に大人しくなる。

 それを見た梓は、感心しながらも治療の手は止めない。

 

「へー、朔の言うことが分かるのか。案外こいつ、賢いかも。可愛いじゃない」

「いーや、そいつは俺の指に噛みつきやがったからな! 可愛くねぇ!」

 

 刹がよすがを見て、「いー」っと威嚇すると、よすがも負けじと「ぎっぎっ」と威嚇し返す。

 

「刹もよすがもやめなよ。よすがだって、悪気があった訳じゃないんだよ。あんなに乱暴に掴まれたらビックリするって。ねぇ? よすが?」

 

 朔がよすがに話しかけると、よすがは朔に擦り寄り「しゅーしゅー」と甘えたような声を出す。

 

「けっ!」

  

 刹は面白くないと言わんばかりに、胡座に頬杖をついて悪態をついた。

 

「はい。できたよ。何回か薬を塗ればよくなるよ」

「ありがとう、梓」

「しゅー!」

「どういたしまして」

「このっ! 小動物めっ!」


 梓とよすがが仲よさそうにする姿に、刹は憎たれ口を吐き、囲炉裏端へ戻って行った。

 そんな刹の後ろ姿を見て、朔と梓は笑い合った。


「して。それはそうと、刹よ。今日の塩梅はどうじゃった」

 

 治療を終えた刹を見計らい、紅梅が今日の漁り場の様子を尋ねる。

 刹は雑炊をよそいながら、紅梅に村でのことを話し始めた。


 「村はほぼ壊滅状態。骸が少なかったから、また、ある程度の村人は連れていかれたんだろうな。流民流れの野盗も漁ってやがった」

 

 囲炉裏の火がぱちりと小さく弾け、静けさに余計に響く。

 

「赤坂。村を襲っては村人をどこかへ連れて行く。一体何処へ連れて行っておるのじゃ……」


 紅梅は眉間に皺を寄せ、訝しげに考える。


「さぁな。どこかへ売り捌いているのか……。あるいは、戦の足軽として強制的に連れて行っているのか……。それは、俺にもわかんね」


 刹がよそった雑炊の椀を、朔と梓に手渡す。


「刹よ。それを調べるのがワシらの役目じゃ。ワシらは何のためにおると思っておる。赤坂に奪われた里の秘伝書を奪い返し、あ奴らの横暴を阻止するためじゃ。今までの苦労が報われる時がようやくやってきたのじゃぞ?」

 

 紅梅が力説するも、刹は自分の椀を手にしたまま、しばらく黙っていたが、重い口を開く。


「でもよ。元々秘伝書を奪われたのはばあさん達の落ち度だろ?」

「……ッ!」

 

 刹の言い分に紅梅は押し黙る。


「仕方ないじゃろっ。仲間から裏切り者が出るなんぞ、予想外だったんじゃっ!」

「人間、そう簡単に信用するもんじゃねぇぜ」


 刹はずずっと雑炊を啜った。

 紅梅は「ぐぬぬ」と、自分たちの落ち度を認められずにいる様子だった。


「大体、”秘伝の毒”の製造法なんて、書き記しておくから盗まれんだろ? なんで口伝にしなかったんだよ」

「それはそうなんじゃが……。代々、我が鬼頭家に引き継がれてきたもんじゃし……」


 紅梅は刹の言葉に反論できず、ぶつぶつと独り言ちながら項垂れた。


「ばあさん達だけで、なんとかできなかったのかよ。元忍びだろ?」

「それはそうなんじゃが。ワシと玄瑞の二人ではの……。そもそも! 赤坂の調査に入って子供を拾ってきた玄瑞に責任がある! お前らの食い扶持やら、鍛錬やらでそれどころではなかったわい! それに、何事にも金はかかるもんじゃっ」


 紅梅はぶりぶりと刹に当たり散らかす。

 当の玄瑞と言えば、徳利を抱えて、高いびきで寝こけている。

 その様子を見た紅梅は、余計に苛立ちが増しているようだった。

 

「わかった、わかった。ま、俺らはこうやって、飯さえもらえればなんだってするさ。めんどくせぇけどな」


 刹は、いつも小言を言われている紅梅に対し、今回はしてやったと満足そうな顔を浮かべた。

 

「まぁよいわ。また、近々戦が起こるらしいの。次はそこを探ってみるか」


 紅梅は目を細め、囲炉裏の火を見ながら考えた後、ぽそりと呟いた。


「戦場の近くの村が焼かれれば、自ずと捕虜も連れていかれるじゃろ。それを追って、毒の製造所を突き止める。捕虜たちを解放せねば……。生きておればよいが」

「師匠。戦が始まるのならば、情報収集ついでに()()、やりますか?」

「そうさの。ついでじゃからの。()()をやろうかの」


 紅梅は梓の言葉に口角を釣り上げ、口が緩んでいる。

 

「はいはい。俺らはまた()()()だな。どこへ行けばいいんだ? 近場の村か? それとも、街か?」


 刹がさも面倒くさそうにため息をつき、雑炊を口に運ぶ。


「そうさの。では、二手に分かれて、赤坂と白岩の二国に()使()()に行ってきて貰おうかの」

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